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二章 士官学校
新学期③
しおりを挟む「扉を閉めてもらえるかい?」
ルイスの個室は雑多にものがあふれていながらも、不思議と整頓をされている印象を受けた。
天井まである棚には、ぎっしりと本や様々な魔道具、何に使うかわからないような小物が詰められている。机の上には今まで触っていただろう作りかけの魔道具の素材が置かれ、そばの紙には覚書が几帳面な字で書き込まれていた。
「散らかっていてすまないね」
ルイスはジェイデンよりも少し年上に見えた。
教師としては随分と若い。
優しげな柔和な面差しと、すらりとした痩身は騎士というよりは詩人や学者のようだ。
なかなかの美男子で、手入れされた長い銀髪が目を引く。
きっちりと整えられた外見は、感情の乱れを表面にに出す事や、他者の干渉を嫌う種類の人間を思わせた。
「ルイス、今日から君のクラスに入るジェイデンです」
「ジェイデン・ロンデナートです」
ユージーンに紹介をされて、ジェイデンは背筋を伸ばし頭を下げた。
「じゃあ、私はこれで。セオドアを待たせているので戻りますね」
「はい、ありがとうございました」
ユージーンは、急ぎ足で部屋を後にする。
「ジェイデン」
閉まる扉を横目で見ていたところに、声をかけられて慌てて意識をルイスの方へと戻す。
気づくと、すぐ横にルイスが立っていた。
(いつの間に)
ジェイデンはルイスの気配が動いていたことに気づかなかったことに驚きながらも、動揺は顔に出さないように平静を取り繕う。
「ルイス・ノティスだ。専門は魔法学と魔道具開発。授業もそこを中心に教えている。君の経歴書は見たよ。魔力量がとても多いみたいだね」
「あ、はい。その分、細かい魔力調整が苦手なのですが」
「ああ、魔力の多い子は大抵その悩みを抱えてるね。その辺は授業で詳しく教える予定だから心配しないで」
ジェイデンの方が少しだけ背が高い。
間近で見下ろすと、伏せた銀色の睫毛が目に入った。
「ここの説明はもう受けた? 」
「簡単には、ユージーン先生に聞いています」
「そう。じゃあわからないことがあればその都度聞いてもらえるかな」
そう言いながら、書類の束を渡される。
「とりあえず、一年生の間は基礎授業しかないから。特別に選択授業を受けているのは騎士団からの要請があった子達だけだよ。2年生に進級する時に選択授業を決めてもらうから考えておいて」
ディアが軍師候補として戦術学を取っているのがそれだ。
「あとは補修についてだけど、その紙に必要な単位はまとめてあるから」
秋から入学している生徒たちよりも、ジェイデンは半年遅れての編入だ。どうしても必要な補修があるため、放課後や休みに受けなければならない。
「休みを結構補修に取られることになるけど、大丈夫?」
「ええ、予定がある方が落ち着きます」
気の毒そうに聞いてくるルイスに、問題ないと笑顔で返す。
正直なところ、補修を理由に実家や貴族の付き合いに出なくても良さそうだとジェイデンは内心喜んでいた。
(・・・そういえば、妹の婚約者候補とか言ってたな)
実家のことを考えていたら、先ほどのユージーンの言葉が脳裏に蘇った。
「何 ?」
じろじろと見ていたら、ルイスに気づかれて訝しげに聞かれてしまった。
「・・・いえ、先ほどルイス先生が私の妹と婚約する話があると聞いたばかりなので」
ジェイデンはこの話題に触れないのもおかしいと思い、ストレートに聞いた。
「その話か。僕もこの休みはその噂に振り回されたよ」
ルイスは苦笑いで正直に答えてくれた。
「僕の家に打診があったとは聞いている。でもまだ彼女とは会ったこともないし、第一僕はまだ身を固めるつもりはない」
ロンデナート家の娘なら、引く手数多だ。婚約者の座を喉から出が出るほど欲している貴族は少なくない。嫁の実家を頼りに立身出世を企む男ではないようだとジェイデンはルイスを評価した。
「安心した?」
「ええ、少し。さすがに妹の婚約者が担任だと気が引けますので」
特に家は、と心の中で付け加えてジェイデンは微笑んだ。
喉に引っかかっていた小骨が取れたような、すっきりした気分だ。杞憂がなくなり、純粋に担任としてルイスが見られることに安堵する。
「それはよかった」
ルイスも笑いながらジェイデンを見上げた。
「じゃあ、これからもよろしく」
ジェイデンは、そう言って彼から差し出された手を握った。
その途端、繋がった手のひらから、暖かいような、冷たいような不思議な感覚が腕を伝って背筋まで駆け上る。
(なんだ ? 魔力が動いた・・・のか? )
初めての感覚に戸惑っているうちに、手は離れていく。
ジェイデンは自分の手をじっと見下ろす。ルイスに今のは何かと尋ねようとした時、校舎に鐘の音が響いた。
はっとして顔を上げると、ルイスはもう部屋を出る準備を始めている。
「ああ、もうすぐ始業式が始まるね。大講堂に向かわないと遅刻だ」
ルイスにそう促され、ジェイデンは言葉を飲み込み彼の後に続いて部屋を出た。
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