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8話 聖女の妄想癖

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そこまで言ったところで、セラフィーナはちょっと顔を青くした。仮初とはいえ、婚約者は婚約者。下手したら王子に男だとバレるかもしれない。そんな選択を彼女はしてしまったのだ。パトリツィオはガバッと顔を上げ、嬉しそうに声を上げた。

「なってくれるか!感謝する!」

「は、はいっ!その女性が諦めて下さるまで…で良いですよね?」

「そうだな。彼女が諦めてくれたら、婚約者のフリもそこで終了だ。しかし本当に助かった…ありがとう、セラフィーナ」

「い、いえ、お気になさらないで下さい。私が役立てるなら何よりです…!」

婚約者になったからだろうか、すっかり名前呼びにされてしまっているセラフィーナ。名前で呼ばれるのはなんだか気恥しいが、婚約者のつもりなのだから仕方の無い事だろう。

「ええと…陛下。それで、婚約者は具体的に何をどうすれば良いのですか?」

「簡単な話だ。俺が週に何度か、フランカが城に来るタイミングで君を城に招く。彼女の前で、俺と仲が良い雰囲気を醸し出して彼女に見せつけてやってくれ」

「承知致しました。陛下と仲良くですか…」

セラフィーナはもんもんと、王子様と自分とがどんな風に仲良くするのか、頭の中で妄想が開始される。この妄想癖は昔からの癖と言うべきか、とかく彼女は夢見がちな少女脳なのである。

そのため、日頃から妙な妄想を重ね、脳内はバリバリ少女漫画的な思考回路になっている。そんな訳で、ドリームワールド全開の彼女の妄想は、イケメン王子様に絶えず接近されるオンナノコみたいな展開でスタートしていた。

『セラフィーナ…今日も素敵だ』

『きゃっ…陛下…』

ぎゅっと、力強い腕にセラフィーナの華奢な身体が包み込まれる。その逞しい腕と、背中に伝わる温かな熱に、セラフィーナの鼓動も思わず早くなってしまう。

『だ、ダメです…私は…』

『良いではないか。仮初とはいえ…俺達は婚約者なのだから』

そう言って、パトリツィオは力強くセラフィーナの身体を抱き寄せる。凛々しい王子の顔が自身の顔の真横に寄せられて、セラフィーナは顔を真っ赤にしてしまう。ふわりと香る甘い香りに、パトリツィオはドキリと胸を高鳴らせる。

『こんな匂いで俺を誘惑するなんて…セラフィーナは悪い子だな』

『私、そんなつもりじゃ…あっ…!』

するすると、衣類の中にその白い手が滑り込んでくる。婚約者として、王子に求められている。しかし、これ以上求められては男だとバレてしまう。そんな葛藤と興奮に苛まれている所に、再び王子の声が甘く囁いている。

「……セラフィーナ?大丈夫か?」

「ふぁっ!?あ、は、はい!大丈夫れす!」

ようやっと、妄想から現実の世界へと戻って来れた。なんちゅーこと妄想しとんじゃ己は、とぶんぶん頭を振るい、再びの方を見つめ直して真剣に受け答えする事に。

「良かった。セラフィーナ、俺の事は陛下ではなくパトリツィオと呼んでくれ」

「えっ!?そ、それは失礼にあたるのでは…」

「良いのだ、婚約者同士なのだから。婚約者なのに陛下というのも不自然だろう?」

「そうですね…では、パトリツィオ…様…」

とはいえ、陛下を呼び捨てにするなんてセラフィーナには無理な話である。やっぱり様付けになってしまうが、名前で呼ばれたパトリツィオは嬉しそうに微笑むのだった。

「ありがとうセラフィーナ。これからも宜しく頼む」

「…はいっ、よろしくお願いします!」
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