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31話「加護」

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────ザッ…

双方、剣をその手に構える。一方はレイピア。細く伸びた刀身は煌びやかに光を反射し、一筋の光となって真っ直ぐに相手の姿を捉える。

「さぁて。軽く肩慣らしだ。」

────ジャキン…

ヤマトの背中から黒い刀身の大剣が抜かれる。刀身に黒いオーラが漂い、ゆらゆらと煙のように流れている。

「ディアナの加護…!」

と、カツァルは呟く。それを聞いたスフレは不思議そうに訊ねる。

「ディアナの加護ってなんですか…?」

「あら、博識なスフレちゃんでも知らないのね。加護って言うのは、その人本人や、武器に宿る神の力の事よ。トモヤの盾も、創造の女神テューリエの加護が宿っているのよ。」

「なるほどです!…という事は、あの剣には破壊の女神ディアナの加護が宿っているって事ですか?」

「その通りよ。…でもそうなれば…相当手強い相手でしょうね。加護なんてそうそう得られるものでは無いわよ…」

「そんな…!カツァルさん…!」

ヤマトは大剣を構えると、ギロリと相手を睨み付ける。そこには、先程までは無かった禍々しいオーラが放たれ始めていた。それは、今まで何千何万と魔物を殺してきた、実力者である事を物語っていた。

「行くぞッ!」

「来い。」

────キンキンキンキンキン!

「ほう、やるじゃないか。」

「くッ…!」

レイピアによる瞬速の斬撃。しかし、ヤマトはそれを器用に大剣で受け流している。カツァルはそれでも臆さずに果敢に攻め込む。

「惜しいな。凄く惜しい。」

「舐めるな!」

────ビュッ!

狙い済ました胸部への突き。しかしそれはヤマトの脇腹をすり抜け、奥の方へと突き進んでいく。突きの腕が伸び切ったところで、ヤマトは相手の腹へと蹴りを叩き込む。

────ドガッ!

「がはっ…!?」

衝撃と共に身体が宙を舞い、カツァルは地面に叩き付けられる。冒険者達から不安の声が上がる。カツァルはレイピアを杖に、再び立ち上がる。

「はぁ…はぁ…」

「まだたった一撃だと言うのに…笑えるな。Aランク冒険者の名が聞いて廃れるぞ。」

「貴…様…」

カツァルの職業は魔法戦士。魔法と剣術を同時に操れるのが利点だが、防御面は非常に脆くなる。対して、ヤマトの職業はアークファイター。一撃で相手を仕留めるのが得意な職業だ。一撃でも食らえば、カツァルが不利になるのは明白だった。

「まあいい。お前など始めから相手にはしていない。…消えろ。」

────ゴウウゥゥゥッ…! 

重い音と共に、ヤマトの剣から黒いオーラが大量に吹き出し始める。それは見せしめとも言わんばかりに膨れ上がり、巨大な黒い龍となって、ヤマトの剣に宿る。

「なんだ…あの龍は…!」

「立ち向かってきた勇気だけは認めてやる。サービスだ。…ディアナドラゴン、奴を食い尽くせ!」

『邪龍爆炎斬』

────ゴオオオオオオオオオオオッ!!!

黒い炎の斬撃。炎の龍は地を這いずり回り、街路を焼き焦がしながらカツァルを飲み込んで奥へ奥へと進んでいく!炎は留まることを知らず、やがて町の果てである外壁に衝突して爆発した。

「…さて、様子を見に行くか。」

「カツァルさん!」

冒険者達は急いでカツァルの安否を確認しに向かう。ヤマトは大剣をしまうと、ゆっくり歩いてカツァルの元へと向かう。

────

「ぐっ…ぐ…ぁ…!」

黒い炎が体を焼き、凄まじいダメージを受けるカツァル。しかし、まだ負けるわけにはいかないと、その身体を奮い立たせる。まだ体力は残っている。…トモヤに、繋げなくてはいけない。

「…ほう?まだ生きていたとはな。」

「ふ…こんな弱々しい技で、トモヤは倒せぬぞ?」

既に朦朧とする意識の中、カツァルは相手を見据える。漆黒の大剣。恐ろしい力だが、自分も倒せないようなら安心だと。カツァルは小さく笑う。

「抑えてやったというのに。…今度こそ消えてもらうか。雑魚。」

「やって見せろ。」

ボロボロの体を気にせず、相手を挑発するカツァル。それを聞いて、スフレは急いで割って入る。

「だ、ダメですカツァルさん!もう、限界のはずです!」

「…スフレ…大丈夫だ。お前達は下がっていろ。」

「そ、そんな…!」

スフレの静止を振り払って、前へ進むカツァル。ヤマトもそれを見て不敵に笑うと、大剣を構え直す。

「我が剣で…貴様を討つ。」

「寿命が伸びた位で調子づくなよ?下等な現地人が。」

「ふん。貴様こそ、女神の贈り物に頼るだけの下郎ではないか。」

「なに?…これに頼るだけだと?」

ヤマトは自分の剣を見つめる。確かにこれは、自分が転生する際に女神ディアナから受け取ったものだ。自分の剣技スキルも、圧倒的なステータスも、全てあの女神から受け取ったものだ。

「そうとも。お前の剣技は確かなものだが…それはお前の力と釣り合っていない。…今からそれを、私が証明してやろう。」

ヤマトは驚いていた。目の前の、自分を祭り上げるだけの存在である「現地人」が、女神から力を得ていた事を見抜いた事に、感心していた。そして、その侮辱がとても不快だった。

「…笑わせる。…俺はそんな…力も無いくせに調子に乗るやつが大っ嫌いなんだよッ!!」

────ザンッ!

怒りに任せ、大剣を振るうヤマト。その剣技は確かに、一流の太刀筋だ。無駄がないように見える。だが、根本的に、何かが欠けているのだ。

───ガィィィィィン!!

「なっ…!?」

レイピアがそれを受け止め、ギリギリと鍔迫り合いの状態になる。カツァルは、その欠けている部分を見つけた。だから、受け止められたのだ。

「お前の剣に足りないもの…それは…!」

────スパッ!

「っ…!」

肩を斬撃が掠める。放ったのは、カツァルだ。ヤマトは怒りに震え、更に力を強めていく。…だが。

────ブォン!

「それは…基礎的な鍛錬だ。」

「嘘だ…!何故躱せる…!?お前と俺では…レベルに圧倒的な差があるはず…ッ!」

例えばそう。木の根っこだ。後からどんなに立派な接木をしても、根っこが小さければ木はバランスを取れずに倒れる。それと同じ様に、ヤマトには歪な隙があるのだ。カツァルはそこを突いていた。

「ステータスと力量差でしか相手を見れず…己の力に甘んずる者が!常に上を目指す私に…我々に勝てる訳が無いだろう!」

────ザンッ!

さらに一撃。ヤマトは右の肩を切り裂かれ、出血を促す。訳の分からない状況に、ヤマトは混乱する。自分は今まで、無傷で勝ち上がってきた。

「何故…!お前のような雑魚に…!」

だのに。どうした事か。何故、格下であるAランク冒険者如きに苦戦する。自分は無敵なはずだ。何故、何故…!

「覚えておけ。…我々は…お前の思っている様な、単調なゲームでは無い。」

「黙れェェェェッ!!!!」

『邪龍爆炎斬』

────ゴオオッ!

気迫でカツァルを吹き飛ばし、再び剣に黒い炎を宿らせるヤマト。カツァルは既に体力の限界を迎えている。避ける事も、受け切ることも不可能だ。だとすれば、待っているのは確実な死のみ。

「…あの世で詫びろ。侮辱してすみません、ヤマト様…とな!」

「……」

「消えろッ!!!!」

────ゴオオオオオオオオオオオッ!!!

黒い炎が燃え盛る。冒険者達は急いでそれを止めようとしたが、もう手遅れだった。炎の龍は地を這い、一気にカツァルへとその牙を向ける!

「はっはっは!下等な現地人にしてはよくやったぞ!だが、俺の方が強い!」

「…誰が、下等だって?」

「なっ…!?」

────キィィィィン!!

跳ね返される炎。邪龍は暴れ狂い、そのまま自らを解き放った主へとその牙を向ける。ヤマトは急いでその龍を切り裂くと、それを跳ね返した張本人を睨み付けた。

「お前は…そうか。ついにお出ましか!」

爆煙を振り払い、姿を見せたのは、最強の守護者。そして、我らのギルド軍師。

「ったく…こうなんなら、最初から俺が片付けときゃ良かったな。」

「トモヤさん!」「トモヤ!」

一挙に歓喜の声が上がる。トモヤは皆に軽く一瞥すると、カツァルに手を差し伸べた。

「悪かったな。立てるか?」

「…ふ。遅いぞトモヤ。」

カツァルはそう言うと、トモヤの手を掴んで立ち上がる。

「ホントすまない。こんなクソ野郎なら問答無用でぶっ潰しとけば良かったな。」

「ふっ。…後は任せる。」

「ああ。任された。…スフレ、カツァルを頼むぞ!」

「は、はい!」

バトンタッチ。トモヤは盾を構え、相手を睨み付ける。両者のレベルはほぼ同じ。相手は恐らく、自分と同格の男だ。

「また会ったな。トモヤ。」

「ああそうだな。…お前の目的は知らないが…仲間をいたぶってくれてお礼、タップリさせて貰うぞ。覚悟しやがれ。」

「はっはっは!面白い。やって見せろ!お前を殺して、俺はこの世界一の冒険者となる!」

テューリエの盾。そして、ディアナの剣。最強の女神の神器を持つ者達の、至高の対決が今ここに幕を開ける。
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