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一章 旅路
南の塔②
しおりを挟む塔の最上階、厳重に守られた奥の扉の向こうは広い広間になっていた。
「中まで入ってこい」
広間の中央には巨大な淡い光を放ちながら水晶柱が浮いている。
建国の祖である初代王が創造した、王国随一の魔道具である。
八角になっている水晶の柱は、その全ての面に魔術紋が刻まれていた。
「あれって・・・」
ジェイデンの目線が、水晶柱の手前の台座で準備を進めるリルバに注がれる。
リルバの両腕の刺青は、水晶柱とよく似た紋様をしていた。
ユージーンが口を開く。
「彼の刺青は、結界術のための魔術紋です。あの刺青が結界を強化する仕組みになっています」
不思議な魅力を持つ紋様である。
リルバが水晶柱の魔術紋を研究して独自に編み出したという刺青は、彼の両腕から胸、背中へと広がっているらしい。
「こっちに来てくれ」
準備を終えたリルバに台座の前に呼ばれる。それぞれの相棒も横にお座りをして水晶柱を見上げた。
「この針で一角狼の血を採ってくれ。一滴でいい」
そう言って金針を差し出される。少し太い針には溝がついていて、刺せばそこに血が溜まるようになっていた。
「少し痛いぞ、ルー」
ジェイデンは一緒に受け取った金針でルーの前脚を持ち上げ、付け根の所を刺した。
金針についた血を針ごとリルバに渡し、懐から手巾を出してルーの血を拭ってやる。
ルーは大人しくお座りをしたまま主人を見つめた。
台座の窪みにルーの血のついた金針を差し込み、リルバが契約魔術を施すと水晶柱が答えるように光る。
それを確認し、リルバが振り返った。
「・・・よし、次は騎獣の主人の登録だ。えーと、金髪の」
「ジェイデンです。針をください」
「悪いな、名前を聞いてなかった。指を刺してここの上に手を置いてくれ」
針を受け取ったジェイデンが親指の腹を刺すと、ぷくりと玉のように血が浮く。そのまま手の掌を台座の上に置くと、呼応するように水晶柱が強く光った。
「・・・ずいぶん魔力が強いな」
感心するようなリルバの物言いにどうも、とジェイデンが答える。
リルバはそれ以上ジェイデンに興味はないようで、さっさとセオドアの方を振り返ると手招きをした。
「よし、次はそっちの・・・」
「セオドアです。よろしくお願いします」
苦笑いのセオドアが、差し出された金針を受け取った。
「それでは帰りましょうか」
「・・・えーと、そこのお前」
ギートとセオドアの登録も終わり、退室しようとするジェイデンたちをリルバが呼び止めた。
振り返った面々の視線を受けながら、リルバはセオドアを指差す。
「セオドアだったか?お前は少し残ってくれ」
「俺ですか?」
「そうだ。首輪の魔術紋について聞きたい」
セオドアはちらりとジェイデンを見た。
「俺は先に戻ってるから、行ってこい」
「・・・直ぐに戻るから一緒に昼食を取ろう」
「ああ、わかった」
セオドアとギートを置いて、ジェイデンたちは塔の階段を降りた。
塔の前でユージーンとも別れ、東寮へとジェイデンは足を向ける。
ルーと連れ立って歩いていると、程なく東寮の屋根が視界に入った。
(いい天気だ)
こんな日に部屋にいるのは勿体ない気分になり、ジェイデンは寮の手前で足を止めた。
「・・・少し寄り道をして行こうか」
そうルーへと話しかけ、東寮の脇を通り過ぎた。
左手に屋敷街を眺めながらしばらく歩いていると、風景が変わる。
一の郭の東側は緑地が整備された広大な公園だ。その入り口からほど近いところには小さな湖が広がっている。野鳥の泣き声が聞こえ、水面には陽光が反射してきらきらと輝いていた。
ジェイデンは芝生の上に腰を下ろした。葉の落ちた木々の上に栗鼠の姿が見える。
隣に伏せたルーを撫でてやると、膝の上に乗って甘えてきた。そのまま抱いてやり、ふわふわの温かい体温を感じながら目を閉じると、頬を撫でる冷たい風を感じた。
どれくらいそこで景色を眺めていただろうか。
日差しが雲に隠れたせいか、寒さを感じて腕の中の温もりを抱き直す。抱えた腕に顎を乗せたルーは気持ちよさそうに目を閉じていた。
公園を散歩をする人々の声が聞こえ、ジェイデンを徐々に現実へと引き戻してくれる。
そろそろ正午を過ぎるだろうか。
「帰ろうか、ルー」
セオドアが待っている、と起き上がろうとしたジェイデンは公園の入り口からこちらに歩いてくる人影に気づく。
色の白い、銀髪の線の細い青年だった。
逆光で顔はよく見えない。
ジェイデンは相手に失礼にならぬように直ぐに視線を外した。
そのままその人は横を通り過ぎていく。
「クゥー」
「ああ、ごめん」
腕の中のルーが鳴いて膝から飛び降りた。寮の方向へ戻ろうとする相棒に、ジェイデンも立ち上がって歩き始める。
ジェイデンは気付いていなかったが、彼らの横を通り過ぎた銀髪の男は、しばらくすると振りかえり、公園を去っていくジェイデンとルーを見つめていた。
そして、彼らの後ろ姿が見えなくなるまで動かなかった。
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