element square ~星降プロローグ

灯猫いくみん

文字の大きさ
上 下
47 / 60
ステージ5

2 追いかける四台、追われる一台

しおりを挟む
「そういえば、こないだ社長さんに会いましたよ」

 1台目。結局ハンドルを美琴に取られた颯一郎は、車が星降工業高校――教習所の近くにある高校だ――の前に差し掛かる辺りでそう呟いた。

「えっ、マジで言ってる?」
「大マジですが」
「ほんっと何考えてんのかしらお父様……あたしからはちっとも連絡できないのに」
「さあ……ま、色々事情はあるんだろうけど」

 美琴は靴を脱ぎ、座席の前に転がしていた。ヒールで車を運転しろというのは世間じゃ無茶という。
 彼らのもの以外、道に車は走っていない。無人の道路を走るのは果たして練習になるのだろうかと颯一郎は疑問に思った。

「……そういえば」
「何よ?」
「お母さん、亡くなられてるって……」
「……どういう流れでそんな話になるわけ」

 宿リ星とelement squareの関係について、透が尋ねた時の事。
 颯一郎は思い返し、美琴に語った。

「へぇ、お母様が研究を……知らなかったわ、あたし」
「……そっか、2歳の頃ですもんね」
「うん。顔とか声なら全然覚えてんだけどさ……」

 赤信号で、美琴は車のブレーキを踏む。
 窓の外を眺めながら、颯一郎は思うところがありそうな顔をした。

「なんか言いたいことでもあんの?」
「その話聞いて、何て言うか……ほんのちょっと、数ミリだけ分かるなあって思ったんですよ」
「……へぇ? どういう事?」

 あなたのと比べりゃ大差ないかなとは思いますけど、と颯一郎が前置きして。
 不幸自慢は趣味じゃないわ、と美琴が笑った。

「……小六んときだったかな、俺の両親が離婚しまして」
「で、父親に引き取られた……って感じ?」
「ええ。ついでに妹は母の方に」
「妹いたのねアンタ」
「もう何年も会ってないですけどね」

 信号が緑色に変わり、車はゆっくりと進み始めた。

「成程? つまるところアンタ、母親のいない気持ちってのは分かると、そういう事を言いたいのかしら?」
「結論の先読みは何らかのマナーに違反すると思うんですが」
「んなもんないわよ。というか……ちょっと気になるのだけれど」
「母と妹がどうなったか、とかですか? 生憎何にも知りませんよ、ここ8年会ってないですし。ま、どっかで元気にしててくれればなーとは」
「……アンタも大概マナー違反よ」

 二人の間に暫く、車のモーター音だけが流れた。

「で、なんでわざわざそんな話を?」
「いきなりですね……んー、強いて言えば、ちょっと不思議って言うか……」
「何がよ」
「……どうしてそんな、積極的になれるのかなって」

 俺に対して、とまで声に出す度胸は、颯一郎には流石になかった。

「……その心は?」
「謎かけなんざしてませんが……いつか無くなるかもって思うと、なんか怖いじゃないですか。元々は仲が良かったみたいで、父も暫く落ち込んでたし」
「ふーん、それでアンタ大体いつもテンション低いのね……そんならやっぱ、あたしはちょっと違うかな」

 二人の乗る車は、小さめの橋に差し掛かった。
 どうせ車もいないのだからと、美琴はアクセルを踏み込み、一気に橋を渡り切った。

「物心つく前にもういなかったってのもあるけど……そんなの、あたしが気にすることじゃないじゃん。欲しい物は全部欲しがりゃいいのよ、なくなった時はそん時!」
「……成程、納得ですよ」
「そりゃ何より」

 変な人だと思ってたけど……明るい、いい人だな。
 颯一郎はそう思い……少し赤面した。

「……え、じゃあ俺を無理矢理車に連れ込んだのは」
「語弊が半端ないわね……そりゃアンタ、アレよ。興味が湧いたって言うか」
「……自覚とかないのか」

 何か言い返そうと思って、颯一郎はこないだの社長との話をもう一度思い返す。

「そういえば社長さん、美琴さんと俺の件で、なんか俺の眼鏡にひっかかってたんですけど」

 その瞬間、車体が浮くレベルの急ブレーキがかかった。

「へっ……変な事言うんじゃないわよっ!!」
「……それでよく俺に運転教えようだなんて思い上がれましたね」
「っるせぇ!!」

 まさかこの人、ただ眼鏡フェチだから俺に興味を……?
 そんなオチだったら流石に怒ってもいいだろうなと思った颯一郎であった。

 一方2台目。
 とりあえず教習所から梅襟川を横断し、しばらく進んで右折、大通りに出て透は胸を撫で下ろした。

「……そんなに自信ないんですかぁ?」
「うん……ほんっと久々だから緊張してさあ」
「こんな無人の道路で緊張してるようじゃあ、先が思いやられますねぇ……」

 零は皮肉っぽくそう笑う。本人としてみれば失笑してるだけなのだが。

「しっかし……鈴蘭ちゃんたちが今どの辺にいるのかも分からない以上、闇雲に動いてもどうしようもないよね」
「まぁ、誰も見つけてないから仕方ないですけどねぇ……」
「そうだ、見つけたら他の車にも連絡入れればいいか」
「それいいですねぇ。じゃ、とりあえず私のスマホでそれ伝えてみますねぇ」
「うん、頼むよ」

 とりあえず彼らはそのまま、梅襟川が合流するミドリ川をまたぐ、大きな橋の方へと進んでいく。
 そして零はスマホを取り出し……

「……あ、ゼロの奴から連絡だ」

 4台目も2台目同様橋を渡った後、左折。星降駅のある方面へと向かっていた。
 スマホの振動に気付いたマドが手に取ると、それは零からの連絡。

「ふぁあ。どしたの天て……マドさん」
「誰かが夜霧とルートロンの車を見つけたら、助手席組で互いに連絡を取り合おう、と」
「妥当だろうね……ふぁあ」

 というか、ちゃんと名前で呼ぶことにしたのね。
 天照さんいい子だなあと、欠伸しながら咲夜は思った。

「にしても。闇雲に走り回っているのでは、見つかるものも見つからないと思うのだが」
「あー、一番近くの車からしか見えないんだものね……遠回りしてたらショックが凄そう」
「……そういえば、其方の武器って傘だったよな?」

 いきなりどうしたのだろう。咲夜は首を傾げ……なんとなく察しがついた。

「……一応言っておくけれども、普通の傘と落下傘は違うものよ」
「創作での傘遣いは大体浮くだろ。其方のだってワンチャン」
「無茶よマドさん。というか……ふぁあ。仮に浮けたとて、私ら車乗ってないといけないでしょ? 車ごとはさ、無理よ」
「……噂に聞いたのだが、草属性って光を浴びれば強化されるのであろう? 我は光属性ぞ」
「……成程ね?」

 なんとなく、試してみる気にはなったようだ。
 咲夜はいったん路肩に車を止め、窓から傘を出す。

「ふぁあ……いくらなんでもマナー違反がすぎないかしら、コレ」
「車の屋根をくりぬいた方が早そうだが……」
「オープン教習カーってこと?」
「教習カーて」

 一方、3台目。
 後部座席に並んで座る炎里と柳海、その両名のスマホが、同時に振動した。

「あら、通知だ」
「俺のにも……朝倉くんからか」

 どれどれ……と、二人がスマホを眺めているのを、ルームミラーで一瞥し。

「どーせ、奴らの車見つけたら連絡しろとかそーゆーんだろ? 俺は運転の方してっから、そっちはテキトーに頼むわ」
「りょーかい!」

 特に更間の奴、元気そうで何よりだな……我夢はため息をついた。

「しっかし、どの辺行きゃあいいかね……まだそう遠くにゃ行ってないだろーけど」
「教習目的っていうんなら、わざわざ細い道選ぶことはないだろうし……こっちの方な気はしますけどね、戸隠さん」
「だよな……ったく、その辺にいてくれりゃいいんだが」

 我夢たちは大通りを進む。
 そこはしばらく進むと病院、美術館、バッティングセンターなどがある。

「そういや昔スーパー銭湯あったよね、だいぶ前になくなっちゃったけど」
「あー、あったあった。懐かしいな……俺もたまに家族と行ってたっけ」
「跡地は確か……あ、まだなんもない」

 彼らはちょうどその横を通っていた……が。

「……あ」

 それを目に捉えた瞬間、我夢は窓を開ける。
 そして斧を大きく振りかぶり……

 一方。

「で、車線はこっち……と!」
「おーおー、いい感じじゃねえか! 曲がるときスピード落とし過ぎるのはちょっとよくないが……」
「うっ……気を付けます……」

 裕貴と鈴蘭は、結構ちゃんと路上教習していた。

「じゃあ……一旦戻るか」
「りょーかい、じゃこっちを左折で……」

 そして彼らが大通りに差し掛かった、ちょうどその瞬間。
 助手席で運転を見ていた裕貴が、その表情を変えた。

「おいリリィ! 止まれっ!!」
「えっ、どうしたんですかキング」
「いいから早くっ……」

「『スラッシュトマホーク』ッ!!」

 今のってひょっとして戸隠さんの……なんてことを鈴蘭が思った、ちょうどその瞬間。
 フロントガラスのちょうど真ん中に、大きな茶色の斧が突き刺さり。

「ひっ……」
「おいおいおい、嘘だろっ!?」

 ガラスは一瞬で真っ白に染まり、次の瞬間には崩れ落ちた。
 そしてかつてガラスがあった空の枠に、1台の車が覗いていた。

「ふぅ……東城&更間、早速連絡頼むぞっ!」
「言われなくても」
「バッティングセンターの横……オッケーだよ、我夢さん!」

 その車の運転席から身を乗り出す我夢の姿を見て。

「おっもしれぇ……第一ラウンド、ってこったなぁ!」

 裕貴も不敵に笑い。

(……コレ、わたしどーすりゃいいんだ?)

 鈴蘭はぽかんとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

続・歴史改変戦記「北のまほろば」

高木一優
SF
この物語は『歴史改変戦記「信長、中国を攻めるってよ」』の続編になります。正編のあらすじは序章で説明されますので、続編から読み始めても問題ありません。 タイム・マシンが実用化された近未来、歴史学者である私の論文が中国政府に採用され歴史改変実験「碧海作戦」が発動される。私の秘書官・戸部典子は歴女の知識を活用して戦国武将たちを支援する。歴史改変により織田信長は中国本土に攻め入り中華帝国を築き上げたのだが、日本国は帝国に飲み込まれて消滅してしまった。信長の中華帝国は殷賑を極め、世界の富を集める経済大国へと成長する。やがて西欧の勢力が帝国を襲い、私と戸部典子は真田信繁と伊達政宗を助けて西欧艦隊の攻撃を退け、ローマ教皇の領土的野心を砕く。平和が訪れたのもつかの間、十七世紀の帝国の北方では再び戦乱が巻き起ころうとしていた。歴史を思考実験するポリティカル歴史改変コメディー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

宇宙人へのレポート

廣瀬純一
SF
宇宙人に体を入れ替えられた大学生の男女の話

VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野 佑
SF
多種多様な武器やスキル、様々な【称号】が存在するが職業という概念が存在しない<Imperial Of Egg>。 古き良きPCゲームとして稼働していた<Imperial Of Egg>もいよいよ完全没入型VRMMO化されることになった。 身体をなるべく動かしたくないと考えている岡田智恵理は<Imperial Of Egg>がVRゲームになるという発表を聞いて気落ちしていた。 しかしゲーム内の親友との会話で落ち着きを取り戻し、<Imperial Of Egg>にログインする。 当作品は小説家になろう様で連載しております。 章が完結次第、一日一話投稿致します。

kabuto

SF
モノづくりが得意な日本の独特な技術で世界の軍事常識を覆し、戦争のない世界を目指す。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

処理中です...