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深夜10時、異世界への誘い
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3月29日夜9時52分、呼び鈴が鳴った。
烏羽ハイツの202号室にて、机の上の時計とスマホを交互に睨み付けていた部屋の主は、ため息をつきながら玄関へと足を踏み出す。
「はいはーい、今出まーす」
客人に聞こえているとはとても思えない声量ながらも一応そう呟きながら扉を開けると……そこには一見中学生くらいの年かのようにも思える、少なくとも夜10時に外を出歩いていたらまず補導されるであろうことは間違いのない風貌の少女が、タオルか何かを持って立っていた。
「隣の部屋に越してきた夜霧鈴蘭です! 初めまして……えっと、ろさい……さん?」
首を傾げながら、盛大に名字の読みを間違えてくる少女。
「……つゆにしです」
さて、これはどうしたことだろうかと露西透は考える。
この子が引っ越してきたってのはまあいいだろう。今は3月だ、引っ越す人は結構いるさ。実際この子の前に隣に住んでた俳優の相葉さんも拠点を移すとか言って東京へ越していった。元気にしてるだろうか……いやあの人のことは今はどうでもいい。
問題はこっち、夜霧さんの方だ。
一見……というかどー見ても中学生かそこらな外見をしている、おおよそ一人で引っ越してくるような年齢じゃあない。しかし彼女の周りに親とかがいるようにはとても見えない……何かあったのだろうか。そんな風に考えている透に気付いてか、
「……何か勘違いされてるようですが、わたしこー見えて18です。この4月から信大生なんで」
不機嫌そうに頬を膨らませて鈴蘭が言った。
「えっ……あ、そうなの? 僕も信大生よ、今年で4年」
時間を気にしていた透だが、その共通点のお陰か少し話が進んだ。彼は信濃大学人文学部の4年生、鈴蘭の方は理学部のようだ。
「人文学部……地元の伝承とか研究してるイメージですね。どんなことしてるんですか?」
丁寧に質問までしてくれる。彼女聞き上手ってやつらしい。
「そうだねえ……最近はここ、星降市でちょくちょく出てくる文献に気になる話があるんだ」
素直な後輩の出現に気がよくなったのか、わざわざスマホで資料を取り出す。どうやら彼、相当チョロいようだ。
「……これだよ。『宿リ星』……何か知ってる?」
透のスマホに映る資料に数秒目を通し、
「いや、知らないです。初めて聞きますね」
そっけなくそう返す鈴蘭。
「うん、まあそんな気はしてた……って、もう58分!?」
「えっ!? もうそんな時間なんですか!?」
腕時計を何の気無しに眺めて驚愕する透。それを見て鈴蘭の方もそう叫ぶ。
「君も用事? はっ、もしかして君も……?」
「も、ってことはつまり先輩の方も……」
互いの用事を察した2人は、せーので叫んだ。
「「element squareの体験版!!」」
「ははーん、いわば君とは競合相手、ってなところか」
「発表は今日の夜10時……どっちかだけが当たってても、恨みっこなしですよ!」
時間もそれなりに過ぎたので、2人はそう言ってスマホを開く。
時間がくるまでただひたすらにリロードを繰り返す……まあゲームに限らず、何かの最新情報を知りたい人ならよくやる行為だ。
……そして、10時になった。結果はというと、
「「しゃあっ!!」」
2人は同じタイミングでガッツポーズを決めた。
『露西透』、『夜霧鈴蘭』。彼らの元にelement square参加用のデバイス一式が送られてきたのは、それから3日後のことであった。
長野県星降市に本社を構える新進気鋭のゲーム製作会社・『サイレンスコーポレーション』。最新のVR技術の活用例という高尚な目的、及び社長の地元愛によって開発された最新のゲームが、『element square』である。いわゆるフルダイブ式のVRMMOだ……尤も、今回のテストプレイでは12人しかいないのだが。
「フィールドのそこら中に落ちてる武器だったり、属性のエネルギーだったりを集めて、それで戦ったりミッションを達成したり……ってゲームらしいね。ログインするのが楽しみだなぁ」
配送されたデバイスを抱えて移動しながら、透は鈴蘭に話しかける。
「楽しみなのはいいんですけど……わたしたち、どこに向かってるんです? ゲームするのに向いてる場所だとしか言われてないんですけど」
デバイスは大した重さでもないのか、然程苦にする様子もなくそう呟く鈴蘭。
「どこって……あれ、言ってなかったっけ? 僕の本拠地、『信濃大学ゲームサークル』!」
「サークル!? なんで急に……勧誘? っていうかコレ、数人しか持ってないレアなやつなのに、持ってっていいんですか?」
勧誘も目的の内ではあるので(現メンバーは透含め3名。潰れる寸前でメンバー一同危機感が凄いのだ)、前者の質問は曖昧に流そうと心に決めた彼は後者の方を答え始める。
「大丈夫! 実は、どういうわけかうちのサークルメンバー……全員選ばれてるんだ、テストプレイヤーに」
「ぜっ……全員!?」
うん、そういう反応なるよね、分かってた……とばかりに、鈴蘭の驚く顔を見て苦笑する透。
「実際僕もビックリしたんだ、2人からほぼ同時に『当たりました! 先輩の分はないですよー』なんてメールが来たときは」
「なんで落選前提でメール来るんです?」
「恐らく年上を尊敬しようって発想がないんだろうね」
苦笑しながら、彼らは目的地に辿り着いた。
サークルとはいえ少人数、実際のところ外部組織みたいなもんなので、学校の中の施設は中々借りられない。そこで透が知り合いに貰い受けた駅ビルの1室を占拠しているのだ。
というわけで2人が部家に踏み込むと、中で2人の男が倒れていた。
「えっ……何アレ?」
「……ああホラ、フルダイブ式だから」
端的な説明を始める透。
倒れている2人はどちらもゲームサークルのメンバーで、眼鏡の方が龍田颯一郎、金髪の方が神成光……2人とも、今年2年生になる。
「なーんだ、先に入ってたんですね。てっきり殺人事件でも起きてたのかと」
胸を撫で下ろす鈴蘭。発言が物騒だ。
「さ、アイツらにだけ楽しませる訳にはいかないからね……僕らも入ろう」
「そうですね!」
透の声に元気に答え、鈴蘭はデバイスを取り出す。
ゴーグルとコードレスイヤホン(のようなもの。長々とした正式名称はあるが長々としていて鬱陶しいので記さないでおく)を装着すると、2人の意識は別世界へと飛んでいく……
『ようこそ、element squareへ!』
そんなアナウンスが聞こえた。
烏羽ハイツの202号室にて、机の上の時計とスマホを交互に睨み付けていた部屋の主は、ため息をつきながら玄関へと足を踏み出す。
「はいはーい、今出まーす」
客人に聞こえているとはとても思えない声量ながらも一応そう呟きながら扉を開けると……そこには一見中学生くらいの年かのようにも思える、少なくとも夜10時に外を出歩いていたらまず補導されるであろうことは間違いのない風貌の少女が、タオルか何かを持って立っていた。
「隣の部屋に越してきた夜霧鈴蘭です! 初めまして……えっと、ろさい……さん?」
首を傾げながら、盛大に名字の読みを間違えてくる少女。
「……つゆにしです」
さて、これはどうしたことだろうかと露西透は考える。
この子が引っ越してきたってのはまあいいだろう。今は3月だ、引っ越す人は結構いるさ。実際この子の前に隣に住んでた俳優の相葉さんも拠点を移すとか言って東京へ越していった。元気にしてるだろうか……いやあの人のことは今はどうでもいい。
問題はこっち、夜霧さんの方だ。
一見……というかどー見ても中学生かそこらな外見をしている、おおよそ一人で引っ越してくるような年齢じゃあない。しかし彼女の周りに親とかがいるようにはとても見えない……何かあったのだろうか。そんな風に考えている透に気付いてか、
「……何か勘違いされてるようですが、わたしこー見えて18です。この4月から信大生なんで」
不機嫌そうに頬を膨らませて鈴蘭が言った。
「えっ……あ、そうなの? 僕も信大生よ、今年で4年」
時間を気にしていた透だが、その共通点のお陰か少し話が進んだ。彼は信濃大学人文学部の4年生、鈴蘭の方は理学部のようだ。
「人文学部……地元の伝承とか研究してるイメージですね。どんなことしてるんですか?」
丁寧に質問までしてくれる。彼女聞き上手ってやつらしい。
「そうだねえ……最近はここ、星降市でちょくちょく出てくる文献に気になる話があるんだ」
素直な後輩の出現に気がよくなったのか、わざわざスマホで資料を取り出す。どうやら彼、相当チョロいようだ。
「……これだよ。『宿リ星』……何か知ってる?」
透のスマホに映る資料に数秒目を通し、
「いや、知らないです。初めて聞きますね」
そっけなくそう返す鈴蘭。
「うん、まあそんな気はしてた……って、もう58分!?」
「えっ!? もうそんな時間なんですか!?」
腕時計を何の気無しに眺めて驚愕する透。それを見て鈴蘭の方もそう叫ぶ。
「君も用事? はっ、もしかして君も……?」
「も、ってことはつまり先輩の方も……」
互いの用事を察した2人は、せーので叫んだ。
「「element squareの体験版!!」」
「ははーん、いわば君とは競合相手、ってなところか」
「発表は今日の夜10時……どっちかだけが当たってても、恨みっこなしですよ!」
時間もそれなりに過ぎたので、2人はそう言ってスマホを開く。
時間がくるまでただひたすらにリロードを繰り返す……まあゲームに限らず、何かの最新情報を知りたい人ならよくやる行為だ。
……そして、10時になった。結果はというと、
「「しゃあっ!!」」
2人は同じタイミングでガッツポーズを決めた。
『露西透』、『夜霧鈴蘭』。彼らの元にelement square参加用のデバイス一式が送られてきたのは、それから3日後のことであった。
長野県星降市に本社を構える新進気鋭のゲーム製作会社・『サイレンスコーポレーション』。最新のVR技術の活用例という高尚な目的、及び社長の地元愛によって開発された最新のゲームが、『element square』である。いわゆるフルダイブ式のVRMMOだ……尤も、今回のテストプレイでは12人しかいないのだが。
「フィールドのそこら中に落ちてる武器だったり、属性のエネルギーだったりを集めて、それで戦ったりミッションを達成したり……ってゲームらしいね。ログインするのが楽しみだなぁ」
配送されたデバイスを抱えて移動しながら、透は鈴蘭に話しかける。
「楽しみなのはいいんですけど……わたしたち、どこに向かってるんです? ゲームするのに向いてる場所だとしか言われてないんですけど」
デバイスは大した重さでもないのか、然程苦にする様子もなくそう呟く鈴蘭。
「どこって……あれ、言ってなかったっけ? 僕の本拠地、『信濃大学ゲームサークル』!」
「サークル!? なんで急に……勧誘? っていうかコレ、数人しか持ってないレアなやつなのに、持ってっていいんですか?」
勧誘も目的の内ではあるので(現メンバーは透含め3名。潰れる寸前でメンバー一同危機感が凄いのだ)、前者の質問は曖昧に流そうと心に決めた彼は後者の方を答え始める。
「大丈夫! 実は、どういうわけかうちのサークルメンバー……全員選ばれてるんだ、テストプレイヤーに」
「ぜっ……全員!?」
うん、そういう反応なるよね、分かってた……とばかりに、鈴蘭の驚く顔を見て苦笑する透。
「実際僕もビックリしたんだ、2人からほぼ同時に『当たりました! 先輩の分はないですよー』なんてメールが来たときは」
「なんで落選前提でメール来るんです?」
「恐らく年上を尊敬しようって発想がないんだろうね」
苦笑しながら、彼らは目的地に辿り着いた。
サークルとはいえ少人数、実際のところ外部組織みたいなもんなので、学校の中の施設は中々借りられない。そこで透が知り合いに貰い受けた駅ビルの1室を占拠しているのだ。
というわけで2人が部家に踏み込むと、中で2人の男が倒れていた。
「えっ……何アレ?」
「……ああホラ、フルダイブ式だから」
端的な説明を始める透。
倒れている2人はどちらもゲームサークルのメンバーで、眼鏡の方が龍田颯一郎、金髪の方が神成光……2人とも、今年2年生になる。
「なーんだ、先に入ってたんですね。てっきり殺人事件でも起きてたのかと」
胸を撫で下ろす鈴蘭。発言が物騒だ。
「さ、アイツらにだけ楽しませる訳にはいかないからね……僕らも入ろう」
「そうですね!」
透の声に元気に答え、鈴蘭はデバイスを取り出す。
ゴーグルとコードレスイヤホン(のようなもの。長々とした正式名称はあるが長々としていて鬱陶しいので記さないでおく)を装着すると、2人の意識は別世界へと飛んでいく……
『ようこそ、element squareへ!』
そんなアナウンスが聞こえた。
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