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0話「無敵の盾」

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───ブシュッ!

鮮血が飛び散る。鋼の刃が空洞みたいな俺の身体を突き抜けて、刃先が不釣り合いなアクセサリの様に胸から飛び出す。刀身には赤い血がベッタリついており、内蔵も抉られたのか、黒く変色している部分もある。最初は頭がそれを否定していたが、すぐに身体が現実に追い付いて、激痛が身体を走る。貫かれたのは、胸。詳しく言うと、心臓。

「ぁ…ぁ…」

全身から力が抜けて、ドサッとその場に倒れ込む。どくんどくんと、血が流れて床に染みていく。微かに耳に聞こえる悲鳴。そして、乱暴な音。俺を刺した犯人が、暴れているのだろう。

「なっ…さけ…ねぇ…」

出血量から見て、死ぬ事は確かだ。情けないのは、命を捨てても、あの犯人を止められ無かった事。もう視界は真っ暗だが、その向こうで犯人は人を殺め続けている事だろう。その事が、本当に悔しい。

「……あ…だめだ…しぬ…」

そうこう考えているうちに、死ぬ瞬間が訪れる。血濡れた身体は冷たくなり、俺を動かしていた心臓も、やがて静かにその使命を終えた。その最期に、自分は真の意味での「悔しさ」を身にかみ締めた。



────


「ぅ…ぁ…?」

智也が目を覚ましたのは、真っ暗な空間。右を見ても、左を見ても、上を見ても下を見ても、何処までも果てしない闇の世界。

「もしかしてここが…死の世界…?」

意識はあるのに、身体は動かない。まるで、固められたフィギュアの様である。

「そうか、これが死か…」

智也は既に、自分の死を受け入れていた。ここで未来永劫、来世を待ち続けるのか。或いは、もう二度と光を見ること無く、ここで無限の時を過ごすのか。それくらいの事は彼はとっくに覚悟していた。

『お、キタキター!君が転生者だねー!』

「ん、んえ?なんの声だ?」

と思ったら。随分とフランクな口調と共に、天から一筋の光が差し込んでくる。智也が空を見上げると、白翼を背中に貯えた、素敵な美貌の女性が後光と共に降りてくる。

『ようこそ!河部智也君だね!?』

「え、あ、はい、そうですが…貴女は?」

『私は女神!慈愛の女神テューリエ様よ!』

「慈愛の…女神?(なんかこの人やばそう…)」

唖然としている智也を見て、女神はそっと微笑む。最初は唖然としていたが、女性慣れしていない智也にとっては、顔が赤くなる位輝かしい笑顔だった。

『さてさてー!うぶな少年、君に伝えなくてはならない事がある!』

「は、はい。伝える事…?」

『なんと君は!異世界転生する事になったのだー!』

「…え?は!?おおぉ!異世界転生!?じゃあ、俺は別の世界に行けるのか!?」

『そうそう。君は筋が良いね。こちらとしては、人手不足だから君のような人物がいると本当に助かるんだー。』

人手不足、と聞いて少し智也は頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

「人手不足?異世界転生者って少ないんですか?」

『うん。異世界転生出来る人物は条件が決まってるんだ。色々細かい指定はあるんだけど…本質は一つ。「正しい心を持っているかどうか」なんだ。』

「正しい…心?」

『そう。異世界転生って言うのは、強大な力でその世界を救う…天使のような役割の事。私利私欲の為に力を使ったり、世界を破壊する様な危険思想の人物には力を預けられない。だから、必然的に人数は少なくなっちゃうんだ。』

「なるほど…でも、俺なんて大した事はしてませんよ?善い行いをした訳でも無いし…」

『君はしたんだよ。君の最期を思い返してごらん?』

女神に言われて、智也は自分の人生の最期を思い出す。男に突き殺されて、床に倒れて死んだはずだ。

「…でも…俺はただの無駄死にで…」

『んーん。そんな事は無いよ。君のお陰で、本来死ぬべき命が幾つも救われたんだ。あの後、警察が来てね。男を取り押さえてくれたんだ。本来の運命では、何十人と死傷者が出てたんだよ。』

「えっ!じゃあ…誰も死ななかったのか!?俺が…皆を…守れたのか!?」

『そうそう。誰も死んでないよ。…正確には、君以外は誰も。…君の死は、無駄じゃなかったんだ。』

女神の言葉に、智也は感極まってプルプルと震える。歯をガタガタ震わせながら、必死に声を紡ぎ出す。

「よ…よ……良かったぁー!生きてて良かった…」

『あはは!嬉しそうで何よりだよ!…だからこそ、そんな不幸な、でも立派な死に方をした君を、異世界に招待しようと思うんだ。』

「だから、異世界に…でも俺がもう一度生きた所で、もう救われる命なんて無いんじゃ?」

『そんな事は無いよ。言ったでしょ、正しい心があるから、異世界に転生できるって。その正しい心がある限り、君はいくらでも命を救う事ができる。』

「……分かった。女神様、俺、異世界に行くよ。俺が頑張って救われる命があるなら、俺は行く。」

その顔を見て、女神は安心したように胸を撫で下ろす。こほんと一息咳払いすると、今度は何かのデータが記されたウィンドウを智也の前に見せる。

『これが君の異世界のステータス。RPGみたいな感じで見てくれると助かるわ!』

「わかりました。…どれどれ?」

職業ジョブ︰ガーディアン
Lvレベル︰1
#装備︰慈愛神王の巨盾
          ︰加護のローブ
スキル︰天衣無縫の心得+
           ︰跳躍力S

異世界転生によくある、スキルがズラーッと並んでいるのかと思ったら、思ったより簡易的で少し智也は不安になる。

『これだけじゃちょっと心配かな?でも大丈夫。君の持っている盾は万能なんだから!まずね…』

と説明を始めた女神を、智也が遮る。

「いや、その前に…あの、ガーディアンってなんすか…?それに盾って…?」
 
『ああ、ガーディアンってそんなに有名じゃ無いからね~。簡単に言うと、壁役だね!みんなの壁となって攻撃を受け止める係!』

「なっ、なんだってー!壁役ってそんな…!」
 
『ごめんねー。本当は剣とかでバンバン暴れたかったかな?私もそっちが希望ならそうしてあげたかったんだけど、君は適性がそれしか無かったんだー…大丈夫だよ、その盾でも充分戦えるから!』

「ぅ…まあ、転生できるならこの際それでもいいっす…それで、この盾ってどんな武器なんです?」

まだちょびっと不満そうだが、生き返れるだけマシだと我慢してこのジョブで挑む事を決意する。

『よくぞ聞いてくれましたー!なんとその盾は、敵の攻撃を完全に反射してくれます!つまり無敵!』

「な、なんだってー!じ、じゃあ、この盾を構えてれば相手の攻撃を全て跳ね返せるって事ですか!?」

『そういう事!更にその盾には記憶機能が載っていてね、相手の受け止めた攻撃を記憶して、攻撃にも使えるんだ!凄いでしょー!』

「えええええーっ!?そ、そんなチート武器を…!?も、貰っちゃっても良いんですか…!?」

『全然おっけー!ただし、攻撃を受けるまでは役に立たないから要注意ね。あくまでも守るための道具って事を忘れないように~。…他の防具とかは、使っている内に効果を実感出来ると思うから、後は実践で慣れて覚えてくれい!』

「わかりました女神様。…そう言えば、異世界ってどんな場所なんです?」

『今から説明するよー。基本的に、平和な世界だよ。ただ一つだけ問題があって、魔物の王、魔王と、人間が対立しているんだ。だから君はガーディアンとして仲間を守護しながら、魔王を倒してもらいたい。頼まれてくれるかな?』

「…勿論。引き受けます!」

『よしよし。いい子だね。では前座はおしまい!これから君に、輝ける未来が待っているよ!異世界での第二の人生セカンドライフ、楽しんでらっしゃーい!』

女神が軽く手を振ると、光が智也を包み、異世界へとその身体を飛ばしていく。これから始まる、ガーディアンとしての人生に向かって、智也は飛んでいく!
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