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腕いっぱいの花束に、胸いっぱいの恋歌を
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しおりを挟む三上さんと店を出た後、ぼくは唯輔のアパートへ足を向けた。飲み屋は大学のそばだったから、大学近くの唯輔のアパートには十分も歩けば着いた。
唯輔のアパートは狭い一般道に面している。その道を挟んだ斜め前の電柱のそばに立って、唯輔の部屋の窓を眺めた。
窓には宗太があつらえたベージュのカーテンが敷かれ、その中は暖色の照明で満たされていた。電気をつけているということは、唯輔はまだ寝ていないのだ。
宗太への電話は、できれば唯輔が眠ってからのほうがよかった。だから電気が消されるまで、ぼくは待った。
「佳樹か?」
通話ボタンを押すと間もなく、穏やかな声がぼくの名を呼んだ。大好きな声に鼓膜を覆われ、心臓が切なく震える。
「うん」
「夕食はとったのか。三上と約束していたんだろ?」
ぼくは教えていないから、三上さんから聞いていたのだろう。
ぼくの煮え切らない態度が三上さんにそうさせたのだ。この数日、宗太を無視し、避け続けていたから。それだけのことをされてもまったく責めだてる様子のない、懐の深い人。それが宗太だった。
何をどこから声にすればいいのか分からなくて黙っているぼくに、宗太が促す。
「大丈夫か? 元気でいるか?」
「大丈夫か」…。
その呼びかけに泣きそうになる。
この言葉に励まされていた過去を思い出さずにはいられない。あんたのこの言葉でぼくは救われ、支えられてここまで来れたんだよ。なのに、ごめん。ぼくはあんたと別れる。
「大丈夫。ぼく、元気だよ」
胸の奥が冷たくなってゆく。心が死にゆくのを感じた。
「そうか。良かった」
ほっとした声の響きだった。そのとき、ぼくの前を車が通った。
「外にいるのか?」
「うん」
「家にいるのかと思った。大学の近く?」
その質問にぼくは慌てた。唯輔の部屋の前にいると知ったら、きっと宗太は出てきてくれる。でも彼の顔を見てしまったら、ぼくはきっと彼への愛しさにおしつぶされて、話したい言葉が出てこなくなってしまうだろう。そう思ったぼくは嘘をついた。
「違うよ。家までの歩き」
「そんなときにかけてくれたのか。俺の姫の機嫌は、なおったのかな? 明日は昼メシは、一緒に食えそう?」
弾んだ響きにまる。こんなふうに甘やかな、せっかくの優しい言葉をぼくは今からふいにしようとしているのだ。
「ごめん、宗太」
ぼくの視界はもう滲みかけている。泣き虫の弱いぼくが表出し、これ以上、泣きださないようにぼくは必死に涙をこらえなければならなかった。
「ぼく、あんたと別れたい」
数秒間の、沈黙だった。
「え…」
初めて聞くような、頼りなげな、こどものようにかすれた声だった。
これで終わりだ。
これでぼくは、宗太との関係に終止符を打つ。
「他に好きな人ができたんだ。ごめん、宗太」
宗太はぼくのことが好きだから、今はつらいだろう。
けれど大丈夫だ。きっとすぐに唯輔の気持ちに気づき、二人は両想いになれる。そうすれば宗太は、中学生の頃の淡い初恋を成就させることができるのだ。つらいのは今だけで、二人とも幸せになれる。そう、ぼくは自分に言い聞かせた。
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