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38、裕紀とのデート

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 会社終わり。

 今日は裕紀とデートの約束をしている。マンションの前で待つ事五分。

「お待たせ」

 入り口から出てきた裕紀に、敦美は驚きを隠せなかった。

「え!? どうして中から出てきたんですか!? ここに住んでるんですか!?」
「いや、流石に住んではないよ。屋上、ヘリポートになってるから」

「ヘリポート……へえ、そうなんですね。って、え? もしかして、ヘリで移動するんですか!?」
「え? そうだけど。場所的に車よりこっちの方が早いからね。……揺れるけど」

 屋上まで行けば、確かにマンションのヘリポートにヘリが止まっていた。

 映画でしか見たことないんですけど……。

 ヘリに乗り込み、発進して十五分。目的地のホテルの屋上に着いた。

「大丈夫? 酔ってない?」
「……はい、大丈夫です」

 いやあ、怖かった……!!

 ヘリから見える夜景が綺麗で遊覧飛行みたいだな、なんて気分が高揚していたが、着陸の時の旋回は死ぬかと思った。ヘリの車体がかなり傾き、体感速度が思った以上に速かったので、正直ジェットコースターよりも怖かった。このまま地上に落ちるんじゃないかと内心ひやひやしていたのだ。
 
 扉が開き、裕紀が先に降りて手を差し伸べてくれた。まるで王子様みたいだが、そんな感動よりも早くヘリから降りたかった。屋上に自分の両足が着いたときは安堵で地面に崩れ落ちるかと思った。

「こっち」

 屋上からフロアを移動し、通路を通る。するとその通路には、まるで道しるべのように床を照らす間接照明が灯っていた。通路は狭めで少し長めなのが、この先に待ち構えているものの期待を膨らませる。

 お店らしき入り口に足を踏み入れた途端、目の前に広がったのは都心の夜景だった。一面のガラス張りは、贅沢なパノラマ写真のように見える。

 き、綺麗……!

 薄暗い室内にはテーブル席が置かれており、ウェイトレスがずらっと並んで二人を待ち構えていた。どうやらここはホテルの最上階にあるレストランらしかった。

「いらっしゃいませ。中村様ですね。こちらへどうぞ」

 案内された席は鉄板が目の前にある席だった。鉄板の後ろには夜景を一望できるガラス壁。食事をしながら夜景が見れるとは、なんて贅沢なんだろう。だが、他に客はいないようで。

「あ、もちろん貸切だから。ゆっくりくつろいで」

 そう笑う裕紀に、すごいな……、というため息しかでなかった。

 シャンパンがテーブルに置かれて、「乾杯」とグラスを鳴らす。一口飲んだが、緊張しすぎて味がよく分からなかった。

 やばい。何を話したらいいのかわからない。

 緊張を超えてパニック状態に陥ってしまいそうな敦美に、裕紀が優しい眼差しを向ける。

「ねえ、敦美ちゃん」
「は、はい?」

「そんなにも緊張しなくていいよ。俺、智紀と同じ顔だし、雰囲気も似てると思うし、ね? 初めて会った時みたいに普通にしてて大丈夫だから」
「……が、がんばります」

 いや、無理でしょ。こんな高級なところに連れて来られて緊張しない方がおかしいって。

 その言葉は呑み込んで、敦美は何か当たり障りのない話題を探そうとする。

「そういえば、敦美ちゃん、ミナの祝賀会に出席してたよね」
「あ、はい。ミナさんのブランドの宣伝に携わってて。それでミナさんに強制的に参加させられたっていう感じです」

「ミナとそんなにも仲がよかったの?」
「いや……出会った時に智紀さん関係で喧嘩をふっかけられたんです。それがミナさんのブランドの新作の服の宣伝をする依頼で……仕事が上手くいったから、仲良くなった? んですかね? ちょっとわかりません」

 困った顔をしている敦美に、裕紀が豪快に笑った。

「あはは。ミナは強引なところがあるからね。あいつ、たぶん友達いないだろうから、仲良くしてあげてよ」

 智紀とは違う笑い方に、敦美は魅入ってしまった。

 いけない、いけない。笑顔に絆されちゃだめよ。

 けれどその笑みに、確実に敦美の緊張はほぐれていた。それから他愛のない会話が続き、料理も次から次へ出てくる。もちろん鉄板の上で調理されたものもだ。

「本日のメインでございます。A5ランクの近江牛になります」

 そう言ってシェフが鉄板で焼いてくれている、大きな肉の塊。近江牛の産地や肉の特徴などかなり説明してくれたが、あまり頭に入ってこなかった。ただ、肉質が柔らかくてしつこくない甘い脂と、芳醇な香りが特徴的というのはわかった。

 お皿に盛られて、目の前にやってくる。ナイフとフォークで切って、口に運ぶ。
 
「お……おい、しい……!」

 なんだ、とろけるようなこの肉質!! もはや肉じゃない!!(いや、肉だ)

 目をまん丸にして食べている敦美の横で裕紀が微笑む。

「お気に召したようで」
「え、は、はい。美味しいでございます。肉以外の前菜もとても美味しかったでございます」

 変な日本語を話す敦美に、裕紀は「そう。それはよかった」と嬉しそうに笑う。敦美もつられて笑った。

 中村兄弟は本当に素敵な人だ。正直、どちらも私には身分不相応なのかもしれない。でも。

 そんなことを考えていたら、裕紀がじっとこちらを見つめていることに気がついた。

「……何か、顔についてますか?」
「え? あ、そういうわけじゃないんだ。……少し、俺の話を聞いて欲しいんだけど、いいかな」
「はい。どうぞ……?」

「俺は将来的に父親のしている会社を継ぐ。そのために今父親の下についていろいろと学んでいるんだけど。覚えることが多くて……まあそれなりに楽しい」
「はい」

「でも、ふと寂しくなるときがあるんだ。俺はこのまま一人で生きていくんだろうかってね」
「……」

「そんなときに敦美ちゃん、君に出会えた。俺は君の笑顔が好きだ。君の笑顔があればどんなことでも乗り越えられる気がする。……だから」

 裕紀の手にはケースが乗っている。

 え、ちょっと待って。これってもしかして……。 

「俺と結婚してほしい」

 パカッと開けられたケースの中からは婚約指輪が出てきた。ダイヤモンドがきらきらと輝くそれは、敦美に向けられている。

 トクン、と胸が鳴り、その真剣な裕紀の瞳から、敦美は目を逸らすことができなかった。
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