公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎

文字の大きさ
上 下
5 / 60
一章 旅路

セオドアとジェイデンの出会い③

しおりを挟む



夢中で手紙を読んでいる子供の傍。
手持ち無沙汰になったセオドアは薔薇の生垣を乗り越え、柔らかな芝生へ足を踏み入れた。そのまま躊躇いもなく先程子供が寝ていたその場所に寝転ぶ。
思った通り、芝生は抜群の寝心地だ。

そのまま空を見上げると、ぐるりと周りに咲いている薔薇がアーチのように視界に入る。


「気持ちいい場所だな」


そう呟き、心地よさに目蓋を落としかけたその時、誰かの呼ぶ声が聞こえてきた。


「…坊っちゃま、どちらにおいでですか?」

次第に声が近づくと、子供が生垣を越えてきた。勢いよく飛び込んできた子供を受け止めてやりながら、視界の奥に白髪の老人が近づいてきているのが見えた。

「なんだ、呼んでるんじゃないのか」

やっぱり、この子供が坊っちゃまなのかと妙に納得した気分でいるセオドアとは対照的に、険しい顔で子供ーージェイデンは表情を引き締める。


「きて!」
いきなり身を翻したジェイデンに驚くセオドアの腕を引き、さらに奥の樹の影まで引っ張っていく。
「いいから、ついてきて」
「おい!ちょっと待てよ。…ついていくから、腕を離せ!」

庭園を突っ切り、近い低木が生い茂る横を通り抜けたあたりで、セオドアは我慢できずにその腕を振り払った。その周囲は森との境目に近付いたせいか、薔薇園よりも薄暗い。

「悪いな」
乱暴に外した腕をさすりながら、大人気なかったかとセオドアは謝った。

振り払われた腕をじっと見下ろしてから、ジェイデンはセオドアを見つめた。
海の色のような碧い眼だ。
金色の巻き毛は、薔薇園をかき分けた時にぼさぼさに乱れている。よく見ると、毛先は素人がハサミで切ったようにギザギザとしている。

「お前、公爵家のお坊ちゃんなんだろ?どうしてそんな格好してるんだ」

奇妙なのは服だけではなかった。
なまじ元の顔立ちが整っている分目立たないが、手足は汚れ、先ほど自分の腕を掴んだ手のひらは硬かった。
「髪もそれ、もしかして自分でやったのか?」

見下ろす目線を避けるように、金色の頭が俯いた。ギュッと服の端を握り、振り絞るように声を出す。

「さっきの。代官の手紙は本物なのか?」
真剣な眼差しに、セオドアはどういうことだと首を傾げた。
「代官は、12になったら予備学校の寄宿舎に入れると書いていた。父上にも確認して、俺の意思を尊重するようにと言われたと」
「ああ、そう聞いている。ここでは、12になると予備学校に入ることは義務だ。北は魔物が多い。騎士にならない奴でも、貴族なら予備学校で基礎を習う。有事の際に使える駒は一つでも多い方がいいからな」

北の常識である。
貴族でなくても、一定量以上の魔力のある平民にも課されている義務だ。

「予備学校は、義務だからな。学費は誰からも取らない。平民も、貴族からもだ」

その言葉に、ジェイデンがはっと顔を上げる。

「それは本当か?」
「こんな嘘言って何になる。家が遠方のやつとか、家庭の事情がある奴には寄宿舎も用意されてるぞ」

当たり前のように言うセオドアと対照的に、ジェイデンの顔が紅潮する。声は怒りに震えている。

「執事は、俺には学校に入る資格がないと言った。伝書鳩も入学届けを運んでこないから、そうなんだと信じていた…」
「そんなはずあるか。むしろ貴族なんだから、入学は絶対だ。俺の同級生には病弱すぎて主治医付きで寄宿舎に住んでたやつもいるぞ。体が弱くても、入学は逃れられない」


そう続けたセオドアの言葉に、眼を見張ったジェイデンの苛ついた唸り声が周囲に響いた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

悪役令息の死ぬ前に

やぬい
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」  ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。  彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。  さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。  青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。 「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」  男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!

黒木  鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

処理中です...