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第1章【運命】 / 第二幕 / 「運命の出会い」

第1話 霧煙る森へ

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 降り出した雨が木の葉にはじかれ霧になり、視界を悪くする。事前の話し合い通り、優と春樹は境界線付近まで引き返し、雨に打たれていた。

「やっぱり降って来たな」

 雨天を見上げながら言った春樹と並んでコンクリートブロックに背を預け、優は森の様子を探る。

 こういう時も〈探査〉の魔法は役に立つ。方向を見失っていても、境界線となっているコンクリートブロックが効果範囲内にあれば発見し、戻ってくることが出来る。あとは外地という緊張状態で、冷静にそのことに気付けるかということだろうと優は踏んでいた。

そら、大丈夫か……?」

 ザスタに続いて、早々に森へと入っていた妹をおもんぱかる優。と、すぐに状況は動いた。

 たわわに実った稲穂が揺れる田んぼにも似た、黄金色の濃密なマナが森の広範囲を駆け抜けていく。適切な魔力を、適切な強さで放出する繊細な〈探査〉の魔法だ。

 噂をすれば影が差す、とはこのことだろうか。心地よさすら感じる魔法の波は間違いなく、優のよく知る天の魔法で生み出されたものだった。

「さすが天。ザスタのやつとは段違いだ」

 攻撃ともいえる力任せなザスタの〈探査〉と同じ魔法とは思えない。その点、天人であるザスタが特別なのかもしれないと、優は感慨にふける。

「天。結構広めに〈探査〉を使ったみたいだな」

 優の感想に頷きつつ、春樹も遠く消えていく黄金色のマナを見遣る。運動場の中ほどまで進んだところで、〈探査〉の光は消失した。

「わざわざ魔法を使わなくても、天なら『なんとなくこっち』って言ってここまで来られるだろうけどな」
「なんとなく……か。あり得そうで怖いな」

 優の仮説に、春樹が苦笑する。天は時折、驚くほど鋭い勘を見せる時がある。本人が直感と語るそれもまた、優と春樹が天を「天才」だと評する理由だった。

 天の〈探査〉を皮切りに、自分たちも魔法を使えば帰る場所が分かると気づいた学生たちが〈探査〉を次々に使用していく。互いに反発し合うマナがそれぞれの〈探査〉に干渉し、精度を落とす。しかし、境界線との距離が近いこともあって、ほとんどの学生が境界線付近に戻ってくることが出来た。

 雨という、不測の事態にも冷静に対応できるかどうか。また、自分1人では思いつかなくとも、他者の行動から学ぶことが出来るかどうか。その辺りの素養を養ってほしいという授業の意図が見て取れる場面だった。



 5分ほどで、7~8割程度の学生が境界線付近に戻って来る。残りは何らかの理由で森に残っていると思われた。

 目立つところではザスタとシア、天人の2人がそれぞれ所属しているセルが帰って来ていない。対して、神代天と首里しゅり朱音あかね、9期生が誇る魔力持ち両名は、きちんと戻ってきている。

「ここから残りの時間は、森の中にいる学生をここまで連れて来てやれ」

 外地演習の開始を告げて以降、コンクリートブロックの上に立ち、沈黙を保っていた進藤が、そこでようやく口を開く。

「二次遭難が発生しないよう、注意して行動するように」

 学生たちにそれだけを言って、進藤は口をつぐんだ。

 こんな時、皆が話し合うことが出来る状況を作り出す必要性に気付いている。しかし、集団心理として誰かにやってほしいと願ってしまうものだ。互いに互いを当てにして、いわゆるお見合い状態が数秒間続く。

 だからこそ、こういう場で動くことが出来る人は貴重だ。リーダーシップと呼ばれるそれこそ、目に見えないながら特派員に求められる大切な素養の1つだろう。

「みんな聞いてくれ」

 お見合い状態の中、声を上げて注目を集めたのは明るい色に染めた長めの髪が印象的な優男風の男子学生だった。

「俺は刈谷かりやはじめ。とりあえず話を進めようと思う。代わりにやってくれる奴がいたら、言ってくれ。音頭取りを任せるけど……」

 そう言って声を上げられるなら、最初からやっていただろう。むしろ学生たちはほっとした顔で刈谷を見つめた。

「じゃあ、とりあえず救出作戦と銘打って、任務について話し合っていきたいと思う。まずは――」

 そうして刈谷主導のもと、救出作戦の内容が詰められていく。

 今回捜索する範囲は境界線からおよそ150mまで。1人が広範囲を〈探査〉し、森に残っている人々の位置を特定。迷わないよう策を講じて向かい、戻ってくるという概要だった。

 次に有志の人員を整理する。

「じゃあ次に、助け出すセル……救出部隊を決めようと思う。マナが十分に残ってる人は、名乗り出て欲しい」

 少し曖昧な刈谷の表現に、女子学生の1人が手を上げて質問した。

「十分ってどれくらい?」
「うーん、自己判断かな。いま森に入っても大丈夫だった自信がある人って言うべきか」

 そんな刈谷の説明で、何人かの学生が名乗りを上げる。しかし、意外にも多くの学生が、魔法の練習等でマナを減らしていた。慣れない外地への緊張感、逆に高揚感を持った者もいる。いずれにしても、魔法の練習に励んでいたことが裏目に出て、常時よりも余計にマナを消費していたのだった。

 なかなか集まらない救出部隊の人員に、名乗りを上げようか迷う優。彼はこうした事態も想定し、魔力を残していた。しかし、だからこそ、不安が残る。

 特派員として、特に魔力面での実力不足は優自身が知っている。そんな自分が出向いても良いのか、と。足を引っ張らないだろうかと。

(いや、違うな。“俺は”どうしたい?)

 それは自分が悩んだ時、優が大切にしている自問自答だ。何よりもまず、自分の思いに素直であれ。そう、優は幼いころから両親に言われてきた。だからこそ、優は今もヒーローに憧れることが出来ている。

 これからもこうした事態は幾度となくあるだろう。その度に足踏みしていては、成長は望めないし、何より優にとってそれはあまりにも格好悪い行動に思えた。

「春樹、行っても良いか?」
「……おう、もちろんだ!」

 こうして優と春樹のセルも救出部隊に参加することになる。その後、ある程度の人員が確保できたところで、今度は役割分担へ。とは言え救出と索敵担当を決めるだけだ。1分とかからず役割が決まったところで、作戦開始の運びとなった。

「〈探査〉を定期的に使ってもらうから、魔法を使う時は各自、そのあたりを気を付けて」

 優と春樹が緊張の面持ちで見つめる先。刈谷かりやが陣頭指揮を執って、注意事項などを確認する。そうして救出班の準備が整うと、刈谷は索敵を行なう人物に目配せで合図をした。

「じゃあ、いくよっ。〈探査〉! と、〈誘導〉」

 広範囲に黄金色のマナの波紋が2重、3重になって森を駆けて行く。マナの色から分かるように優の妹、魔力持ちの天が索敵を任されることになっていた。

 天が行なった〈探査〉は通常の円形ではなく、扇状だ。内地側の安全は目視で確認できるため、不要と判断しての工夫だった。

「ここから大体200mくらい? を調べて、最短で行ける道筋を矢印で示しています! 調べた感じ、魔獣はいないから安心してください!」

 天が情報をまとめ、その場にいた学生たちに届くように声を張る。彼女が使った魔法のうち、〈誘導〉はマナを凝集して光る線や矢印などを木の幹や地面に記すものだ。武器や物を手元に創り出す〈創造〉を、特定の地点に行なう。〈探査〉による高い空間把握能力と、正確な座標に自身が放出したマナを凝集して矢印を創る。ある種の才能と、高い集中力が求められる魔法だった。

「敵わないな……」

 自分には到底できない芸当を軽々とやってのける天に、それでも優は下を向かずに感心し、尊敬する。天が天才であることも、卑屈になっている暇があるなら前を向いて努力する方が建設的だということも、優はとっくの昔に知っていた。

「神代さんが頑張ってくれてるうちに、急ごう!」

 いくら天が魔力持ちとはいえ、今回は複数の道筋を、広い範囲で示しているため、マナの減り方は尋常ではない。先陣を切った刈谷に続いて、救出部隊が黄金色に光る矢印に従って森に入って行く。

「オレ達も早くか、優」
「ああ」

 なかなか追いつかせてくれない天の背に食らいつくためにも、優は優で与えられた役割を全うする必要がある。

 振り分けられた矢印の先で待っているはずの救助者を助けるために、優も頼れる幼馴染を連れて白く霞む森へ踏み入るのだった。
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