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29話 聖女の実力
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それから、僕はほんの少しだけ強くなった。いじめっ子のテラーリと、ボコボコに殴りあった覚えもある。何度も何度も戦って、何回か勝ったこともある。それからいじめは止んで、自分に自信が持てるようにもなった。
「セラフィーナさん。そろそろ時間ですよ」
「…あ、は、はいっ!」
だから僕は、感謝の気持ちを見せないといけない。彼女がいなかったら、僕は強くなれなかった。彼女がいなかったら、今みたいに女装する勇気も持てなかったと思う。強くなった僕を見せて、特訓の成果を彼女に見せる。それが感謝の印だと思う。
「準備は良いですね?セラフィーナさん」
「…始めましょう」
まあでも、やっぱり特訓は嫌である。既に足はガチガチだし、緊張でどうにかなってしまいそうだ。庭には二人、周りには誰もいない。僕は久々に、師匠であるルーチェの前へと立つ。聖女になっても、やることは基本的に変わらない。戦い、技術を磨き、己を鍛え上げる。そうして人は強くなるのだ。
「では、軽く魔術の腕を見ます。お構えください」
「はい…!」
彼女の腕に宿ったのは、炎の魔力。蒼色に燃え盛るその炎は、直撃すれば一溜りもない代物だろう。対して、僕が宿すのは聖属性の魔力。淡い光を放つそれを、両手に添えて彼女を見据える。
「「勝負…!」」
カッ!と、眩しい光が辺りを包み込む。勝負は一瞬だった。叩きつけられた魔力の強さに、メイドの燃えるような炎の瞳が震えている。弾け飛び、周囲の若草を延焼させる炎。その焔が消え去る頃には、もう決着がついていた。
「驚いた……」
「……」
「……アンタ、そんなに弱かったのね」
「……はい、弱いです…」
ぷすぷすと煙を上げて、まっ黒焦げになって横たわるセラフィーナ。そんな彼女に、ルーチェが馬乗りになっている。ちょっとは強くなっただろうと期待を込めて本気で行ったせいで、セラフィーナはろくな反撃機会も無いままに抑え込まれてしまったのである。
「…まあ、そんなもんよね。私の知ってるアナタで安心したわ」
「あはは…ルーチェも相変わらず容赦なくて安心したよ」
「…変わらないわね。お互い」
「…うん。でも、もう僕は逃げないよ。とことん付き合って貰うからね」
「……良いわ。時間までめいっぱい、特訓しましょう」
強くなったわね、とルーチェは心の中で嬉しそうに呟いた。それから、セラフィーナの聖属性の魔力を鍛える為に、彼女を何度も何度も叩きのめした。そんな滅茶苦茶な特訓も甲斐あってか、セラフィーナは何となく自分の魔力が強くなったのを感じ取ってきていた。
「はぁ…はぁ……ちょっとは強くなれたかな?」
「ええ。最初に比べたら断然。けどまだまだ、一般の魔法使いにすら遠く及ばない。これからも暇を見つけて鍛えて行くわよ」
「…はい!」
良かった…と夕焼け空を見上げて、セラフィーナは安心する。けれど、そんな美しい夕焼けにひょこっとルーチェの顔が写りこんできた。
「……ルーチェ?」
「それはそれとして、まだ約束が残っていますよね?セラフィーナさん?」
「約束……?」
なんだっけ?と首を傾げて、即座にポンと合点がいったように手を叩いた。自分はまだ、ルーチェに治療魔法を教える約束を果たしていなかった。これをしないと、男だとバラされるかもしれないのだ。
「あ…あの、ルーチェさん、疲れたのでまた後で……」
「ダメです、等価交換の条件なのですから、して頂かないと」
「そうは言っても身体が動か」
「して頂けますよね?」
ゴン!と自分の顔の横の土が弾け飛ぶ音が聞こえる。多分、殴ったんだろう。そうして彼女はニッコリと笑って、手を差し伸べてくる。これを取らなければ拒否したと受け取られてしまうだろう。となると、僕は嫌々でもその手を取るしかないのである。
「は、はい、教えます……」
この恐ろしい笑顔には、多分これからも逆らえないと思う…
「セラフィーナさん。そろそろ時間ですよ」
「…あ、は、はいっ!」
だから僕は、感謝の気持ちを見せないといけない。彼女がいなかったら、僕は強くなれなかった。彼女がいなかったら、今みたいに女装する勇気も持てなかったと思う。強くなった僕を見せて、特訓の成果を彼女に見せる。それが感謝の印だと思う。
「準備は良いですね?セラフィーナさん」
「…始めましょう」
まあでも、やっぱり特訓は嫌である。既に足はガチガチだし、緊張でどうにかなってしまいそうだ。庭には二人、周りには誰もいない。僕は久々に、師匠であるルーチェの前へと立つ。聖女になっても、やることは基本的に変わらない。戦い、技術を磨き、己を鍛え上げる。そうして人は強くなるのだ。
「では、軽く魔術の腕を見ます。お構えください」
「はい…!」
彼女の腕に宿ったのは、炎の魔力。蒼色に燃え盛るその炎は、直撃すれば一溜りもない代物だろう。対して、僕が宿すのは聖属性の魔力。淡い光を放つそれを、両手に添えて彼女を見据える。
「「勝負…!」」
カッ!と、眩しい光が辺りを包み込む。勝負は一瞬だった。叩きつけられた魔力の強さに、メイドの燃えるような炎の瞳が震えている。弾け飛び、周囲の若草を延焼させる炎。その焔が消え去る頃には、もう決着がついていた。
「驚いた……」
「……」
「……アンタ、そんなに弱かったのね」
「……はい、弱いです…」
ぷすぷすと煙を上げて、まっ黒焦げになって横たわるセラフィーナ。そんな彼女に、ルーチェが馬乗りになっている。ちょっとは強くなっただろうと期待を込めて本気で行ったせいで、セラフィーナはろくな反撃機会も無いままに抑え込まれてしまったのである。
「…まあ、そんなもんよね。私の知ってるアナタで安心したわ」
「あはは…ルーチェも相変わらず容赦なくて安心したよ」
「…変わらないわね。お互い」
「…うん。でも、もう僕は逃げないよ。とことん付き合って貰うからね」
「……良いわ。時間までめいっぱい、特訓しましょう」
強くなったわね、とルーチェは心の中で嬉しそうに呟いた。それから、セラフィーナの聖属性の魔力を鍛える為に、彼女を何度も何度も叩きのめした。そんな滅茶苦茶な特訓も甲斐あってか、セラフィーナは何となく自分の魔力が強くなったのを感じ取ってきていた。
「はぁ…はぁ……ちょっとは強くなれたかな?」
「ええ。最初に比べたら断然。けどまだまだ、一般の魔法使いにすら遠く及ばない。これからも暇を見つけて鍛えて行くわよ」
「…はい!」
良かった…と夕焼け空を見上げて、セラフィーナは安心する。けれど、そんな美しい夕焼けにひょこっとルーチェの顔が写りこんできた。
「……ルーチェ?」
「それはそれとして、まだ約束が残っていますよね?セラフィーナさん?」
「約束……?」
なんだっけ?と首を傾げて、即座にポンと合点がいったように手を叩いた。自分はまだ、ルーチェに治療魔法を教える約束を果たしていなかった。これをしないと、男だとバラされるかもしれないのだ。
「あ…あの、ルーチェさん、疲れたのでまた後で……」
「ダメです、等価交換の条件なのですから、して頂かないと」
「そうは言っても身体が動か」
「して頂けますよね?」
ゴン!と自分の顔の横の土が弾け飛ぶ音が聞こえる。多分、殴ったんだろう。そうして彼女はニッコリと笑って、手を差し伸べてくる。これを取らなければ拒否したと受け取られてしまうだろう。となると、僕は嫌々でもその手を取るしかないのである。
「は、はい、教えます……」
この恐ろしい笑顔には、多分これからも逆らえないと思う…
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