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82話 不思議な古本屋

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「ごめんなさい。アルヴェルトさんの買いたいものを買う事が出来なくて…」

「良いって。チャールズを連れて来なかった俺が悪い」

マーケットのベンチに座って、ひと休みするセラフィーナ達。平日でも人通りが止むことは無く、多くの人があちこち行き交って買い物や仕事に勤しんでいる。

「ですが……」

「気にすんなって。チャールズの買い物はついでだしな。今はセラフィーナ様と一緒にいられるだけで満足さ」

ふいに、アルヴェルトの手が、セラフィーナの手に軽く触れた。優しく重ねられた手を、聖女は嬉しそうに重ね返した。

「…ありがとうございます。気を取り直して、次に行きましょうか」

「おう!…さて、次は何するんだったかな」

デートプランは一応決まってこそいるが、パトリツィオのそれに比べると割と大ざっぱに決められている。というのも、どこで何をする…と決めているといつもの勤務時と同じ状態になってしまって、気が休まらないのである。

次のプランは、適当にマーケットでお買い物。つまるところ、商店街の散歩である。

「買い物か…さっきは俺のしたい買い物に付き合ってもらったし、次はセラフィーナ様のしたい買い物に付き合うぞ」

「良いんですか?」

「ああ。アクセサリでもなんでも、好きな物を買いに行こう」

「…ふふ、わかりました」

でもって、いい感じのムードのまま、セラフィーナのお買い物に付き合う事になる。マーケットを二人で歩き、やってきたのは、とても綺麗とは言い難い古い本屋。

「本屋…だよな。良いのか?図書館に大体の本は置いてあるだろ?」

「はい。確かに殆どの本はあの図書館にありますが…私は私で、自分用の本が欲しいんです」

「なるほど……」

セラフィーナが読書大好きなのは知っていたが、自分用の本が欲しいとはかなりの読書好きである。まあ、セラフィーナの部屋から図書館まで結構遠いというのもあるだろうが。

「いらっしゃい…」

店内は薄暗く、いかにもな老舗だった。綺麗に掃除されてこそいるが、材質自体は今にも限界を迎えようと言わんばかりに古ぼけた木材で作られていた。

「こんにちは!魔道本を探したいのですが、置かれていますか?」

「ええ、置いていますよ…」

店主であろう老婆に連れられるまま、店の奥へと案内される。古い本ともなると皮はだいぶボロボロで、手に取るだけでパラパラと皮の一部が剥がれ落ちてしまう程だ。

「こちらの魔道本などいかがでしょう…」

「ありがとうございます。…どれどれ」

本を開いてみると、書いてあるのはまさかの古代文字。
古代文字が使われていたのは、およそ三百年前、シンフォニア王国が建国された頃の時代。当時は魔物との抗争が激しく、ほとんどの書物が消失してしまった。更に当時生きていた人達も正確な読み方を後世に伝えられなかったため、
文学にある程度精通しているセラフィーナも、流石に古代文字で書かれた代物はお手上げである。

「おおおっ…こ、古代文字の本…!」

「なんて書いてあるんだ…?全く読めないぞ…?」

「すみません…僕…私も読めません…」

「ま、マジかよ……」

「うちにある魔導本はそれくらいでしてねぇ…」

老婆は辛そうに腰をさすりながら、ぎっちらと音を立てる木の椅子に座った。そして値踏みするかのように、二人の背中を鋭い視線で見つめた。

「それでよろしければ、購入なさいますかい?」

「ど、どうしましょう…」

読めないものを買ったって仕方ないのだが、彼女が魔道本を欲しがったのにはもちろん理由がある。その理由は、もちろんアルヴェルトも理解している。

「その本に例の強化方法が載ってるかもしれないし…解読してみる価値はあるんじゃないか?」

「そう…ですよね。もしかしたら古代の魔法の中には方法が残ってるかもしれません。これ、買います!」

「ふぉふぉふぉ、そうかい?毎度あり…」

「ところで…お値段は?」

「まぁ、そんなふるっちい本なんて使い道が無いし10ゴールドで良いかねえ」

「え?そ、それで良いんですか……?」

確かに、解読できなければ使い道のない本なのだが、10ゴールドというのは流石に安すぎである。これでは処分レベルの値段だ。二人が戸惑っていると、老婆はトントンと机を叩いた。

「ほら、買うなら早くお金置きな。私ゃ気が短いんでね」

「あ、は、はい!」

「ほい、毎度あり」

慌ててお金を置くと、それをすーっと自分のポケットに突っ込む。不思議な雰囲気を感じる女性を後目に、セラフィーナ達は店を後にすることにした。

「あ、ありがとうございました!」

「ほいほい」

はよいけー、と言った感じで手を振る老婆。二人は本を持ったまま、再びマーケットの道へと繰り出して行くのだった。
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