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一章
13、セドリック
しおりを挟む「銀龍の嘶き」
透明な龍が突如現れて、悲鳴にも似た声を放つ。それが衝撃波となってハンターを襲い、ハンターは家の壁に激突した。ジン達を絡め取っていた糸も音の衝撃で木っ端微塵に刻まれて、皆の体は自由になった。
「フィオナ、ありがとう」
「早く乗り込みましょう」
フィオナは先陣切って建物の中へ入ろうとすると。
「そのフェンリルは置いていけッ!!」
吹き飛ばされたにも関わらず、レオに突っかかってくるハンター。なんという執着心だろうか。やはりそれほどまで執着がなければ、狙った獲物を百発百中の確立で仕留めることはできないのだろう。
セドリックが舌打ちして、レオに指示する。
「電光石火!」
レオの体が青く輝き、ハンターに猛烈な勢いで突進する。あまりの速さに避けきれないと思ったハンターは短剣を取り出して姿勢を低くする。レオの突進に乗じて、刺すつもりだ。
しかしレオの反応は早かった。直前で進路を変え、ぐるぐるとハンターの周りを回り出す。
「なっ!!」
レオが速すぎて動けないでいるハンター。セドリックはジン達に向かって声を張り上げた。
「お前ら、早く行け!!」
「わかった。無事でな!」
「当たり前だろ!!」
♦♦♦
ジンとフィオナが建物へ乗り込んだのを確認する。
前を見据え、ぎりっとセドリックは歯軋りをした。
思い出すぜ、苦い記憶が……。
「お前、あの時のハンターだな……!!」
あれはまだ幼い頃だった。両親は獣医で俺はいつもそれを手伝っていた。
『よし、これで大丈夫だ』
『よくがんばったわね、えらいわ』
両親は声をかけ、優しく頭を撫でる。
その獣は、ビンセントハウンズという種類の犬のような形をしている獣で、耳が物凄く長い。その耳で空を飛ぶ固体もいるらしいが、滅多にいない。しかしながら人懐っこく、飼われている獣種の中でも割りと多い。
『ヘンネルさん、ネルちゃんはお腹の中に腫瘍が出来ていましたが、無事に摘出することができました。今日は家に帰ったら大人しく寝かせてあげてください。手術で疲れているでしょうから。食事はまたお渡ししますので、それを今晩一回、薬と一緒にあげてください。明日になったらもうだいぶ回復していると思いますので、いつもどおりの食事を与えてもらって大丈夫です』
『ああ、先生、本当にありがとうございます。ネル、よかったわね』
ヘンネルさんはネルを大事そうに抱きかかえて、頭にキスをする。
『お大事に。また何かあったら連絡ください』
『頼りにしてるわ、先生。本当にありがとうございました』
頭を下げて、ヘンネルさんがネルを抱きかかえたまま帰ってゆく。
『ふう、今日の手術はネルちゃんで最後だったわね』
母――カーラが背を伸ばす。
『難しい場所だったけど、取れてよかったよ』
父――ダイムはゆっくりとコーヒーを入れた。
『セドリックも今日は良くがんばったな、お疲れさん』
セドリックは父にぽんぽんっと頭を撫でられたが、あまり嬉しくない。
『俺はまだまだだよ。手渡す道具を間違えちゃったから……。早く父さんや母さんみたいな何でも治せる獣医になりたいんだ。……これから勉強してくるよ』
『お前は本当に勉強熱心だな。でもな、父さんや母さんでも治せない病気はあるんだ。それは知っておけよ』
こくん、と頷くセドリック。
『分かってるよ。医者は魔法で傷を治しちゃいけないって聞いたことあるし』
ただただ獣たちが好きだった。彼らには長く生きて欲しいと心からそう思う。飼われていようが、自然にいようが。俺は、一匹でも多くの獣たちを救いたいのだ。
そんな中。
一匹のフェンリルが、病院に駆け込んできた。そのフェンリルは血だらけで、良くここまで歩いてこれたものだ。それぐらい酷い傷を負っていた。
『これは酷い……。カーラ、準備を』
『ええ。わかったわ』
何時間に及ぶ処置で、そのフェンリルは命を取り留めた。美しい毛並みは憔悴しきっているためか、艶がない。俺は獣病院で急がしい両親の代わりにそのフェンリルの世話をすることになった。
『しっかり食えよ』
食事を与えたが、全く食べない。顔をぷいっとそむけているばかりで、一口も口にいれようとしないのだ。口に運んでも歯を食いしばっており、口の中へ入れることもできない。
その状態が何日も続いた。
『おいおい、そろそろ食ってくれなきゃ、お前、死んじまうぞ? 困ったな……って、あ。もしかして、これを毒だと思ってるのか?』
耳がピクピクしている。
『……仕方ねえな』
セドリックはフェンリルの食事である生肉を掴んでフェンリルに見せる。それからぱくっと自身の口に入れた。フェンリルの耳がぴょこっと立った。気になっているのだろうか。
セドリックはフェンリルに見守られる中、もぐもぐと咀嚼してその生肉を飲み込んだ。腹は壊すかもしれないが、これくらいどうってことない。
『安心しろ。これは食える』
食えるが旨くねえ。味がしねえし……そもそも人間が食うもんじゃねえな。
じっとセドリックを見ていたフェンリルが、食べ物とセドリックを交互に見遣った。それから安心したように、ようやく食べ物を口にいれたのだ。かと思えば、物凄い勢いで食べ物に食らいついていくではないか。
『おお……旨いか。そうかそうか、しっかり食えよ』
余程お腹が減っていたのだろう。きちんと全部食べきって、おかわりを所望してきた。爪で皿を叩きまくっている。美味しかったのだろう。セドリックは『可愛いやつめ』と言いながら、たくさん生肉を皿にもってやった。
それもしっかり全部食べきれば、気を許したのか、セドリックにもたれかかってきた。今までずっと知らないところにいるせいで、気を張っていたのかもしれない。だからかフェンリルはセドリックという安心できる場所を見つけたのだろう。すぐに眠りに着いた。
その日、俺はフェンリルと一緒に寝た。
何日もそうやって過ごしているうちに、怪我の具合もよくなってきた。
ある日、専用のブラシで毛づくろいしていた。喜んでいるのか尻尾を揺らしている。本当に可愛い奴だ。初めのうちは近づくのもままならなかったが、最近ではいつも一緒にいる。もう家族同然だ。
ブラッシングを終えると、毛艶が物凄くよくなっていることに気がついた。手触りも初めに来たときよりもはるかに柔らかくなっている。
『よし、いい子だ』
そっと頭を撫でたら、フェンリルがすっと立ち上がった。窓の外をじっと見つめたかと思えば、いきなり飛び出して行ったではないか。
『おい!! まだ傷は完全には治ってねえだろ!! それに外は寒いぞ!!』
今、季節は冬だ。いくら獣だといえど傷が癒えていなければ、餌もないし生きながらえることができないだろう。
セドリックは慌てて追いかけるように家から飛び出れば、なぜかフェンリルはこちらを振り返って待っていた。そしてしばらく先へ進んでは、こちらを振り返ってセドリックのことを待っている。
『もしかして……ついて来いってことか……?』
俺は何のためらいもなくフェンリルについて行った。
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