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第1章【運命】 / 第二幕 / 「運命の出会い」
第7話 致命的な隙
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〈探査〉によって下野とジョンを口内に収めた魔獣が境界線へと向かっていることを知ったシア。そして、優の言葉を受けて、その魔獣の目指す先にいる人物が、恩人でもある神代天だと知ったシアは、密かに絶望していた。
「そん、な……」
神代天。彼女は先の授業で、困っていたシアを助けてくれた人物だ。シアが、彼女となら啓示を乗り越えられるかもと思った、不思議な少女でもある。その彼女にすら、魔獣が迫っている。
(で、ですが、〈探査〉を使用している神代さんなら、魔獣の接近に気がついているはず! きっと逃げる……)
希望のこもった予想を、シアは直後に自分自身で否定する。
天との付き合いはそれほどでもないシア。しかし、そんな、ほとんど顔見知りでしかないシアを助けるのが神代天という人物だ。それはきっと、面倒見の良い天が持つ“責任感”の表れでもあるはず。
そんな人物が、〈探査〉や〈誘導〉の役割を放棄して逃げるだろうか。まだ森に残っている学生たちを危険にさらすことを、良しとするだろうか。
そんなはずない、と、シアは頭を振る。
では、なぜ、天は誘導係になっているのか。その原因は、森に学生たちが残っていたからであり、
(わ、私なんかが、弟さん達を喜ばせようと思ってしまったから……)
シアにとっては、自分のせいで、天が境界線付近で張り付けになってしまっているように思えていた。
シアの中でくすぶっていた自責の念が、さらに大きくなる。
「私のせいで神代さんまで……。う、うそ……嘘、です……。そんな……」
思考がまとまらず、マナの制御を手放してしまうシア。魔法が機能しなくなり、シアを包んでいた白いマナの膜――〈身体強化〉が解除され、無防備をさらす。
魔獣という捕食者を前に、それはあまりに大きな隙となった。
「――シアさん!」
「あっ……」
シアが気がついたときには、彼女に向けて弾丸のような魔獣の突進が迫っていた。すぐに魔法を使用しようにも、混乱した頭ではイメージが間に合わない。
〈身体強化〉が無い今の状態で魔獣の突進などもらえば、吹き飛ぶどころか体に穴が開くことになる。せめて心臓だけでも守ろうと反射的に身をひねるのが、シアの精一杯だった。
そうしてさらされたシアの右半身を、跳び上がった3つ頭のイノシシの魔獣が吹き飛ばす――寸前。
重いもの同士がぶつかる鈍い音がする。同時に魔獣の突進が、シアから見て少しだけ右に逸れた。シアが身をひねっていたこともあって、魔獣の突進は運動着にしていた緑色のジャージをかすめるに留まったのだった。
「きゃっ……」
悲鳴をあげたシアが尻もちをつく一方、3つ頭のイノシシも泥水を跳ね上げながら着地する。
(いま、私、無意識に生きようと……?)
責任ある死を。心の中ではそう言いながらも、生き延びようとしてしまった。そんな自分の無意識の行動にシアが驚いていると、
「ギリギリ、間に合った」
荒く息を吐く優の声が聞こえてくる。
先ほどの場面。優が〈魔弾〉の魔法を使って、魔獣の突進を逸らしたのだった。
〈魔弾〉は凝集したマナの塊を打ち出し、衝突時点で爆発させるシンプルな魔法だ。マナの消費量が激しく、ただでさえ魔力が低い優にとっては手痛いマナの消費になった。
それでも、優の手が届かない場所にいたシアを助けるにはこの方法しかなかったことも事実。その点、優に後悔は無かった。
「っと、魔獣は……!?」
どうにか対処しきったその感慨に浸る間もなく、優は視線を巡らせる。
シアをかすめた多頭のイノシシはすぐに着地し、転身して、こちらの様子を伺っている。ふらつく様子もなく、優の〈魔弾〉では特段ダメージを受けた様子は見られない。しかし、優は事態を前向きに捉える。
(咄嗟のことでイメージも甘かった……。突進の軌道を逸らせただけでも上々と考えよう)
優の目的はあくまでも、シアを助けることだ。その点、驚いた様子ではあるものの、シアに目立った外傷は見られなかった。
「シアさん。立てますか?」
「は、はいっ! すみません……!」
優に言われてすぐに立ち上がったシア。〈身体強化〉をし直して、臨戦態勢を取り戻す。降り続く雨と死にかけたという恐怖が、シアに冷静さを取り戻させる。
「助かりました。ありがとうございます。先ほど魔獣の突進を逸らしたのは……魔法ですか?」
状況から見て、優が魔法を使ったのだとすぐに察したシア。しかし、魔法を使った際に現れるマナの発光が見られなかった。武芸の達人には“気”なるものを放つ人間がいるとシアは本で読んだことがあるが、あくまでもそれはフィクションの話。
となると、優は無色のマナ|なのだろうとシアは予想したのだった。
姿勢を低くしてこちらを伺う魔獣から目をそらさず、優はシアの問いかけに頷く。
「……はい、〈魔弾〉を。一応、少しでもダメージでも与えられたらとも思ったんですが」
倒せずとも多少の手傷くらいは負わせることはできるのではと期待していた優。しかし、実際は、たいしてダメージを与えられた様子はなく、どうにか魔獣の突進を逸らすだけに終わった。
さらに、状況は悪いと優は見ている。
先ほどのシアの情報が確かなら、今、目視している頭を3つ頭のイノシシの魔獣と、突進前にその魔獣の後ろに姿を隠していた魔獣。2体の魔獣に前後を挟まれてしまっていることが予想された。
(やはり、俺は魔法面だと頭数にならない。となると、実質、数的不利ってことになるのか)
魔獣が2に対してコチラはシアの1だけ。となると、稼ぐ事のできる時間も、当初優が想定していたものよりも、遥かに短くなってしまう。
ならば、と、優は方針の変更を試みる。
「シアさんの魔法なら、あの魔獣、倒せそうですか?」
普通の人間でしかない自分では無理だが、天人のシアならどうかと優は期待を込めて聞いてみる。
ザスタや天の〈探査〉もそうだが、魔力が高い人たちが使う魔法は、一般人が使う魔法とは一線を画する規模と威力を持つ。
現状、助けが来るまでの持久戦を想定しているが、倒すこともできるかもしれない。そして、魔獣を倒せるのなら、それに越したことは無いと優は思っていた。
そんな優からの問いかけに、シアは本音をこぼす。
「魔獣との戦闘は初めてなので、正直、わかりません。ですが、ダメージを与える程度であれば可能だと思います」
とは言えそれはシアの使う〈魔弾〉が当たれば、の話だ。発光しながら迫ってくるマナの塊に、魔獣もそう簡単には当たってくれない。奇襲をしようにも、マナを常に放出している彼らに死角は無いと言っていい。
先ほどのように空中に跳び上がっていたり、攻撃に意識が向いていたり。あるいは、反応できない速度で攻撃しない限り、避けられてしまう。
魔獣との戦いでは、近接戦の場合、高い身体能力を。遠距離では魔獣の鋭い野生の勘と、魔法的感覚野を。それぞれ、どうにかして攻略しなければならない。
「本当に厄介だな……」
人が魔獣退治に苦戦するわけだと、優は奥歯を噛みしめた。
「そん、な……」
神代天。彼女は先の授業で、困っていたシアを助けてくれた人物だ。シアが、彼女となら啓示を乗り越えられるかもと思った、不思議な少女でもある。その彼女にすら、魔獣が迫っている。
(で、ですが、〈探査〉を使用している神代さんなら、魔獣の接近に気がついているはず! きっと逃げる……)
希望のこもった予想を、シアは直後に自分自身で否定する。
天との付き合いはそれほどでもないシア。しかし、そんな、ほとんど顔見知りでしかないシアを助けるのが神代天という人物だ。それはきっと、面倒見の良い天が持つ“責任感”の表れでもあるはず。
そんな人物が、〈探査〉や〈誘導〉の役割を放棄して逃げるだろうか。まだ森に残っている学生たちを危険にさらすことを、良しとするだろうか。
そんなはずない、と、シアは頭を振る。
では、なぜ、天は誘導係になっているのか。その原因は、森に学生たちが残っていたからであり、
(わ、私なんかが、弟さん達を喜ばせようと思ってしまったから……)
シアにとっては、自分のせいで、天が境界線付近で張り付けになってしまっているように思えていた。
シアの中でくすぶっていた自責の念が、さらに大きくなる。
「私のせいで神代さんまで……。う、うそ……嘘、です……。そんな……」
思考がまとまらず、マナの制御を手放してしまうシア。魔法が機能しなくなり、シアを包んでいた白いマナの膜――〈身体強化〉が解除され、無防備をさらす。
魔獣という捕食者を前に、それはあまりに大きな隙となった。
「――シアさん!」
「あっ……」
シアが気がついたときには、彼女に向けて弾丸のような魔獣の突進が迫っていた。すぐに魔法を使用しようにも、混乱した頭ではイメージが間に合わない。
〈身体強化〉が無い今の状態で魔獣の突進などもらえば、吹き飛ぶどころか体に穴が開くことになる。せめて心臓だけでも守ろうと反射的に身をひねるのが、シアの精一杯だった。
そうしてさらされたシアの右半身を、跳び上がった3つ頭のイノシシの魔獣が吹き飛ばす――寸前。
重いもの同士がぶつかる鈍い音がする。同時に魔獣の突進が、シアから見て少しだけ右に逸れた。シアが身をひねっていたこともあって、魔獣の突進は運動着にしていた緑色のジャージをかすめるに留まったのだった。
「きゃっ……」
悲鳴をあげたシアが尻もちをつく一方、3つ頭のイノシシも泥水を跳ね上げながら着地する。
(いま、私、無意識に生きようと……?)
責任ある死を。心の中ではそう言いながらも、生き延びようとしてしまった。そんな自分の無意識の行動にシアが驚いていると、
「ギリギリ、間に合った」
荒く息を吐く優の声が聞こえてくる。
先ほどの場面。優が〈魔弾〉の魔法を使って、魔獣の突進を逸らしたのだった。
〈魔弾〉は凝集したマナの塊を打ち出し、衝突時点で爆発させるシンプルな魔法だ。マナの消費量が激しく、ただでさえ魔力が低い優にとっては手痛いマナの消費になった。
それでも、優の手が届かない場所にいたシアを助けるにはこの方法しかなかったことも事実。その点、優に後悔は無かった。
「っと、魔獣は……!?」
どうにか対処しきったその感慨に浸る間もなく、優は視線を巡らせる。
シアをかすめた多頭のイノシシはすぐに着地し、転身して、こちらの様子を伺っている。ふらつく様子もなく、優の〈魔弾〉では特段ダメージを受けた様子は見られない。しかし、優は事態を前向きに捉える。
(咄嗟のことでイメージも甘かった……。突進の軌道を逸らせただけでも上々と考えよう)
優の目的はあくまでも、シアを助けることだ。その点、驚いた様子ではあるものの、シアに目立った外傷は見られなかった。
「シアさん。立てますか?」
「は、はいっ! すみません……!」
優に言われてすぐに立ち上がったシア。〈身体強化〉をし直して、臨戦態勢を取り戻す。降り続く雨と死にかけたという恐怖が、シアに冷静さを取り戻させる。
「助かりました。ありがとうございます。先ほど魔獣の突進を逸らしたのは……魔法ですか?」
状況から見て、優が魔法を使ったのだとすぐに察したシア。しかし、魔法を使った際に現れるマナの発光が見られなかった。武芸の達人には“気”なるものを放つ人間がいるとシアは本で読んだことがあるが、あくまでもそれはフィクションの話。
となると、優は無色のマナ|なのだろうとシアは予想したのだった。
姿勢を低くしてこちらを伺う魔獣から目をそらさず、優はシアの問いかけに頷く。
「……はい、〈魔弾〉を。一応、少しでもダメージでも与えられたらとも思ったんですが」
倒せずとも多少の手傷くらいは負わせることはできるのではと期待していた優。しかし、実際は、たいしてダメージを与えられた様子はなく、どうにか魔獣の突進を逸らすだけに終わった。
さらに、状況は悪いと優は見ている。
先ほどのシアの情報が確かなら、今、目視している頭を3つ頭のイノシシの魔獣と、突進前にその魔獣の後ろに姿を隠していた魔獣。2体の魔獣に前後を挟まれてしまっていることが予想された。
(やはり、俺は魔法面だと頭数にならない。となると、実質、数的不利ってことになるのか)
魔獣が2に対してコチラはシアの1だけ。となると、稼ぐ事のできる時間も、当初優が想定していたものよりも、遥かに短くなってしまう。
ならば、と、優は方針の変更を試みる。
「シアさんの魔法なら、あの魔獣、倒せそうですか?」
普通の人間でしかない自分では無理だが、天人のシアならどうかと優は期待を込めて聞いてみる。
ザスタや天の〈探査〉もそうだが、魔力が高い人たちが使う魔法は、一般人が使う魔法とは一線を画する規模と威力を持つ。
現状、助けが来るまでの持久戦を想定しているが、倒すこともできるかもしれない。そして、魔獣を倒せるのなら、それに越したことは無いと優は思っていた。
そんな優からの問いかけに、シアは本音をこぼす。
「魔獣との戦闘は初めてなので、正直、わかりません。ですが、ダメージを与える程度であれば可能だと思います」
とは言えそれはシアの使う〈魔弾〉が当たれば、の話だ。発光しながら迫ってくるマナの塊に、魔獣もそう簡単には当たってくれない。奇襲をしようにも、マナを常に放出している彼らに死角は無いと言っていい。
先ほどのように空中に跳び上がっていたり、攻撃に意識が向いていたり。あるいは、反応できない速度で攻撃しない限り、避けられてしまう。
魔獣との戦いでは、近接戦の場合、高い身体能力を。遠距離では魔獣の鋭い野生の勘と、魔法的感覚野を。それぞれ、どうにかして攻略しなければならない。
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