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彼女との出会い
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自分が小説を書き始めたのは、中学三年の終わり頃。ちょうど半年くらい前だろう。その頃自分は、精神病に冒されて、色々生活に不自由があった。学校にさえ、満足に行く事が出来なかった。そんな時、自分を癒してくれたのが、小説だった。
「………」
初めは、ほんの気晴らしのつもりだった。ずっと家で横になっていて、暇だったから、退屈しのぎになれば良いな、程度の気持ちで書き始めたのだが…
止まらなかった。
「………」
書いて書いて書いて。100枚分のノート(本当は小説を書くのに使うような物じゃないけど)を字でぎっしり埋めても止まらず、受験中も勉強のフリをして書き続けた。今となっては、すっかり小説を書く事が趣味になってしまっている。我ながら、よく高校に合格したものである。
「………」
まあ、今が上手くいっているならなんでも良いか。そんな事を思いながら、自分はいつも立ち寄る喫茶店へ足を踏み入れる。
カランカラン。と静かにドアの鐘が鳴る。ここは、お気に入りの喫茶店。朝から夜まで、きっかり15時間、営業している店だ。有名なお店では無いけれど、品揃えが良くて、よく利用させて貰っている。
「ココアに、ホットドッグ一つ。」
店員さんの返事を聞くのとほぼ同時に、財布を取り出して、のんびりと待つ。奥から、コポコポと液体が滴る音が聞こえる。3分もしないうちに、熱々のココアとホットドッグの完成だ。
「さて…と。」
俺は、このセットを持って、席に着き、執筆に挑む。学校ではスマートフォンで。こういうお店ではパソコンで。家では紙の媒体に。どんな場所でも、自分の頭と書き記すものがあれば、小説を作れる…という点が、自分はお気に入りだ。
「………」
カコカコカコ。と、半規則的にキーボードを打つ音と、周りの人達が食事する音が混ざり合って、自分の耳の中で、コーヒー牛乳みたいに静かに混ざり合う。ここはちょっと気取ったお店で、ファミレスで聞くような、下品なお喋り声は聞こえてこない。
「………」
そんな、静かな環境に感謝しながら、自分もパソコンと一体化した気分で執筆を進める。今書いている話は、自分で言うのも何だが、結構な自信作だ。まだ何処にも発表はしていないが、「もしかしたら人気が出るかも」という淡い期待を抱いていた。
「………?」
後ろで、足音が聞こえた。キーボードを打つ指が遅れる。ここは茶店なのだから、客が来るのは当たり前だった。でも俺の指は、どういう訳かその足音に惹かれて止まってしまっていた。
「(振り返るのも…馬鹿らしいか。)」
だからと言って、態々その方を見る必要も無い。その人と自分が関わる訳が無いのだから。
「………」
注文する音が聞こえる。チャラチャラとした金属音が小さく耳を通り抜けて、また静寂が訪れた。
「(持ち帰りの客だろうな。)」
と思っていたけれど、どうも俺の推測は外れたようだ。
コツンコツン、と。ハイヒールチックな足音がこちらまでやって来て、自分の横でピタリと止まった。そうしてそのまま、
「隣、座っても良いかな?」
と俺に訊ねてきた。俺は、他の誰かに言ってるもんだと思って、少しの間、返事をしあぐねてしまった。やがて、近くの席には俺しか居ないことに気付いて、恥ずかしそうにその人に返事をする。
「どうぞ。構いませんよ。」
「ありがと。」
女性だった。本当に何処にでも居そうな、可愛い日本人女性。透き通った白い肌に、整った愛らしい顔立ち。茶色がかった髪は、髪質まで綺麗なもので、ロングヘアーにして胸の辺りまですっと伸ばされていた。OLさんだろうか。ぴっしりとしたスーツがよく似合っている。
「………」
なんとも言えない気分だった。他にも、空いてる席はあったのだから、そちらに座れば良いのに。そんな事を思いながら、俺は再びパソコンと睨めっこを開始する。
「ねえねえ。」
「……え?は、はい?」
隣の女性が話しかけてくる。びっくりして、思わず上ずった声で返事をしてしまう。女子…と言うよりは女性と話すのは、実に数週間ぶりだった。
「何書いてるの?」
「は、はい、小説…です。」
歳上だろうし、敬語は忘れずに。学生的な視点から言えば、俺よりも、一回りか二回りくらい大人びて見える。それでも、愛らしく見えてしまうのは、俺よりも背が低いからだろうか。
「へぇー。ねね、読んでみても良い?」
「え、えっと…」
俺は素直に、はいどうぞ!読んでください!とは言えなかった。まだ、この文は誰にも見せた事が無い。恥ずかしい妄想乙、だなんて笑われるのが、ちょっと怖かったからだ。
「駄目…かな?」
それより問題なのが、相手が全く知らない人であるという事だ。確かに作家とは、知らない人相手に文章で売り込む仕事だ。しかし、今の自分は作家でも無ければ、新人賞に通った事も無い。そんな駄文を知らない人に見せて、笑われたりでもしたら、きっと俺の些細なプライドはズタズタに引き裂かれる事だろう。
「良い…ですけど…」
「けど?」
酷評しないでください、なんて作家にあるまじき言葉だ。なんて言えば良いのかわからず、そのまま小説を彼女に公開してしまった。
「ふんふん。」
なるほどなるほど、と言った様子で、彼女は小説を眺めている。その横で、自分はじっとりと嫌な汗をかいていた。
「ど、どう、ですか?面白いですか…?」
恐る恐る聞いてみる。
「んー、そうね~…」
そこで彼女はうーん、と考え込む。つまらないと言われたらどうしよう…と自分は心の中でギグシャクしていた。
「面白いけど、気になる所は沢山ある…って感じね。」
「そ、そう…ですか…」
素直で率直な感想。あえて意訳するなら、面白いけど君の話はガタガタだよ…って事になる。彼女はパソコンを俺の方へと返して、ココアを一口飲む。
「そんな残念そうな顔しないで。お話自体は凄い面白かったし。貴方、才能あるわよ?」
「えっ…!?ほ、本当ですか!?」
静かな喫茶店だということも忘れて、バンっと女性の方へ乗り出してしまう。ガチャン、と小さく食器が揺れる音がする。
「しー。」
女性はニコッと笑って、しーっと人差し指を自分の口に当てた。俺は恥ずかしがりながら、席に戻って話を続けた。
「す、すみません…それで…あの…本当ですか…?」
「うん。君の話って、すーっと引き込まれるのよね。一見長文に見えても、スラスラ読めちゃう感じ。」
女性はニコニコ笑って、俺の小説がどんな風に見えるのか的確に話してくれる。話の質、文字の量。良い所は的確に、とことん褒めてくれる。作家として、これ程嬉しい読者もそういないだろう。だが、的確に良い所を見れるということは、逆もまた然りだ。
「でも、会話の整合性が取れてなかったりするのよね。あと、ここの主人公の心理状態も、読者には伝わらないかな。」
今度は、小説の悪い所を淡々と上げていく女性。自分でも何となく分かっていたが、具体的な言葉にされると意外と胸に突き刺さる。
「…わかりました。色々、ありがとうございます。」
「別に良いのに。思った事を言っただけよ。」
女性はふふっと笑って、再びココアを一口飲む。俺は自分のココアが冷めてることも忘れて、女性に言われた事を頭に叩き込んだ。
「(…でも、どうしてこの人は俺の小説を読んでくれたんだろう?)」
そんな事を考えながら、黙々とメモに彼女が言ってくれた事を書き込んでいく。
「…ねえ?」
最初に小説を見せて欲しいと言ってきた時と同じ調子で、彼女は声をかけてきた。俺は慌ててメモを止めて答えた。
「あ、は、はい!なんでしょうか?」
「もし良かったら、私が君の専属編集者になってあげようか?」
せんぞく…へんしゅうしゃ…?
「……はい?」
しばらく俺は硬直した。焦っていた事もあるだろうが、彼女の言葉の意味が分からなかった。
「そ、それって…どういう…?」
「どういうって、そのまんまだけど。私が、君の小説を面白くするのを手伝ってあげる。」
「えっ…」
ええーっ!と叫ぼうとした所で、彼女の人差し指が、俺の口をピッと塞いだ。実際は塞いだというか、暗示されて止められたような感じだったが。
「でも、悪いですよ。貴女は俺にそこまでしてくれる義理なんて、無いじゃないですか…?」
確かに彼女の言葉は的確だ。編集者には向いているかもしれない。だが、何日か通い詰めて小説を見せていたならともかく、俺と彼女はまだ会って一日だ。そんな人に突然、専属編集者なんてものになって貰っても、俺の方が困る。
「良いのよ。小説を読ませて貰った義理があるでしょ?だから、そのお礼。もちろん、君が駄目って言うなら、諦めるけど…」
彼女はそう言って、目にうるうると涙を貯める。あざとい、と思っていても、耐性の低い俺にはグサリと通用してしまう。
「ぅ…っ…い、いや、俺は良いですけど…貴女は大丈夫なんですか?」
OLさんなのかは知らないが、彼女にも仕事や生活があるだろう。それをほっぽってまで、将来伸びるかどうかも分からない、俺の編集者になどさせる訳にはいかない。
「大丈夫よ。編集って言っても、少し君の小説に手を加えるだけ。それなら、こういう短い時間でも出来そうじゃない?」
「確かに…」
彼女の意見には、俺も賛同だった。彼女の仕事は少し手を加えるだけの事で、根本的に俺の小説を組み替える事では無い。であれば、彼女自身の仕事と兼業する事も簡単だ。
「それともう一つ。君は私と組めば、間違いなく成長できる。今より、もっと作家に近付ける。私が保証してあげるわ。」
彼女の瞳は、自分の目とは対照的に自信に満ち溢れていた。今、鏡を見れたとしたら、きっと俺は不安に駆られ、彼女の眩しさに目を閉じかけて居るような顔をしている事だろう。
「……貴女を、信じてみても良いですか?」
「もちろん。大船に乗ったつもりで来なさい。」
「…わかりました。俺の編集者として、力を貸して下さい。…お願いします。」
俺は、今後の人生が荒波に揉まれる事を覚悟の上で、彼女にお願いをした。きっと、どこかで不安がっていた。どうせ自分は変われない。何も変わらないと。でも、そういう不安を押し殺して、俺は必死に彼女の方を見た。
「それじゃあ、決まり。私の名前は谷日 檀。よろしくね。」
谷日さん。彼女は自分をそう名乗ると、手をこちらの方へと差し出してきた。
「よろしくお願いします。俺は、吉住大輝です。」
俺も、自分の名前を名乗って、彼女と握手を交わす。こうして俺は、これから長い間お世話になる、彼女と知り合ったのだ。
「………」
初めは、ほんの気晴らしのつもりだった。ずっと家で横になっていて、暇だったから、退屈しのぎになれば良いな、程度の気持ちで書き始めたのだが…
止まらなかった。
「………」
書いて書いて書いて。100枚分のノート(本当は小説を書くのに使うような物じゃないけど)を字でぎっしり埋めても止まらず、受験中も勉強のフリをして書き続けた。今となっては、すっかり小説を書く事が趣味になってしまっている。我ながら、よく高校に合格したものである。
「………」
まあ、今が上手くいっているならなんでも良いか。そんな事を思いながら、自分はいつも立ち寄る喫茶店へ足を踏み入れる。
カランカラン。と静かにドアの鐘が鳴る。ここは、お気に入りの喫茶店。朝から夜まで、きっかり15時間、営業している店だ。有名なお店では無いけれど、品揃えが良くて、よく利用させて貰っている。
「ココアに、ホットドッグ一つ。」
店員さんの返事を聞くのとほぼ同時に、財布を取り出して、のんびりと待つ。奥から、コポコポと液体が滴る音が聞こえる。3分もしないうちに、熱々のココアとホットドッグの完成だ。
「さて…と。」
俺は、このセットを持って、席に着き、執筆に挑む。学校ではスマートフォンで。こういうお店ではパソコンで。家では紙の媒体に。どんな場所でも、自分の頭と書き記すものがあれば、小説を作れる…という点が、自分はお気に入りだ。
「………」
カコカコカコ。と、半規則的にキーボードを打つ音と、周りの人達が食事する音が混ざり合って、自分の耳の中で、コーヒー牛乳みたいに静かに混ざり合う。ここはちょっと気取ったお店で、ファミレスで聞くような、下品なお喋り声は聞こえてこない。
「………」
そんな、静かな環境に感謝しながら、自分もパソコンと一体化した気分で執筆を進める。今書いている話は、自分で言うのも何だが、結構な自信作だ。まだ何処にも発表はしていないが、「もしかしたら人気が出るかも」という淡い期待を抱いていた。
「………?」
後ろで、足音が聞こえた。キーボードを打つ指が遅れる。ここは茶店なのだから、客が来るのは当たり前だった。でも俺の指は、どういう訳かその足音に惹かれて止まってしまっていた。
「(振り返るのも…馬鹿らしいか。)」
だからと言って、態々その方を見る必要も無い。その人と自分が関わる訳が無いのだから。
「………」
注文する音が聞こえる。チャラチャラとした金属音が小さく耳を通り抜けて、また静寂が訪れた。
「(持ち帰りの客だろうな。)」
と思っていたけれど、どうも俺の推測は外れたようだ。
コツンコツン、と。ハイヒールチックな足音がこちらまでやって来て、自分の横でピタリと止まった。そうしてそのまま、
「隣、座っても良いかな?」
と俺に訊ねてきた。俺は、他の誰かに言ってるもんだと思って、少しの間、返事をしあぐねてしまった。やがて、近くの席には俺しか居ないことに気付いて、恥ずかしそうにその人に返事をする。
「どうぞ。構いませんよ。」
「ありがと。」
女性だった。本当に何処にでも居そうな、可愛い日本人女性。透き通った白い肌に、整った愛らしい顔立ち。茶色がかった髪は、髪質まで綺麗なもので、ロングヘアーにして胸の辺りまですっと伸ばされていた。OLさんだろうか。ぴっしりとしたスーツがよく似合っている。
「………」
なんとも言えない気分だった。他にも、空いてる席はあったのだから、そちらに座れば良いのに。そんな事を思いながら、俺は再びパソコンと睨めっこを開始する。
「ねえねえ。」
「……え?は、はい?」
隣の女性が話しかけてくる。びっくりして、思わず上ずった声で返事をしてしまう。女子…と言うよりは女性と話すのは、実に数週間ぶりだった。
「何書いてるの?」
「は、はい、小説…です。」
歳上だろうし、敬語は忘れずに。学生的な視点から言えば、俺よりも、一回りか二回りくらい大人びて見える。それでも、愛らしく見えてしまうのは、俺よりも背が低いからだろうか。
「へぇー。ねね、読んでみても良い?」
「え、えっと…」
俺は素直に、はいどうぞ!読んでください!とは言えなかった。まだ、この文は誰にも見せた事が無い。恥ずかしい妄想乙、だなんて笑われるのが、ちょっと怖かったからだ。
「駄目…かな?」
それより問題なのが、相手が全く知らない人であるという事だ。確かに作家とは、知らない人相手に文章で売り込む仕事だ。しかし、今の自分は作家でも無ければ、新人賞に通った事も無い。そんな駄文を知らない人に見せて、笑われたりでもしたら、きっと俺の些細なプライドはズタズタに引き裂かれる事だろう。
「良い…ですけど…」
「けど?」
酷評しないでください、なんて作家にあるまじき言葉だ。なんて言えば良いのかわからず、そのまま小説を彼女に公開してしまった。
「ふんふん。」
なるほどなるほど、と言った様子で、彼女は小説を眺めている。その横で、自分はじっとりと嫌な汗をかいていた。
「ど、どう、ですか?面白いですか…?」
恐る恐る聞いてみる。
「んー、そうね~…」
そこで彼女はうーん、と考え込む。つまらないと言われたらどうしよう…と自分は心の中でギグシャクしていた。
「面白いけど、気になる所は沢山ある…って感じね。」
「そ、そう…ですか…」
素直で率直な感想。あえて意訳するなら、面白いけど君の話はガタガタだよ…って事になる。彼女はパソコンを俺の方へと返して、ココアを一口飲む。
「そんな残念そうな顔しないで。お話自体は凄い面白かったし。貴方、才能あるわよ?」
「えっ…!?ほ、本当ですか!?」
静かな喫茶店だということも忘れて、バンっと女性の方へ乗り出してしまう。ガチャン、と小さく食器が揺れる音がする。
「しー。」
女性はニコッと笑って、しーっと人差し指を自分の口に当てた。俺は恥ずかしがりながら、席に戻って話を続けた。
「す、すみません…それで…あの…本当ですか…?」
「うん。君の話って、すーっと引き込まれるのよね。一見長文に見えても、スラスラ読めちゃう感じ。」
女性はニコニコ笑って、俺の小説がどんな風に見えるのか的確に話してくれる。話の質、文字の量。良い所は的確に、とことん褒めてくれる。作家として、これ程嬉しい読者もそういないだろう。だが、的確に良い所を見れるということは、逆もまた然りだ。
「でも、会話の整合性が取れてなかったりするのよね。あと、ここの主人公の心理状態も、読者には伝わらないかな。」
今度は、小説の悪い所を淡々と上げていく女性。自分でも何となく分かっていたが、具体的な言葉にされると意外と胸に突き刺さる。
「…わかりました。色々、ありがとうございます。」
「別に良いのに。思った事を言っただけよ。」
女性はふふっと笑って、再びココアを一口飲む。俺は自分のココアが冷めてることも忘れて、女性に言われた事を頭に叩き込んだ。
「(…でも、どうしてこの人は俺の小説を読んでくれたんだろう?)」
そんな事を考えながら、黙々とメモに彼女が言ってくれた事を書き込んでいく。
「…ねえ?」
最初に小説を見せて欲しいと言ってきた時と同じ調子で、彼女は声をかけてきた。俺は慌ててメモを止めて答えた。
「あ、は、はい!なんでしょうか?」
「もし良かったら、私が君の専属編集者になってあげようか?」
せんぞく…へんしゅうしゃ…?
「……はい?」
しばらく俺は硬直した。焦っていた事もあるだろうが、彼女の言葉の意味が分からなかった。
「そ、それって…どういう…?」
「どういうって、そのまんまだけど。私が、君の小説を面白くするのを手伝ってあげる。」
「えっ…」
ええーっ!と叫ぼうとした所で、彼女の人差し指が、俺の口をピッと塞いだ。実際は塞いだというか、暗示されて止められたような感じだったが。
「でも、悪いですよ。貴女は俺にそこまでしてくれる義理なんて、無いじゃないですか…?」
確かに彼女の言葉は的確だ。編集者には向いているかもしれない。だが、何日か通い詰めて小説を見せていたならともかく、俺と彼女はまだ会って一日だ。そんな人に突然、専属編集者なんてものになって貰っても、俺の方が困る。
「良いのよ。小説を読ませて貰った義理があるでしょ?だから、そのお礼。もちろん、君が駄目って言うなら、諦めるけど…」
彼女はそう言って、目にうるうると涙を貯める。あざとい、と思っていても、耐性の低い俺にはグサリと通用してしまう。
「ぅ…っ…い、いや、俺は良いですけど…貴女は大丈夫なんですか?」
OLさんなのかは知らないが、彼女にも仕事や生活があるだろう。それをほっぽってまで、将来伸びるかどうかも分からない、俺の編集者になどさせる訳にはいかない。
「大丈夫よ。編集って言っても、少し君の小説に手を加えるだけ。それなら、こういう短い時間でも出来そうじゃない?」
「確かに…」
彼女の意見には、俺も賛同だった。彼女の仕事は少し手を加えるだけの事で、根本的に俺の小説を組み替える事では無い。であれば、彼女自身の仕事と兼業する事も簡単だ。
「それともう一つ。君は私と組めば、間違いなく成長できる。今より、もっと作家に近付ける。私が保証してあげるわ。」
彼女の瞳は、自分の目とは対照的に自信に満ち溢れていた。今、鏡を見れたとしたら、きっと俺は不安に駆られ、彼女の眩しさに目を閉じかけて居るような顔をしている事だろう。
「……貴女を、信じてみても良いですか?」
「もちろん。大船に乗ったつもりで来なさい。」
「…わかりました。俺の編集者として、力を貸して下さい。…お願いします。」
俺は、今後の人生が荒波に揉まれる事を覚悟の上で、彼女にお願いをした。きっと、どこかで不安がっていた。どうせ自分は変われない。何も変わらないと。でも、そういう不安を押し殺して、俺は必死に彼女の方を見た。
「それじゃあ、決まり。私の名前は谷日 檀。よろしくね。」
谷日さん。彼女は自分をそう名乗ると、手をこちらの方へと差し出してきた。
「よろしくお願いします。俺は、吉住大輝です。」
俺も、自分の名前を名乗って、彼女と握手を交わす。こうして俺は、これから長い間お世話になる、彼女と知り合ったのだ。
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