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32話 そこは痛い

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それから夜は明け、聖女は三日目の朝を迎えた。いつものように支度を整え、ルーチェを呼び出して部屋に招いた。二人きりになってから、彼女はようやく口を開いた。

「おはようございます、ルーチェさん。本日の予定はなんですか?」

「おはようございます。午前は聖騎士アルヴェルトの試験を行い、午後はパトリツィオ陛下の茶会に呼ばれております」

「陛下の……わかりました。ありがとうございます」

パトリツィオから呼ばれるという事は、婚約者としての件だろう。当然、フランカもそこにいるという事になる。相手は卵と言えど、いっぱしの演者。下手に演技すれば、偽りの婚約者である事はもちろん、男とバレる可能性もある。最大限に警戒すべき相手の一人だろう。

「では参りましょう。朝食後、アルヴェルトとの約束通り門に参ります。彼がいなければ自由時間にしましょう。私としてはそっちの方が気楽で良いですが…」

「あはは、ルーチェさんらしいですね。でも彼は来ますよ、きっと」

「そうですか…?」

彼の真剣な目を見たからこそ、彼女は断言できる。アルヴェルト・ドラゴラッジは必ず来る。そう信じて、彼女は朝食を済ませてから門の前へと足を運ぶ。そして二人の前に、彼は現れた。

「し……」

「死んでる……!?」

彼は死んでいた。いや、正確には死んでるんじゃなくて倒れていたのだが。どこぞの人工生命体に自爆された後の戦士の如く、地面に凄まじいヒビを入れて倒れていたのである。

「あ、アルヴェルトさーん…?」

「んご……」

つんつん、とセラフィーナがつっつくと、彼は一応生きているらしく寝息で返事をした。生きてて何よりだが、そこに寝られると屋敷の皆が困るのである。

「どうやって起こしましょうか…?」

「では、ここは私が」

サッと腕をまくり、ルーチェは一歩前へと歩み出る。何をどうするのか、とセラフィーナが見守る中、彼女はアルヴェルトの両足をぐいっと持ち上げて、自身が股の間に挟まる形になる。それから、腋でガシッと脚を挟むと、ゆっくりと自分の足を上に持ってきた。

「∑(゚д゚;)」

「……ふんっ!!!!」

ゴッキーーーーン!!!

「……〇×△□~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


言葉にならない悲鳴と共に、アルヴェルトはぴょーんとギャグ漫画のごとく飛び上がる。それを見たセラフィーナもキュッと何かが縮こまるような気がして、顔を真っ青にして股を抑えて震えていた。やがて落下してきたアルヴェルトは、地面にぶっ倒れて、死にそうな顔で必死に股間を押さえていた。

「ぁ…ご…が…な…な……なんてことするんじゃこの野郎~~!!!」

「こんな所で倒れられては困るから起こしたのですよ、ねえセラフィーナさん?」

「ア、ハ、ハイソウデスネ」

「…どうしたんです?」

「あ、いえちょっと股間が…じゃなくてアルヴェルトさんが気の毒で……」

あんなんやられたら、起きるどころかもう一度失神する自信がある。セラフィーナは彼女の前では絶対に寝坊しないと固く誓うのであった。

「(男ってのは大変なのね……)…さてアルヴェルトさん。わざわざ来て頂いたという事は、約束通り専属騎士になりに来たという事ですね?」

「うご…ぁ…ああ。約束通り、専属騎士になりに来た!俺を雇ってくれ!」

と、地面に蹲って股間を抑えながら頼み込む王国最強の騎士。嗚呼、なんと情けない。セラフィーナじゃなかったら問答無用でお払い箱である。それはそれとして、彼は約束通り来た。ならば、こちらも誠意を見せる必要があるだろう。

「はい。その代わり、私達の方で決めた試験を受けていただきます。そうですね、ルーチェさん?」

「ええ。その試験に受からなければ、もちろん雇用は無しです。文句はありませんね?」

「……ああ。どんな訓練でも受ける。その為に俺はここに来たんだ」

さっきまでの激痛モードから一転、なんとかシリアスモードを取り戻し、アルヴェルトは立ち上がる。これに合格しなければ死。絶体絶命の崖に立ち、彼は今試験へと突入していく。
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