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歪んだ美

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「これを取り替えてくれ。」

と、私は彫刻館にいる女へとつきつけた。その死に急ぐような形相と言ったら福笑いのそれの様で非常に滑稽であったが、女は私の顔を見ても動じる事無く、冷静に言葉を紡ぐ。

「わかりました。お客様。こちらへどうぞ。」

女は動く床へと私を乗せ、奥の部屋へと案内した。私を迎え入れたのは、虚構の如く広く深い空間であった。私は新しい大象を手に入れる事に心を弾ませながら足を踏み入れたが、「そこ」に足を入れると同時に、背中まで凍りつくような恐ろしい感覚に襲われた。本能が、拒絶していると言うべきだろうか。

「ここは…」

「大象の間で御座います。以前、お客様が彫刻をお掘りになられた場所で御座います。」

言うなれば、狂気。人々は、変わらず虚ろな瞳でノミと槌を持ち、機械の如く木材や石材を打ち砕いている。彼等の顔は底知れぬ絶望に染っており、その木材の中に埋まっているありもしない希望を求めて蠢く亡者の様に成り果ててしまっている。一片で高等な像が生み出されれば、人々はそれを羨み、妬み、ざわざわとおぞましい気流が部屋に充ち満ちる。

嫉妬からか、時たま部屋の中でうめき声が聞こえたり、叫び声が響き渡ったりして、狂い果てた者達の悲痛の叫びが聞こえてくる。更には床に血が飛び散り、死臭のような臭いさえする。目前の男が、ボソリと呟いた。

「これで60円か。」

やせこけたその腕を振るい、木材を打ち砕く男。六十円。それがどれ程の大金なのか、もはや語るに忍びない。だが、私はすぐにわかった。ここにいては、私の身も心も、危ないと。

「すまない、急用ができたので帰らせてくれ。」

「はい。お客様。お帰りはあちらからどうぞ。」

と、女は私を出口まで案内した。私はほとんど逃げ出す様にして走り出し、彫刻館を後にした。あんな所はもう沢山だ。あそこは彫刻館などでは無い。この世の地獄だ。「美」の概念は崩れ落ち、「数多の欲望」だけが渦巻く、欲に塗れた愚者達の墓場だ。走って走って走るうちに、私は自分の家へと辿り着いていた。恐怖で鐘を打ち鳴らす心臓をそのままに、私は大慌てで家の中へと駆け込んだ。

「おかえりなさい。あなた。今日はどちらまで。」

妻は息を荒らげて震える私を見て、私の返事を待つ前に私を抱き寄せた。

「お疲れですね。まずはごゆっくりお休み下さい。お話はその後で致しましょう。」

そういう妻の口調は、どこか刺々しく、とても優しく、ほんの少し寂しそうであった。やはり、妻は私の事をよく知っている。大した嫁である。
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