公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎

文字の大きさ
上 下
20 / 60
一章 旅路

南の塔②

しおりを挟む





塔の最上階、厳重に守られた奥の扉の向こうは広い広間になっていた。

「中まで入ってこい」

広間の中央には巨大な淡い光を放ちながら水晶柱が浮いている。
建国の祖である初代王が創造した、王国随一の魔道具である。
八角になっている水晶の柱は、その全ての面に魔術紋が刻まれていた。

「あれって・・・」

ジェイデンの目線が、水晶柱の手前の台座で準備を進めるリルバに注がれる。
リルバの両腕の刺青は、水晶柱とよく似た紋様をしていた。
ユージーンが口を開く。

「彼の刺青は、結界術のための魔術紋です。あの刺青が結界を強化する仕組みになっています」

不思議な魅力を持つ紋様である。
リルバが水晶柱の魔術紋を研究して独自に編み出したという刺青は、彼の両腕から胸、背中へと広がっているらしい。

「こっちに来てくれ」
準備を終えたリルバに台座の前に呼ばれる。それぞれの相棒も横にお座りをして水晶柱を見上げた。

「この針で一角狼の血を採ってくれ。一滴でいい」

そう言って金針を差し出される。少し太い針には溝がついていて、刺せばそこに血が溜まるようになっていた。

「少し痛いぞ、ルー」

ジェイデンは一緒に受け取った金針でルーの前脚を持ち上げ、付け根の所を刺した。
金針についた血を針ごとリルバに渡し、懐から手巾を出してルーの血を拭ってやる。
ルーは大人しくお座りをしたまま主人を見つめた。

台座の窪みにルーの血のついた金針を差し込み、リルバが契約魔術を施すと水晶柱が答えるように光る。
それを確認し、リルバが振り返った。

「・・・よし、次は騎獣の主人の登録だ。えーと、金髪の」
「ジェイデンです。針をください」
「悪いな、名前を聞いてなかった。指を刺してここの上に手を置いてくれ」

針を受け取ったジェイデンが親指の腹を刺すと、ぷくりと玉のように血が浮く。そのまま手の掌を台座の上に置くと、呼応するように水晶柱が強く光った。

「・・・ずいぶん魔力が強いな」

感心するようなリルバの物言いにどうも、とジェイデンが答える。
リルバはそれ以上ジェイデンに興味はないようで、さっさとセオドアの方を振り返ると手招きをした。

「よし、次はそっちの・・・」
「セオドアです。よろしくお願いします」

苦笑いのセオドアが、差し出された金針を受け取った。










「それでは帰りましょうか」
「・・・えーと、そこのお前」

ギートとセオドアの登録も終わり、退室しようとするジェイデンたちをリルバが呼び止めた。
振り返った面々の視線を受けながら、リルバはセオドアを指差す。

「セオドアだったか?お前は少し残ってくれ」
「俺ですか?」
「そうだ。首輪の魔術紋について聞きたい」

セオドアはちらりとジェイデンを見た。

「俺は先に戻ってるから、行ってこい」
「・・・直ぐに戻るから一緒に昼食を取ろう」
「ああ、わかった」

セオドアとギートを置いて、ジェイデンたちは塔の階段を降りた。
塔の前でユージーンとも別れ、東寮へとジェイデンは足を向ける。




ルーと連れ立って歩いていると、程なく東寮の屋根が視界に入った。

(いい天気だ)
こんな日に部屋にいるのは勿体ない気分になり、ジェイデンは寮の手前で足を止めた。

「・・・少し寄り道をして行こうか」

そうルーへと話しかけ、東寮の脇を通り過ぎた。
左手に屋敷街を眺めながらしばらく歩いていると、風景が変わる。
一の郭の東側は緑地が整備された広大な公園だ。その入り口からほど近いところには小さな湖が広がっている。野鳥の泣き声が聞こえ、水面には陽光が反射してきらきらと輝いていた。
ジェイデンは芝生の上に腰を下ろした。葉の落ちた木々の上に栗鼠の姿が見える。
隣に伏せたルーを撫でてやると、膝の上に乗って甘えてきた。そのまま抱いてやり、ふわふわの温かい体温を感じながら目を閉じると、頬を撫でる冷たい風を感じた。


どれくらいそこで景色を眺めていただろうか。
日差しが雲に隠れたせいか、寒さを感じて腕の中の温もりを抱き直す。抱えた腕に顎を乗せたルーは気持ちよさそうに目を閉じていた。
公園を散歩をする人々の声が聞こえ、ジェイデンを徐々に現実へと引き戻してくれる。
そろそろ正午を過ぎるだろうか。

「帰ろうか、ルー」

セオドアが待っている、と起き上がろうとしたジェイデンは公園の入り口からこちらに歩いてくる人影に気づく。
色の白い、銀髪の線の細い青年だった。
逆光で顔はよく見えない。
ジェイデンは相手に失礼にならぬように直ぐに視線を外した。
そのままその人は横を通り過ぎていく。

「クゥー」
「ああ、ごめん」

腕の中のルーが鳴いて膝から飛び降りた。寮の方向へ戻ろうとする相棒に、ジェイデンも立ち上がって歩き始める。


ジェイデンは気付いていなかったが、彼らの横を通り過ぎた銀髪の男は、しばらくすると振りかえり、公園を去っていくジェイデンとルーを見つめていた。
そして、彼らの後ろ姿が見えなくなるまで動かなかった。










しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

悪役令息の死ぬ前に

やぬい
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」  ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。  彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。  さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。  青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。 「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」  男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!

黒木  鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

処理中です...