【短編】わたしを殺しに来たチョロかわいい死神ちゃんとなぜか同棲することになった話

misaka

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3日目 「さようなら、染井佳乃」

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 “人生最大のピンチ”って意外とよくある。多分、“一生のお願い”と同じくらいの頻度で登場するってわたしは思ってる。
 夜の公園で死神ちゃんことスカーレットちゃんと出会ってから、はや3日目。

「さて。これはどういうことか説明してもらおうかしら、染井そめい佳乃よしのさん。……いいえ、千本木せんぼんぎさくらさん?」
「あ、あはは……」

 わたしは、人生最大のピンチを迎えていた。



 さかのぼること、1日。わたしは、明らかに普通の子じゃないスカーレットちゃんを警察に突き出すべきか否か、割と真剣に考えていた。両親は居ないらしいから、捜索願いとかは出されて無さそう。って言うか、そもそも。

「スカーレットちゃんって、人間なの?」
「ヨシノさんってやっぱり馬鹿なの? 初めて会った時に言ったじゃない。私は死神。人間じゃないわ」

 動き辛そうなドレスを脱いで、私が中学の時に使ってた緑色のジャージ姿でくつろいでいるスカーレットちゃんがそんなことを言ってきた。

「……『拾ってください』ってこの段ボールに書いて、昨日の公園に捨てようか?」
「ま、待って! 馬鹿と言ったことは取り消すわ。いいえ、謝る! ごめんなさい! だから……ね?」

 わりと本気で「捨てないで!」と懇願してくるスカーレットちゃんは、なんだか子犬みたい。その可愛さに全てを許してしまうわたしも、どうかしてるんだろうな。

「で? 死神って何?」
「その年にもなってそんなことも知らな――嘘、説明するからその段ボールを置いて!」
「……で?」
「おほん。そうね……。死神はあるべき場所に死を運ぶ存在よ。善人・悪人は関係なくて、その人の経歴なんかも関係ない。ただ、死ぬべき人に死を与えるのが私たちの仕事」
「私たちってことは、スカーレットちゃん以外にも死神は居るんだ?」

 そうでなくても出会った時、スカーレットちゃんは姉のような存在が居ると言っていた。スカーレットちゃんが死神だと分かった今、超常の存在が他にもいると見て良い。そんなわたしの推測は、頷いたスカーレットちゃんによって肯定される。

「ええ。私はごく最近生まれたばかりの、いわばひよっこね。これからたくさん死を運んでキャリアを積めば、より高位の死神になれるってわけ」
「キャリアって……。人殺しを仕事みたいに」
「事実、そうだもの。それにヨシノさんは何か勘違いしているようだけど、死神が直接手を下すことはまれよ?」
「え、そうなの?」
「さっきも言ったように、死を運ぶことが私たちの仕事であって、必ずしも殺す必要はないの。極論、その人が寿命で死んでも、死神にはデスポイント1が加算されるわ」
「で、デスポイント?」
「そう、さっき言ったキャリアね。そのポイントが高い程、色々な優遇特典がもらえるわ」

 ポイントに、優遇特典。いよいよ、スーパーとかレストランの会員カードみたいになってきた。

「例えばどんな特典があるの?」
「そうね……。担当する人間の枠を増やしてポイントを稼ぎやすくしたり、特定の場所に移動できるようになる特別な力を貰ったり、色々できるわね。ついでに私が欲しいのは『人間から見えるようになる』というものかしら。デスポイント100よ!」
「人間から見えるように……? でも、わたし、スカーレットちゃんのこと見えてるよ?」
「死が近い人は、私たち死神を見ることが出来るわ。つまり、ヨシノさんは多分、もうじき死ぬ予定だったのね」

 さらっとえげつないことを言ってくるスカーレットちゃん。まぁでも、もうじき死ぬって言うのは本当だと思う。だって、わたしこそが、スカーレットちゃんの探している「千本木桜」だから。
 他にも、いわゆる霊感が強い人なんかも見えるらしいとスカーレットちゃんは語る。

「なるほど。じゃあ、公園でスカーレットちゃんは無視されてたんじゃなくて、そもそも気付かれてなかったんだ?」
「そう! だから私の姿が見えて、声が聞こえるヨシノさんが居てくれて助かったわ!」
「うん、良い笑顔! だけどはたから見たら昨日のわたし、何もない所に話しかけるヤバいヤツ!」
「私に話しかけるヨシノさんを見る女の人のいたたまれないような顔、傑作だったわ」
「え、何その情報。わたし知らない、つらい。イタイのはスカーレットちゃんだけで十分なのに」

 ご近所で変な噂が立ってなかったら良いんだけど。

「ん? だけど昨日のヤバいおじさん、スカーレットちゃんのこと見えてたよね?」
「そうね。彼ももうじき……いいえ、たった今、死んでしまったわ」
「……え?」
「死因は……ああ、錯乱による飛び降り自殺ね」
「ま、待って待って、スカーレットちゃん。あのおじさんが死んだ?! 昨日、気を失わせただけじゃなかったの?!」
「うん? ええ、気を失わせた後、通りがかりの人の通報で病院に運ばれた。そして、目覚めた彼は死にとらわれた、ということね」
「死に、とらわれる……?」
「ええ。『死に愛される』とも言うかしら。まぁ、当然よね。だって私に……死神に会ったんだもの。どんな人も、遅かれ早かれ死ぬことになるでしょう」

 死神に会えば、その人は死ぬ。それを体現しただけだと、スカーレットちゃんは表情1つ変えずに言った。可愛らしい見た目をしてるけど、今、わたしの目の前に居るのが死神だということをあらためて思い知らされた気分だ。
 それに、どうやらわたしは勘違いしていたらしい。スカーレットちゃんが直接手を下さなくても、わたしは頭がおかしくなったり、交通事故に巻き込まれたり、その他もろもろの事情で死ぬことになる。つまり、スカーレットちゃんを懐柔かいじゅうしたところで意味がないということだ。

「あ、心配しないで? お世話になっているヨシノさんにまとわりついている死の気配は、私が頑張って遠ざけておくから――」

 スカーレットちゃんが言った瞬間だった。私の正面に座るスカーレットちゃんの背後にあるキッチン。そのシンクに置いておいた食器の山が大きな音を立てて崩れた。そのはずみで跳ね上がったらしい包丁が、回転しながらわたしの方に飛んできた。

「え」

 と、喉が鳴った時にはもう既に、私の眼前まで包丁が迫っている。だけど、まるでそれを予期していたかのように先に動いていたスカーレットちゃんが、パシッと包丁の持ち手を器用につかんで止めてくれた。おかげで、わたしの眼前数ミリの距離で、包丁の切っ先が止まったのだった。

「――こんな風にね」
「おぉう……し、死ぬかと思った」
「ふふっ! ヨシノさんに死んでもらっては困るわ? あなたには千本木桜を見つけるまで、私をやしなってもらわないといけないもの!」

 これまでと同じ、上から目線な言葉と無邪気な笑顔で言ってくれるスカーレットちゃん。事ここに至ってわたしは、自分がほとんど詰んでいるのだと気付くことになる。だって、いずれにしても、死神に会ってしまったわたしは何らかの形で死ぬから。
 生き延びる手段としては、どうやら死の予兆を感じ取れるらしいスカーレットちゃんとずっと一緒に居ること。ただそれだけが、わたしに残された道だ。

 ――自分が千本木桜であることを隠して。そのうえで一生、スカーレットちゃんを養わないとなのか~。

 ……まぁ、何とかなるよね。落ち込んでても、何も良いこと無いし。前向きに考えて行こう! じゃないとこんな理不尽状況、やってられない!

「状況は分かったかしら? それじゃあヨシノさん。私、小腹が空いたわ。あ、あと、喉も乾いた」
「はいはい……って、もしかして。スカーレットちゃん、調子乗ってる?」
「ふふん、当然よ。だって私がヨシノさんを守るのよ? その分、ヨシノさんには誠心誠意、私に尽くしてもらわないとね?」

 わたしが置かれている状況を説明して、スカーレットちゃんは自分の立場の優位性を強調した。そしてその優位性を利用して、わたしを脅している、と。……見た目に反して結構こざかしいな、この子。
 本当は、わたしはスカーレットちゃんの言うことに従うべきなのかもしれない。でも、今ここで退けば、一生わたしはこの死神ちゃんの奴隷になる。さすがにそれは、ちょっとなぁ……。
 それに、この生意気な死神ちゃんを図に乗らせたままにするのは、めっちゃ腹立つし、教育上よくない。だからわたしはイチかバチか、強気に出ることにした。

「そっか、分かった。そんなこと言うんだったら、出てって、スカーレットちゃん?」
「……え?」
「はい、玄関はあっち。ドアの開け方くらい分かるよね? ……あ~あ。折角、困ってるみたいだったから助けてあげたのに」
「い、いいの? あなた、私が居なくなったら死ぬのよ?」
「『いつか』死ぬだけでしょ? 結局それって、よく考えれば普通に生きてるのと変わらないし」
「う……。そ、そうだけど、そういうことじゃなくて……」

 もじもじと、言いよどんだスカーレットちゃん。これは、うん、攻め時だ!

「はい出てって。今すぐ出てって。一宿一飯の恩義も感じられない、世間知らずで、恩知らずで、高慢こうまんちきなスカーレットちゃん?」
「ま、待って! さっきも言ったように、私を見ることが出来る人って貴重なの! 例え見ることが出来ても、みんな、すぐに死んでしまうし……」

 言われてみれば、そうだ。どれだけ仲良くなろうとも、スカーレットちゃんに会った人はすぐに死んでしまう。なぜなら、スカーレットちゃんは死神だから。
 こうして接してみたら、分かる。スカーレットちゃんは、誰かと話すことが大好きなんだ。だけど、死神だから普通の人からは見えなくて、ようやく話せる相手が出来てもすぐに居なくなる。そうしてずっと、1人で生きてきたの……? だから公園で会った時、わたしを必死な声で引き留めた。

 ――多分この子は、寂しがり屋なんだ……。

「お、お願い、ヨシノさん。毎日の温かいご飯と、美味しい飲み物、空調とネット環境さえあれば良いわ! だから私に、あなたを守らせて!」
「え、びっくりするくらい謙虚さが無い。……はい、出てって」
「嘘でしょ?! じゃ、じゃあ。犬小屋とめし、水道水を分けてくれればいいから……」
「そ、それはそれでわたしの良心が痛む」
「もうっ! じゃあどうすれば一緒に居てくれるのよ?!」
「上から目線だけは譲らないな?!」

 って、いつの間にか私とスカーレットちゃんの立場が逆転しているような……? ま、いっか。

「そうだなぁ……。わたしが作ったご飯を私と一緒に食べる。あと、ちょっとだけで良いから家事も手伝ってくれると嬉しい……かな?」
「そ、それだけで良いの?」
「うん。誰かと一緒にご飯を食べるのって、大切だと思うから」

 そう。1人暮らしを始めて……両親が他界して、4か月目。1人で黙々と食べるご飯の味気なさを、わたしは嫌と言うほど知っている。昨日、久しぶりにスカーレットちゃんと一緒に食べた親子丼は、涙が出そうなくらい美味しかった。
 今朝だってそう。誰かにおはようと言って、おはようと返って来たのはいつぶりだろう。

「だから、うん。働かざるもの、食うべからず。それさえ覚えててくれれば良い」
「働かざるもの、食うべからず……。分かったわ、これで契約完了ね!」

 立ち上がったスカーレットちゃんが、床に座るわたしに手を差し出してくる。

「改めて、よろしくね、染井そめい佳乃よしのさん! 私はスカーレット。死神スカーレットよ!」
「うん、こちらこそよろしくね、すぅちゃん!」
「すぅちゃん?」
「そ! スカーレットだから、すぅちゃん!」
「すぅちゃん……。あだ名……。えへへ」

 ほんとチョロいな、この子。お姉ちゃん、心配だよ。
 幸せそうに笑うスカーレットちゃんの手を握り返して、わたしも挨拶を済ませる。こうして。わたしの染井佳乃としての人生が始まった。でも、万が一、スカーレットちゃんに千本木桜だってバレても生き延びる可能性を高めるために、きちんとスカーレットちゃんの胃袋を掴んでおかないと。わたし無しの生活なんて考えられない状態にしちゃえば、可能性はある……はず!



 とまぁ、そんなこんなで昨日はやり過ごしたんだけど……。
 時間を戻して、今。時間はちょうど、お昼時。さっきまで動画投稿サイトで猫の動画を延々と見ていたすぅちゃんが、キッチンに立った私の気配を察してトテテとやって来た。

「ヨシノさん! 今日は何を作ってくれるの?」
「そうだなぁ……。暑いし、素麺そうめんでも茹でよっか」
「ソウメン……? 何それ美味しいの?」
「うん! こういうじめっとした時に食べる素麺《そうめん》は最高! ってことで、すぅちゃんは机の周り片付けといて」
「分かったわ! ソウメン、ソウメン♪ どんな味かしら?」

 上機嫌に鼻歌を歌いながら、すぅちゃんに部屋の片づけをさせたのが悪かった。って言うか、そもそも。単なる女子高校生でしかないわたしが、長い時間、自分の正体を隠し通せるはずもないって話だ。
 お湯が沸いて、私が乾麺を鍋に入れた頃だった。

「……ねぇ、ヨシノさん」
「うん? どうかした?」
「どうして貴方の部屋に『宛先:千本木桜』と書かれた荷物が届いているの?」

 振り返ったわたしにすぅちゃんが示して見せたのは、昨日すぅちゃんを捨てるために「拾ってください」と書こうと思って取り出した段ボールだ。その宛先にはきちんと、ここの住所とわたしの名前が書いてあった。

「ねぇ、どうして?」
「うぅん……と?」

 ……まだ! まだ諦めるには早いよ、わたし! すぅちゃんは、チョロいから。

「ぐ、偶然じゃない?」
「そう、まぁ、そんな偶然もあるわよね」

 よし、行けた! と思ったのもつかの間。

「ところで、ヨシノさん。どうしてあなたの部屋に、千本木桜と書かれた教科書と、カバンと、その他もろもろの物品があるのかしら?」
「う~~~ん……と」

 これはアレだ、無理だ。と言うより、よく3日間耐えた方だと思う。気づかなかったすぅちゃんもすぅちゃんだし、行けると思ったわたしもわたしだ。
 さようなら、染井佳乃わたし。久しぶり、千本木桜わたし。観念して黙り込んだわたしの様子に、さすがのすぅちゃんも確信を持ったみたい。

「……さて。これはどういうことか説明してもらおうかしら、染井佳乃さん。……いいえ、千本木桜さん?」
「あ、あはは……」

 こうしてわたしは、何度目かも分からない“人生最大のピンチ”を迎えることになった。
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