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1話 聖女着任の日

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「目を開けよ、セラフィーナ・ラガザハート」

「う?…は、はい……?」

目を薄らと開ける。ここはもしかして、死んだらやって来れるという天国だろうか。しかし、ぼんやりと視界に映っているのは、どちらかと言うと見知った光景だ。そして、見覚えのある顔が僕を見下ろしていた。

「し、司祭様……?」

「何を言っているのだ、セラフィーナ・ラガザハート。私が司祭なのは汝も熟知している事だろう?」

「はい……それはそうですが……」

司祭様。王国の教会に属していて、僕を聖女に任命してくれた御方だ。けれど何故、司祭様がここに?ここは死後の世界のはず。司祭様はまだまだ元気にしていたし、こんな所にいるはずは無いのだが…

「まだ聖女になった実感が湧かずに混乱しているようだな。そこの水場で顔を洗い、気分をスッキリさせてきなさい。この後、街の皆への凱旋を行うのだからな」

「え?…は、はい……?」

司祭様に言われるまま、教会の水場へと覚束無い足でふらふらと向かう。やはりここは、自分のよく知っている教会だ。ガラス張りの天井も、石造りの壁にも、全て見覚えがある。

そして、このシチュエーションにも覚えがある。これは間違いなく、僕が聖女に着任したあの日だ。僕は緊張のあまり、気を引き締める為に、一度教会の水場で顔を洗ったはずだ。

「じゃあここは…過去の世界……?」

顔を洗い、タオルで水気を拭き取る。今の自分の姿を鏡で確認する。子供の頃から伸ばしていた、金色の髪。生まれついて持った、蒼色の瞳。何も変わらないいつもの自分。そして、聖女の純真な心を示す純白のワンピース。これも、聖女に着任した日と全く同じだ。生きている事を確かめる為に心臓に手を当てると、あたたかい鼓動がうち鳴らされていた。

「…僕…生きてるんだ……」

そう思うと、途端に嬉し涙がぽたぽたと溢れてきた。死ななくて良かった。生きていて良かった。きっと神様が僕に、もう一度だけ生きるチャンスをくれたんだ。だったら僕は生きなくちゃいけない。よし、早速聖女を辞退して……

「……ん?」

聖女を辞退して……辞退……?ちょっと待って?この純白の服は、聖女になってから初めて身をつけたはず。…だとしたら、今の状況は間違いなく聖女になった直後の、凱旋の時になる。僕は既に聖女になってしまっているはずだ。…だとしたら……

ちらりと、教会の石造りの壁の隙間から外の様子を確認する。そこには既に、聖女となった僕を一目見るために集まってきた人達でいっぱいいっぱいであった。


「……あああああああああああっ!!」


そこまで理解した所で、理解したくないものまで理解してしまった。そうだった、この日の時点で、もう僕は聖女になることを承諾してしまったんだった。仮に今から辞退して逃げ出そうとした所で、街の人々の目に触れるのは確実。下手したら聖女を辞退したせいで死刑になってしまうかもしれない。どう足掻いても、僕は聖女になるしか道が無いのである。
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