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28話 ルーチェの特訓
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帰宅し、昼食を済ませた二人は再び屋敷内の図書館へと足を運んでいた。聖女としての力を鍛えるべく、魔術に関連した本をいくつか選んでいたのだ。
「ルーチェさん、特訓とは言いましたけど…具体的には何をなさるんですか?」
「本当は文献をじっくり調べて、一つ一つ覚えていくのが良いらしいですが、一週間しか期限はありませんからね。手っ取り早く実戦で覚えていきましょう」
「実戦…って事は、魔物と戦うんですか!?」
「まさか。そんなことしたら、私即日にクビですよ。私と戦ってもらいます」
ごくりと、セラフィーナは喉を鳴らした。彼女と戦う。あくまでも模擬戦みたいなものだろうが、そのフレーズにはやはり彼女は抵抗感がある。
「その本から、戦闘に使えそうな聖属性魔法を覚えておいて下さい。そうして、一時間後に外のお庭に行きましょう。どうぞしっかりご準備を。手は抜きませんので」
「は、はい……!」
こういう時のルーチェは、なんとなく怖い。彼女の生物的な本能というか、闘争心というか、そんな彼女の「本性」のようなものが透けて見える。彼女は強いんだ。人としても、生物としても。すると不思議と、僕の脳裏にはあの頃の記憶が蘇ってくる。
『ルーチェ、もう無理だよ…僕はやっぱり強くなれないよ。女の子みたいだもん…』
『弱音を吐かないの!アンタ男の子でしょ!それとも、またいじめられたいの!?』
『それは嫌だけど…だけどぉ…』
ジョット・バルハート12歳。当時、彼はまだ普通の男の子だった。しかし、女の子のような立ち振る舞いに、なよなよした気の弱さから、同じ歳の男子達にオトコオンナと蔑まれ、いじめられていたのだ。
『嫌なら立ち上がりなさいよ!特訓してあいつらを見返すのよ!ほら!』
『うわぁっ!も、もう嫌だよー!』
それを見兼ねたルーチェは彼に特訓をしようと思ったのだが、逃げられてばっかりでどうにも上手くいかない。そんな日々が何日も続いた。そんなある日の事だった。
『ジョット!どこ行ったのよ早く出てきなさーい!』
『(も、もう嫌だ……特訓なんて…)』
ハァハァと、息を潜めて路地裏に隠れる。とにかく今は、ルーチェから隠れる。それだけを考えて、必死に隠れていた。…しかし、それがいけなかった。
『よぉ、ジョットちゃん。どうした?今日はガールフレンドと一緒じゃねえのか?』
『ひ…!』
不幸なことに、たまたまその道を通っていた、いじめっ子のテラーリに捕まれてしまう。ろくに鍛えていない、それも細身のジョットは、それを振りほどく事すら出来なかった。
『ちょっと今むしゃくしゃしてんだよなー。お前、サンドバックになれよ』
『ひぃ…い…!』
パキパキと拳を鳴らし、グーパンの構えをとる。ジョットはもう逃げられない。抵抗したって無駄なのはわかっている。だから抵抗はしない。大人しくなったジョットを見て、テラーリは嬉嬉として拳を振り下ろす。
『や……だ……』
『オラァ!!』
ゴン!!硬い骨と骨とが、ぶつかるような衝撃音が響き渡る。凄まじい衝撃と激痛に、ジョットは泣きだしてしまいそうだった。何発も何発も身体に拳を叩き込まれ、血まみれになって床に捨てられてしまった。
『ふぅー…スッキリしたぜ。ジョットちゃん、今日もありがとよ』
『うぅ……ぐすっ…痛い…よぉ……』
『お前は痛くても俺は痛くねぇ。俺に言ってもなんにもならんぜ?そんじゃあなァ』
ヒラヒラと手を振って去っていくテラーリ。そんな彼は、数秒後に再び自分のいる路地裏の方へと戻ってきた。それも、凄まじい勢いで吹っ飛んできて。
『ごはぁ!?』
燃える炎のような瞳。美しい髪をたなびかせて、ゆっくりとその女はテラーリの目の前に立った。それから足を持ち上げ、容赦なくテラーリに蹴りを突き刺した。
『ごっ!?ふ…てめ…ぇ…げぼ!?』
『アンタさ…人の友達に何してくれてんの?』
『がはっ!やめろ!痛ぇ!痛ぇよォ!もうやめてくれ!』
テラーリを容赦なく足蹴にしている女が誰か、ジョットは知っている。ピタリと、一瞬蹴りを止めた彼女こそが、自分の幼馴染にして、人生で一番の親友。
『痛いだなんて…まあ可哀想。でも、アンタ言ったわよね?痛いなんて俺に言われても何にもならない。そうねぇ、その通りだわよねー?』
ドキリと、彼の顔が青くなっていく。そうして、彼女の言っている言葉の意味を理解した。それから、情け容赦なく、何度も何度も、彼が気絶するまで懐に蹴りが繰り出された。その強さと恐ろしさを、ジョットは感謝の瞳で見つめていた。やがて蹴りは止み、彼女は優しくジョットの介抱を行った。
『まったく。…大丈夫?』
『……うん……ありがとう…』
『良いのよ。ちょっと顔上げて』
『え……?』
言われるがまま、僕は顔を上げた。それから、バチン!と力強く頬に一発ビンタを入れられた。すごい痛かったけど、そんなに痛みを感じなかった。
『特訓で追い詰めたのは私のせい。ごめんなさい。謝るわ。けどね、私だっていつもアンタを守れるわけじゃないのよ。アンタに一人で問題を解決できるようになって欲しいから、こうしてるのよ』
『…ルーチェ…ごめん…僕…』
僕は勘違いをしていた。ルーチェは意地悪の一環で、特訓と称して僕をいじめているんだと思っていた。けど違った。僕を助けてくれていたんだ。そう思うと、涙が溢れて止まらなくなっていた。
『良いのよ。その代わり、これからはちゃんと特訓して強くなること。約束できる?』
『…うん…約束する…僕強くなるよ…負けないくらい強くなるよ……!』
泣きそうなのを必死に堪えながら、いや、我慢できてないけど。ポロポロ溢れる涙を頑張って抑えて、僕はルーチェに誓った。我ながら凄い情けなかったけど。何もかもから逃げてる頃よりずっと立派だったと思う。
「ルーチェさん、特訓とは言いましたけど…具体的には何をなさるんですか?」
「本当は文献をじっくり調べて、一つ一つ覚えていくのが良いらしいですが、一週間しか期限はありませんからね。手っ取り早く実戦で覚えていきましょう」
「実戦…って事は、魔物と戦うんですか!?」
「まさか。そんなことしたら、私即日にクビですよ。私と戦ってもらいます」
ごくりと、セラフィーナは喉を鳴らした。彼女と戦う。あくまでも模擬戦みたいなものだろうが、そのフレーズにはやはり彼女は抵抗感がある。
「その本から、戦闘に使えそうな聖属性魔法を覚えておいて下さい。そうして、一時間後に外のお庭に行きましょう。どうぞしっかりご準備を。手は抜きませんので」
「は、はい……!」
こういう時のルーチェは、なんとなく怖い。彼女の生物的な本能というか、闘争心というか、そんな彼女の「本性」のようなものが透けて見える。彼女は強いんだ。人としても、生物としても。すると不思議と、僕の脳裏にはあの頃の記憶が蘇ってくる。
『ルーチェ、もう無理だよ…僕はやっぱり強くなれないよ。女の子みたいだもん…』
『弱音を吐かないの!アンタ男の子でしょ!それとも、またいじめられたいの!?』
『それは嫌だけど…だけどぉ…』
ジョット・バルハート12歳。当時、彼はまだ普通の男の子だった。しかし、女の子のような立ち振る舞いに、なよなよした気の弱さから、同じ歳の男子達にオトコオンナと蔑まれ、いじめられていたのだ。
『嫌なら立ち上がりなさいよ!特訓してあいつらを見返すのよ!ほら!』
『うわぁっ!も、もう嫌だよー!』
それを見兼ねたルーチェは彼に特訓をしようと思ったのだが、逃げられてばっかりでどうにも上手くいかない。そんな日々が何日も続いた。そんなある日の事だった。
『ジョット!どこ行ったのよ早く出てきなさーい!』
『(も、もう嫌だ……特訓なんて…)』
ハァハァと、息を潜めて路地裏に隠れる。とにかく今は、ルーチェから隠れる。それだけを考えて、必死に隠れていた。…しかし、それがいけなかった。
『よぉ、ジョットちゃん。どうした?今日はガールフレンドと一緒じゃねえのか?』
『ひ…!』
不幸なことに、たまたまその道を通っていた、いじめっ子のテラーリに捕まれてしまう。ろくに鍛えていない、それも細身のジョットは、それを振りほどく事すら出来なかった。
『ちょっと今むしゃくしゃしてんだよなー。お前、サンドバックになれよ』
『ひぃ…い…!』
パキパキと拳を鳴らし、グーパンの構えをとる。ジョットはもう逃げられない。抵抗したって無駄なのはわかっている。だから抵抗はしない。大人しくなったジョットを見て、テラーリは嬉嬉として拳を振り下ろす。
『や……だ……』
『オラァ!!』
ゴン!!硬い骨と骨とが、ぶつかるような衝撃音が響き渡る。凄まじい衝撃と激痛に、ジョットは泣きだしてしまいそうだった。何発も何発も身体に拳を叩き込まれ、血まみれになって床に捨てられてしまった。
『ふぅー…スッキリしたぜ。ジョットちゃん、今日もありがとよ』
『うぅ……ぐすっ…痛い…よぉ……』
『お前は痛くても俺は痛くねぇ。俺に言ってもなんにもならんぜ?そんじゃあなァ』
ヒラヒラと手を振って去っていくテラーリ。そんな彼は、数秒後に再び自分のいる路地裏の方へと戻ってきた。それも、凄まじい勢いで吹っ飛んできて。
『ごはぁ!?』
燃える炎のような瞳。美しい髪をたなびかせて、ゆっくりとその女はテラーリの目の前に立った。それから足を持ち上げ、容赦なくテラーリに蹴りを突き刺した。
『ごっ!?ふ…てめ…ぇ…げぼ!?』
『アンタさ…人の友達に何してくれてんの?』
『がはっ!やめろ!痛ぇ!痛ぇよォ!もうやめてくれ!』
テラーリを容赦なく足蹴にしている女が誰か、ジョットは知っている。ピタリと、一瞬蹴りを止めた彼女こそが、自分の幼馴染にして、人生で一番の親友。
『痛いだなんて…まあ可哀想。でも、アンタ言ったわよね?痛いなんて俺に言われても何にもならない。そうねぇ、その通りだわよねー?』
ドキリと、彼の顔が青くなっていく。そうして、彼女の言っている言葉の意味を理解した。それから、情け容赦なく、何度も何度も、彼が気絶するまで懐に蹴りが繰り出された。その強さと恐ろしさを、ジョットは感謝の瞳で見つめていた。やがて蹴りは止み、彼女は優しくジョットの介抱を行った。
『まったく。…大丈夫?』
『……うん……ありがとう…』
『良いのよ。ちょっと顔上げて』
『え……?』
言われるがまま、僕は顔を上げた。それから、バチン!と力強く頬に一発ビンタを入れられた。すごい痛かったけど、そんなに痛みを感じなかった。
『特訓で追い詰めたのは私のせい。ごめんなさい。謝るわ。けどね、私だっていつもアンタを守れるわけじゃないのよ。アンタに一人で問題を解決できるようになって欲しいから、こうしてるのよ』
『…ルーチェ…ごめん…僕…』
僕は勘違いをしていた。ルーチェは意地悪の一環で、特訓と称して僕をいじめているんだと思っていた。けど違った。僕を助けてくれていたんだ。そう思うと、涙が溢れて止まらなくなっていた。
『良いのよ。その代わり、これからはちゃんと特訓して強くなること。約束できる?』
『…うん…約束する…僕強くなるよ…負けないくらい強くなるよ……!』
泣きそうなのを必死に堪えながら、いや、我慢できてないけど。ポロポロ溢れる涙を頑張って抑えて、僕はルーチェに誓った。我ながら凄い情けなかったけど。何もかもから逃げてる頃よりずっと立派だったと思う。
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