公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎

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一章 旅路

王都へ⑤

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「ここの部屋だよ」

マールに案内され、用意された部屋へと入った。
部屋は二間あった。応接室と寝室に分かれており、寝室の奥には浴室が備え付けられている。

外套を脱いでいる間に、マールがルーとギードの足を拭いてくれていた。
大人しく足を拭かれた2匹は、マールが床に敷いた布の上で寛いだ様子で寝そべっていた。
その姿は飼い犬そのものである。
ジェイデンはそんな2匹に感心したような、呆れたような視線を向ける。
そんな様子を見ていたセオドアが、たまりかねたように喉の奥で笑いを堪えた。

「犬には俺がご飯あげとくから、食堂に行ってきなよ。今ならまだ混んでないと思う」

マールの言葉に甘え、2人は食事へ行くことにした。
階下へ戻り、隣の棟へ移動する。





「いらっしゃいませ。お泊まりのお客様ですね。こちらにどうぞ」

風猫亭の食堂は混雑していたが、店に着くなり奥に通される。
彼らには個室が用意されていた。エズラの計らいかと、従業員に案内され席に着いた。
今夜の日替わり料理を頼み、勧められた赤葡萄酒を1本注文する。すぐに酒とともに、小皿料理が運ばれてきたので、それをつまみながら乾杯した。


「明日はもう王都だな」
「ああ、そうだな。気が重い・・・」

辺境騎士団に赤鳩が知らせを持ってきたのが、ひと月ほど前になる。
それからジェイデンは退団や転居のための手続きを急いだ。
寄宿舎で一緒に暮らしていた乳母のこれからが一番心配だったが、目の前の親友が実家が人手不足だからと代官邸で引き取ってくれた。
今彼女は、住み込みでセオドアの父親である代官付きの女官をしている。
それを見届けて安心してから、北を出発した。・・・まさか、親友がついてくるとは思わず、出発前日に告げられた時は驚愕したが。

この抜け目ない男は、ジェイデンに知られないようこっそりと退団の手続きを取ったばかりか、父親へも渡りをつけ、正式に従者として受け入れられるよう内密に手を回していた。
優秀な北の代官の息子は公爵の覚えもめでたい。申請は二つ返事で受け入れられ、従者としてだけではなく、セオドア自身も士官学校へ編入するよう父は手続きを済ませてしまっていた・・・ジェイデンには知らせぬまま。

「怖い男だよ、お前は。俺が追いついたと思ったら、また先を行こうとする」

夏に予備学校を卒業し、ジェイデンはこの秋から騎士団に入ったばかりだった。
三つ上の親友にやっと追いつけたと、入団を祝ってもらいながら喜んだ。
見習いの仕事をこなしながらも、訓練にも少しずつ慣れてきていたところだった。

「親父はお前に感謝してたぞ。3年前に士官学校への入学を断ったのを根に持たれていたからな。俺も王都について行くと言ったら、無理やり編入の話を持ってこられたんだ」

士官学校は3年制である。王国全土から、騎士団予備学校を卒業可能な15歳から20歳程度の騎士が集められ、未来の将校候補として育てられる。
ジェイデンは1学年への編入だが、セオドアは騎士団での経験を考慮され、2学年への推薦状をもらっていた。


「王都に戻ったら、家族へ挨拶に行くんだろう?」
「ああ、士官学校には兄もいる・・・。もう何年も会っていないが」

まずは、公爵家の後継である長兄の元に行かなければならないだろう。
同じ寮になるとは聞いているが、もう何年も会っていない兄の顔はおぼろげにしか思い出せなかった。
二つ上の長兄は、士官学校の最高学年に在籍しており、王太子と同学年である。その関係から、卒業後は近衛騎士となることが決まっていると聞いていた。

「兄のことはいい。それよりもあの人と顔を合わすと考えると憂鬱だ。いっそのこと会いたくないと向こうから言ってくれればいいものを」

あの人、とはジェイデンの義母のことである。
王都を出るまで父や兄弟との関係は悪くはなかったが、ジェイデンと父親の正室である第一夫人の仲は険悪なものだった。ジェイデンの母である第二夫人のことを、彼女が亡くなるまで毛嫌いしていた女性である。

「もう年末なんだ。貴族は年越しの社交が忙しい時期だろう。すぐに実家に呼ばれるわけじゃないんだから、徐々に考えていけばいいさ」

軽い調子で笑い飛ばすセオドアに、苦笑しながらジェイデンも頷いた。
北の地では貴族間の煩わしい社交からは一線を引いていたが、王都に戻ったらどうなるか。
すでに北の辺境を恋しく思いながら、ちょうど運ばれてきた温かな料理を舌鼓を打つ。
柔らかな兎肉が、濃厚なソースと絡んで口の中に旨味が広がった。
重めの葡萄酒とよく合って、2人とも食が進む。


「明日には、王都か・・・」

食事の手を止めて、ジェイデンが窓の外を眺める。

ぼんやりと外を行き交う人々を見つめながらそう呟くジェイデンに、セオドアは、そうだなと相槌を返した。


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