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一章 旅路
東寮①
しおりを挟む寮の前で待っていると、ユージーンが女性を連れて中から出てきた。
ぴしりと背筋の伸びた、小柄なご婦人である。きっちりと結い上げた髪とその姿勢に生真面目さを感じさせるが、笑うと笑顔が優しい女性だ。
「ご機嫌よう、新しい寮生のお二方。ここの管理人のミアですわ」
「よろしくお願いします」
「ミアさんは僕の同僚の奥さんなんですよ。ああ、旦那のヴィクトルは君たちの剣の先生になるはずです」
「夫も管理人の家で一緒に暮らしておりますので、冬期休みの間にお会いすることもあると思いますわ。今は学校が休みなので、騎士団の鍛錬場に行っておりますの」
そう言って、寮の横にある管理人用の家を指差した。
そこがこの夫婦の住処であるらしい。
ジェイデンたちも自己紹介をして簡単に挨拶を交わした後、ユージーンと別れて寮の中へと入る。
「生徒さんが帰省しているので、とっても静かでしょう?お部屋にご案内しますわね」
寮生の大半が帰省していると言う言葉の通り、建物の中はひっそりとしている。
食堂などの共用施設を案内されてから、最上階へと上がる。
「本来は学年ごとに部屋分けをしていますが、あなた方が入れる部屋はここしかなくて」
そう言って部屋の扉を開ける。
「東寮は最上階が高位貴族の方々のお部屋となっていますの」
扉を入ると、まず左に貴族の従者用の部屋がある。
高位貴族の従者は概ね貴族であることが多いため、従者用とはいえ室内は快適な個室だ。
廊下の奥には居間があり、開放的なバルコニーから外の光を取り込まれ、長椅子とテーブルが置かれて寛げる空間になっていた。
右奥が主人の私室である。浴室はそれぞれの部屋についていた。
「荷物は先に着いておりますわ。お部屋に運んでおきましたから」
必要なら寮の使用人を片付けに遣しますよ、と言われたが、2人は断って自分たちでやるから問題ないと礼を言った。
「年明けをしてしばらくは冬期休みが続きますので、一月ほどは学校もお休みですわ。王都を散策されてもよろしいですが、寮の規則がございますのでお気をつけて」
そう言われ、規則が書いてある紙を渡される。
「セオドア様、説明したいことがありますのでこちらに」
「ああ、わかりました」
セオドアは邪魔な外套だけ脱いで近くの椅子へと置いた。
それを見て、ジェイデンも自分の外套に手をかける。
「では、失礼しますわね」
「ゆっくりしてろよ」
そう言い残し、セオドアはミアについて部屋を出ていった。
ミアとセオドアがが退室した後、ジェイデンは脱いだ外套を放り出して応接間の長椅子に腰をおろした。
赤鳩が王都へ戻るよう知らせを届けてから、ここにたどり着くまでの日々を思い出して身体の力を抜く。そのままずるずると長椅子に行儀悪く横になり、目を閉じた。
柔らかい長椅子に身体が重く沈み込む。
「王都か・・・」
ついに戻ってきた。
そう思うが、まだ実感は薄かった。
ジェイデンにとって、王都には実家と貴族の煩わしい付き合いしか思い出がない。
母親と暮らした記憶もあったが、それは彼の中では王都の記憶というよりは子供の頃の幸せな思い出として残っていた。
北の地の冷たい空気と仲間たちを思い出して、もう懐かしい気持ちになる。
「三年経ったら戻ってやる・・・」
その呟いて横になったまま、ぐるりと部屋を見渡した。
ルーとギートはバルコニーで日向ぼっこをしている。和んだ気持ちでそれを眺めてから、部屋の角へ目を移すと、そこには北の砦から送った荷物が積まれていた。
今日は片付けで1日が終わりそうである。
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