10 / 60
一章 旅路
王都へ④
しおりを挟む風猫亭の扉を開け、彼らは宿の中に足を踏み入れた。
一階は客のためのサロンになっており、奥に数名の客が談笑している姿が見える。
扉の音にちらりと顔を向ける者もいたが、彼らが入ってくるのに気付くとそっと視線を外す。目立つ容姿から不躾な視線を向けられることの多いジェイデンにとって、その気遣いは心地よかった。
キヴェの大衆的な宿は、路面に接した一階を食堂としていることが多い。
宿付きの食堂は宿泊客以外にも食事のみの客も受け入れ儲けを出していたが、風猫亭は食堂を宿とを別棟にし、宿泊棟の静寂と客の私的な空間を保っていた。
なるほど、貴族の贔屓客も多いはずだと納得する。
「良さそうな所じゃないか、マールに感謝だな」
そう言ったセオドアに、ジェイデンも同意する。
「いらっしゃいませ。ようこそ風猫亭へ」
入り口で立ち止まる彼らのもとに、宿の主が2人に気づき出迎えに現れた。
優しげな風貌の主が笑顔で近づいてくる。
マールの叔父というよりは、歳の離れた兄弟のような若い男だ。
マールも叔父の後ろに着いてきており、ジェイデンと目が合うとにっと笑った。
「マールの叔父のエズラです。ようこそおいでくださいました」
「こちらこそ、犬連れで申し訳ない。ジェイデンです。こっちはセオドア」
家名を名乗らず、簡単に告げる。
相棒のことは犬と説明することにした。
こちらへどうぞと、2人はエズラに促され、応接用の長椅子へと腰を落とす。
すぐにお茶が運ばれてきた。お茶の香りに誘われ、口をつけたところでエズラが心配顔で切り出した。
「マールがご無理を言ったのではと気を揉んでおりました。この子は案内人を始めてまだ日が浅く・・・失礼はありませんでしたでしょうか」
エズラの後ろで、その言い様は心外だとばかりマールが目を開く。
「いえ、声をかけてもらって助かりましたよ。この辺りは不案内で、今夜の宿をどうしようかと悩んでいた所でした」
心配には及ばないと声をかけて、ジェイデンが笑顔で告げた。
「それはようございました。では、早速ですがお部屋を選んでいただきたいのですが」
エズラがそう言って、部屋の説明を始める。
彼らの希望通り、個室部屋を紹介される。その中から浴槽つきの広めの部屋を選び、ルーとギート用の食事の手配を頼んだ。
山越えでの汚れを落とし、王都に入る前に身嗜みを整える必要があるのだ。
「では、こちらにお名前をお願いします」
料金を半額前払いし、差し出された宿帳にサインをする。
手続きをすすめながら、エズラからキヴェから王都へ道程について尋ねた。
キヴェから王都までは通常、馬車で二日ほどで着く。
ルーとギードなら一日かからない距離だ。
北から王都へ入る城門は、魔物を警戒して日が落ちると門を閉ざしてしまうらしい。早い時刻に城門に辿り着かないと、野宿をする羽目になってしまう。
エズラの話を聞いた2人は、早朝キヴェを出発することに決めた。
それをエズラへ告げると、朝食がわりに弁当を用意してくれると言ってくれたので言葉に甘える。
「マール、お客様をお部屋に案内をして差し上げてくれ」
話題がひと段落したところで、エズラがマールへ声をかけた。
「はーい!待ってて。足を拭く布を取ってくるから」
そう言って勢いよく部屋を飛び出していく。
そんな甥の後ろ姿を見送り、エズラが溜息をついた。
「物怖じしない賢い子なんですが、元気すぎる所があるんです。いつかお客様に失礼なことをしでかさないかとハラハラさせられています」
困ったものです、と苦笑いのエズラが、可愛がっている甥のことを話す表情は優しい。
「マールは利発ないい子だと思いますよ。ただ、客も色々ですからね。危ない目に合わないように大人が導いてやれればいいですな」
セオドアはそう言ってエズラを気遣う。
彼の気やすさは長所だが、体裁を気にする貴族には生意気に映ることもあるかもしれない。そういう連中は、子供だからと大目に見ない。いざという時に弱い立場になる子供を、自衛できるよう導いてやるのも年長者の役目だ。
そう告げたセオドアに、その通りですと肯くエズラが、2人に向き直り感謝の意を述べる。
「それでは、私はこれで失礼いたします。夕食は隣の食堂で召し上がっていただけます。今夜はいい兎が入ったと聞いておりますので、ぜひいらしてください」
笑顔で見送るエズラへ礼を言い、2人は階段へと足を向けた。
209
お気に入りに追加
2,472
あなたにおすすめの小説

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
ーーー
ムーンライトノベルズでも連載中。
僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

悪役令息の死ぬ前に
やぬい
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」
ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。
彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。
さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。
青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。
「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」
男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです
魚谷
BL
ジェレミーは自分が転生者であることを思い出す。
ここは、BLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の中。
そしてジェレミーは物語の主人公カップルに手を出そうとして破滅する、悪役王子の取り巻き。
このままいけば、王子ともども断罪の未来が待っている。
前世の知識を活かし、破滅確定の未来を回避するため、奮闘する。
※微BL(手を握ったりするくらいで、キス描写はありません)
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる