公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎

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一章 旅路

王都へ③

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「まずは宿を探すか」

通行証を処理しながら顔を赤らめる警備兵を全く意に介さず、ジェイデンはさっさと城門を抜け、正面から町の中央へ伸びる大通りへと目を向ける。
寄せられる好意に対してあまりに無関心な態度に、呆れながらセオドアは頷いた。

「ああ、こいつらも中に入れてくれる宿を探そう。あっちが人が多いな」

ジェイデンとセオドアは、彼らと同じように日が落ちる前にと町へ入った旅人たちが連れ立って歩いていくのに便乗し、人の流れに押されるまま街の中央にある大広場へ。

広場に近付くと、人の数はますます多くなった。
2匹の狼は、足を進める2人のすぐ横を遅れずについてきている。
その様は利口な飼い犬そのもので、自然と笑いを誘った。

広場では手軽に食べられる屋台が並び、その隙間を歩き売りの子供達が商品を片手に売り込みの声を上げていた。肉の焼ける匂いや、色鮮やかな果物に思わず空腹を刺激され、つい足を止めてしまいそうになる。

「昼は携帯食だけだったからな。早く荷物を置いて飯にしようぜ」
そう言いながら腹を押さえるセオドアに、ジェイデンも頷く。



2人が宿をどうしたものかと立ち止まったその時、唐突に子供らしい高い声が響いた。

「ねぇ、そこのお兄さんたち!宿を探してない?」

人の隙間を縫うように近づいてきた少年が、2人を呼び止める。
背丈がジェイデンの腰あたりまでしかない、まだ幼い少年である。元気のいい声につい立ち止まった2人を見上げて、にぱっと笑った。

「キヴェの案内なら任せてよ。ここのことならなんでも知ってるから」

そう言いながら、腕につけた名札のついた腕章を2人に見えるように差し出した。

「この腕章は、領主様も認めてるって証だよ!」

キヴェは商人をはじめ外から訪れる人が多い。北からの王都への玄関口で、町全体が旅人相手に商売をしているような場所である。ここでは、不当に高値で物を売りつけられたり、不慣れな旅人が騙されないよう案内人が置かれている。
案内人は、大抵が実家が宿屋や商売をしている町民の子供たちで、彼らは商売の勉強をしながら町案内をし、ちょっとした小遣いを稼ぐ。そんな子供たちを守る為に、大人たちは案内人を登録制とし、腕章を与えていた。

「そっちの犬はお兄さんたちの犬?」

突然現れた少年にどうしたものかと顔を見合わせた2人の横で、ルーとギードは大人しくじっとしていた。
行儀のいい二匹たちに少年が興味を持ったのを見て、ジェイデンは笑って撫でていいぞと言ってやる。主人がそう言ったのだから、忠実な魔狼は子犬を可愛がるように撫でまわされても大人しくされるがままだ。

「・・・ああ、そうだ。この二匹も一緒に入れる宿を探してるんだが、知っているか?」
「犬は宿の外に置いてもらう?それとも部屋に入れたいかで変わってくるよ」

ふわふわの毛並みを撫でる手を止め、ちょっと考えて少年が答えた。

「部屋に連れていける宿があるのか?」

普段北の山で寝ている魔狼にとって、冬の夜の寒さは気にするものではないが、ジェイデンは変化したばかりの二匹を近くに置いておきたいと考えていた。

「外に置くなら、どこの宿でも大丈夫なんじゃないかな。でも、部屋に入れたいなら難しいかも。少し高い宿なら小型の魔獣を連れている貴族も泊まるし、この犬たちも問題ないはずだよ」

裕福な商人や貴族を相手にする宿が集まる一角を指差しながら、少年が相場を教えてくれる。
見るからに高級な宿に見合った金額であった。
少年はジェイデンたちの出立ちを見て、路銀に余裕があると踏んだようだ。
騎士団長が餞別にくれた彼らの外套は黒羊毛で拵えてあり、天鵞絨のような輝きを持つ漆黒の毛は驚くほどなめらかな手触りで、目の肥えた者ならその価値に気付く。
2人が貴族だとは気づいていないようだが、上客だと見込んで声をかけてきたようだ。

「俺が紹介できる宿の候補は三つあるよ。どれも値段は同じくらいで、宿についてる食堂が遅くまでやってる所と、食堂がなくて泊まってる部屋に食事を出してくれる所。あと、宿に食堂はないけど、隣に地元で人気の食堂があって、そこで夜も朝も食事が取れる所」

指を折る仕草をしながら、少年が告げる。

「食堂がある方がいいな。個室があるのはどっちだ?」

それを聞いた少年がにやっと笑う。

「それなら最後のところだね。個室が一番広くて寝台もふかふかだよ。本当は身内贔屓しちゃいけないんだけど、風猫亭って俺の叔父さんがやってる宿なんだ。隣の食堂も美味しいし、おすすめだよ」

自信満々な少年に、ジェイデンが苦笑しながら了承し、セオドアも笑いながら賛成した。

「坊主、いい商人になりそうだなぁ。じゃあその叔父さんの宿に連れて行ってくれるか」

セオドアは少しばかり感心したように、笑って先を促した。

「へへ、俺はマールだよ。叔父さんに犬のことも頼んでみるからゆっくり着いてきて」

マールは少しばつが悪そうにしながらも、照れたように笑って二人を先導して歩き出した。風猫亭がが近付いたところで、猫の看板が目印だからと言い残し、先に知らせてくるとぱっと走り出していく。

その後ろをゆっくり追いかけながら、西の空に日が消えていき、薄く三日月が輝いている空を二人は見上げた。





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