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ステージ4

4 碧プレゼンツ、グレキネ映画紀行(後編)

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 1番スクリーン。の中の異世界。
 春菜と碧は、やることもないのでぼーっとスクリーンを見たり、世間話をしたりしていた。
 映画鑑賞上のマナーとしては最低極まりないが、しかしマナーに気を配るほどの価値もないだろと両者ともに思っているし、その片方が監督なので何ら問題はないのである。

「ところでハルっちさぁ、お姉ちゃんいたりする?」
「……うん、いたけど……なんで知ってんの」

 内心驚きが止まらない春菜だったが、顔には出さない。
 不思議な能力の話は透たちからしばしば聞くし、何かしらあるんだろうな……とは思ったので。
 そんなことを思い春菜の表情が若干暗くなったが、碧はというと一ミリも気にする様子がない。

「あ、やっぱりぃー? あーし昔っからそーゆーの良く当たるんよねー!」
「へぇ。勘がいい、ってだけなのね……」
「だけって言い草はどーなのよー!」

 しかしやっぱアレなの? と、碧は続ける。

「やっぱお姉ちゃんと一緒に映画見に行ったりとか?」
「……そーゆーのなかったよ。全然」
「そなのー? 姉妹は仲良くしたほーがいーよ、ホラあーしの幼馴染にも妹いんだけどさー、その子が中々素直じゃなくてー、でもそーゆートコも可愛いっつっててー」
「あの!」

 突然声を張り上げられたもんだから、碧は口をつぐんだ。

「……一旦やめましょ、この話。うち苦手なんですあの人」
「ありゃま。んでも確かにそーゆー感じするわー。なんか口喧嘩で家出させてそう」

 それを聞いて春菜は目を見開いた。
 なんせ、それは実際に、

「……やめましょ、もう」
「へいへい分かったよー。んじゃ続きみよーぜい」

 どこまでも軽く碧はそう言って、手元のリモコンをポチポチする。
 家でテレビ見てるんじゃねーんだぞ、と思わないでもないが、面倒なので春菜はスルーを決め込んだ。

 一方2番スクリーン。の中の異世界。
 首都東京は地獄絵図と化していた。それは中心部に鎮座する、肥大したブルドッグのような化け物、ブルラのせいだ。

『おのれ……特殊対策隊は何をしている!』
『炸裂弾HES24MAR、効果ありません!』
『無人戦闘機、全機撃墜!』
『打つ手はないというのか……』

 会議室。偉そうな服の人が苦虫を嚙み潰したような顔で机をバンバン叩いている。
 周囲の人々もまた、携帯電話や無線機と睨めっこしている。
 そんな中、一通の通信に一同の顔が青ざめた。

『……ッ! ブルラ移動開始!』
『何ッ!? 方向は!』
『方向……東京都C1地区です!』
『そこは避難所がある……何としても止めるんだ!』
『しかしっ……』

 そんな鬼気迫る会議室の様子を、少し離れたビルの屋上で聞く者がいた。
 彼は有事の際、生身でブルラに対抗しうる存在として選ばれたのだ。

『……仕方ない。特例准将神成光、行動を開始せよ!』
「OK、俺の出番ね……りょーかい!」

 そう言って、光は手からワイヤーを飛ばし、辺りのビルに巻き付ける。
 ワイヤーはどこまでも伸びていき、やがてブルラを完全に包囲する。

「さて、面倒だし一発で止まってくれよ……『ボルテックフィルム』ッ!!」

 光が叫ぶと、ワイヤーで囲まれた区域全体に電流がほとばしる。
 突然の攻撃にブルラはひるむ……が、すぐに光の方を睨みつける。
 まあそんな楽に終わるはずないわな、と光は苦笑いし、ひとまず隣のビルへと飛び移った。

 一方3番スクリーン。の中の以下略。
 渋谷某所、無人のビル。警備員が歩き回る中、闇夜に紛れ窓の外側に張り付く人影が。

(はぁ……なんでまたよりによってこんな服でっ!)

 鈴蘭はゲームの中では所謂ストリート系の服を着ている。
 大きめの上着に大きめの帽子。ロープとか使って天井に張り付くという用途においては最も向いていない服の一つともいえる。

(うぅ……特に上着の裾が風にはためくよぉ……)

 なるべく物音を立てないように、そろりそろりと登っていく鈴蘭。
 目標の書類は最上階のオフィスに入っており、屋上から回り込むのが手っ取り早いということなのだが。

(しっかしなんだこの悪趣味なビルは……定期的にガラス張りゾーンが湧いてくるのすごい嫌だ!)

 鈴蘭は、ビルの通りに面していない面の壁を登っている。何故ならその方が見つかりにくいからだ。
 しかしこのビルを設計したデザイナーの頭が狂っていたため、定期的にガラス張りになっているのである。
 当然警備員もいるため、中にいる人の視線にも気を配らねばならない。すごくスパイに優しくないビルなのだ。

(まあ、防犯的には最適なのかも?)

 現在鈴蘭がいる地点は、まさにそのガラス張りエリアに差し掛かる寸前。
 ガラスの一番下の淵にギリギリ届くように、特殊仕様のスコープを服のポケットから取り出して、室内の様子を確認する。

(どれどれ……うへぇ、案の定こっち見てやがるよぉ)

 どうしたもんか、と思いながらも、隙を見て登っていく鈴蘭なのだった。

 一方4番スクリーン。の以下略。
 昼間あんなに賑わっていた海水浴場から、すっかり人が消えてしまった。

「それもこれも全部ヤツの仕業だってのに、メディアはダンマリだ! 市長の犬がよぉ!」
「まあまあアズナブル博士、あんな人食い鮫がいるなんて知られたら町の風評被害は避けられませんから……」

 ここは夜のペンション。海水浴場から逃げ延びた連中が息を潜めている。
 怒り狂うは海洋生物学者のガーク・アズナブル博士。それを地元の記者が宥めている。

「確か、インターネットに上げた動画もすぐに消されてるのよね? 結構面倒ね……」

 二人の言い争いを見ながら、退屈そうに呟くドレス姿の女性は美琴。
 彼女が海水浴場に投げ出されてからしばらくした後、下半身を食い破られたサーファーの死体が浮上してきたことにより、辺り一面がパニックに襲われた。
 海水に漬かっていたものは次々に喰われ、陸に上がったものは地割れに飲み込まれ、駐車場の車は軒並み歯形がついており、そして救助を呼ぶための電波基地局までも噛み壊されるという地獄絵図を越えた先に、彼女らはどうにか逃げ延びたのだ。

「しかしミコトさん、あなたも災難でしたね……その服装だと、何かのパーティーに参加するご予定だったのでしょう?」
「あ、記者さん……んー、まあそんな感じね」

 話しかけられ、一応美琴は応対する。
 現実世界では人付き合いが不得手なのだが、しかしこの非常事態ではそうも言っていられない。

「外部の助けを呼ぼうにもこの状況ではな……しかもヤツは“ヤマタノシャーク”。8つほどあると思われる頭を、それぞれワープさせられるときた」
(ソレ、ホントに鮫なのかしら……?)

 博士の状況分析は、ペンションの中を絶望で満たした。

「……冗談じゃないわっ! 私は明日デートの約束があるのよ! こんな化け鮫の出るビーチにいられないわ!」
「気持ちは分かりますけどさ、外は危ないですよお嬢さん……ちょ、ちょっとぉ!」

 ブチ切れた一人の女子――見た目はティーンエイジャーって感じ――が、記者の制止を突っぱねてペンションから去っていく。
 自分の今後に対する心配が勝って、彼女を引き留めようとするものは現れなかった。

(……ん? コレ絶対あの子が次に死ぬやつでは?)

 美琴の予想は盛大に当たることになるのだが……それはまた別の話。

 一方5番スクリーン。の以下略。
 酒場の荒くれものたちを退治した功績で、零は保安官のオフィスに呼ばれていた。

「へぇ、こんな小僧が」
「えぇ、まあそう言う事になってますよぉ……というかぁ、こんな小僧が酒場に居たことについてのツッコミはないんですかぁ?」
「んなもんどーでもいいだろ、飲んでたわけじゃあねーんだし」

 無精ひげが目に付く、目つきの悪い男性。
 なんか一定の層に人気が出ないでもなさそうだなあと零は思った。

「その勇気を買ってだな、お前さんを特別にうちでの計画に入れることになった」
「へぇ、そりゃまた光栄」
「明日だからな、準備しとけ」
「急展開すぎやしませんかねぇ!?」

 どうも作者は西部劇の何たるかを知らないっぽいなぁ。
 ゆーて自分も知ってるわけではないとはいえ、零は内心零した。

 一方6番スクリーン。は特にこれといって変化がないので省略。
 というわけで7番以下略。
 山の中の隠れ里は混乱に陥っていた。
 何故なら別の里からの侵入者がいるからなのだが……当の侵入者たちも混乱していた。

「えと、つまり……ふぁあ……秘伝の書が盗まれてるであろう里に踏み込んだら里長が死んでて、私らのせいにされてるって感じよね?」
「ああ……ったく、何がどうなってやがる!」

 里の廃寺に息を潜め、咲夜は先輩忍者に現状を確認した。
 この映画の世界には、対立するいくつかの忍者の隠れ里があり、咲夜がいる朽葉の里の巻物が、現在てんやわんやな石竹の里に盗まれたという感じである。

「ひとまず巻物は後、俺らに冤罪吹っ掛けた里を見つけた方がよさげだな」
「見つけるったって……ふぁあ……どうすんです?」
「そりゃお前……俺の特技は念見の術だ、里長殺しの下手人なんて一瞬で見つかる」

 字面からしてサイコメトリーだな、と咲夜は思った。
 そして多分この映画での忍者観はハリウッド映画とかの奴だ、とも。

「じゃあまずはここから……」

 世界観はともかくとしてとりあえずこの場を離れよう、と提案しかけた咲夜だったが。

「ケケケーッ! 見つけたぜ俺らに濡れ衣着せられた哀れな朽葉の奴らがよぉ!」
「うわーっこいつら山吹の里の連中だ! 黒幕は貴様らか!!」

 知らん里の知らん連中が廃寺に乗り込んできたので、頭を抱えるばかりである。

 一方8以下略。
 荒廃した町の大きめの道路を、一台の車が走っている。

「やれやれ、教会に停まってた車が動いてくれて助かったぜ……なんで動いてんだよコレ」

 基本的にゾンビというのは足が遅いものであり、死んでるので人権もない。
 なので追ってくるものからは車で逃げ、向かってくるものは盛大に跳ね飛ばすのが最適解なのだ。

「この後は……アレか? ショッピングモールにでも立てこもればいいのか? それとも生存者を探すとか?」

 彼の中のゾンビ映画あるあるに基づいてそんなことを呟きながら、とりあえず我夢は車を走らせる。
 土地勘とかないのであてずっぽうではあるが。

 そんな感じの映像が突然止まった。
 さては何かあったのか、と春菜は碧の方に目をやる。

「ちょうど今ー、誰かが脱出したみたいだよー!」
「へぇ、正解発表の時間ってわけね」
「そ! 果たして今、ロビーには誰がいるで……しょう!!」

 碧が指を鳴らすと、スクリーンに映る映像が、ロビーのものに変わった。
 そこに、映っていたのは……
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