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一章
10、手がかり
しおりを挟む「ここに来たら助けてくれるって聞いたから来たのよ。お願い……!! 助けて!!」
気品溢れる初老の婦人は涙を拭っている。ハカセが「ゆっくりでいいから、何があったのか話してください」と落ち着かせるように声をかける。
「一週間前よ……。いつも通りに身支度をして寝ようと思っていたの。そしたら何者かが部屋に侵入して来て、抵抗した夫は殺され、大事に育てていたペットのメアリーが盗まれたの……。私、怖くて何も出来なくて……。メアリーは亡くなった夫から贈られた子なのに。ああっ……お願い、早く見つけて欲しいの……!!」
「ペット、ですか……。それは一体どんなペットですか?」
「虹蛇っていう種類の蛇よ。……私、爬虫類がとても好きで、学者だった夫が探し出して見つけてくれたの」
蛇をどうやって運んだんだ? 袋か何かに入れたのだろうか。でもそうじゃないと運べないだろう。にしても蛇をペットにするって……。変わった趣味の持ち主なんだな……。
「大人しい子だから、噛み付かなかったんでしょう。だから……その強盗に攫われてしまって……ああっ!」
貴婦人はハンカチで涙を拭う。蛇だとしても、彼女は相当大事にしていたのだろう。おそらく我が子のように。でなければ盗まれた蛇をこんなにも必死になって探さないのではないだろうか。
「その盗まれた蛇の写真とか、その場にあった不審なものとか、証拠になりそうなものはあったりしますか?」
ハカセの落ち着いた言葉に、貴婦人は写真をおずおずと取り出した。
「これが、メアリーです。かわいいでしょう……」
真っ白な蛇だった。思った以上に体が太くて長くて、この貴婦人は襲われたらひとたまりもないだろう。それぐらい大きな蛇だった。
「これを運んだとなると……犯人も大変ですね」
「そうなのよ。不思議なことに持っていかれちゃって……。そういえば……これ、見たことないものだから、たぶん犯人が落としていった物じゃないかと思うのよ。私はこんなイヤリングはしませんし。……何かの手がかりになるといいんですけど」
そう言って鞄から取り出したのは蜘蛛のような形をしたイヤリングだった。ハカセは暫くじっと観察した後、ゆっくりと手に取って、貴婦人に真摯に答える。
「分かりました。依頼された以上、私共も全力を尽くさせて頂きます」
こんな真剣なハカセは見たことがなかった。
お客さんに対しては真面目なんだな。というかまあ、「いや~ん♥ お待たせ♥」とオカマ口調の気持ち悪い奴が出てきたら、お客さんでもさすがに速攻で帰るわな。信用ダダ落ちだわ。
「どうか、どうかお願いしますね……!!」
♦♦♦
「これ、恐らくは窃盗団の印ね」
ハカセは蜘蛛のようなイヤリングを皆に見せる。そのイヤリングを見て、ジンは問うた。
「なんで分かるんだ? それに、どうしてそんな身バレするような物を身につけているんだよ?」
「ここ、ロレアル王国には何処かの集団に属する場合、その目印となる紋章を掲げなければならないという掟が定められているのよ」
そうフィオナが説明する。
「へえ、紋章を掲げる、ねえ。……あ、じゃあこれは?」
ジンはそういえば、とヘンリーが落としていった謎の刺繍の入った布切れを見せる。魔法騎士団の紋章は確か剣と盾だったような気がする。意識はしていなかったが、その模様が団服の胸に付いていたような記憶があるのだ。
拾った模様がそれとは全く違う模様だから、ジンはあれっと思ったのかもしれない。すると、エルメスが「あ」と声を上げる。
「これ、闇市の通行証だわ」
「闇市の通行証??」
「ええ、それがないと闇市の会場へ入れないのよ」
「何でそんな事知ってんだよ」とセドリックが眉根を寄せる。
「そんなの、時々利用しているからよ。もちろん出品者としてね」
ふふっと笑うエルメスは心底恐ろしい。きっと想像を超えるおぞましい物を出品しているのだろう。一体何を出品しているのか、そこには触れないでおこう。
「ジン君。でもこれ、どこで拾ったの?」
「この前、セドリックと一緒にワイルドボアを倒しに行った時に、森の中で拾ったんだ」
でも、どうしてヘンリーはこれを持っていたんだ? それは闇市へ行けば分かる、か?
「ふーん、じゃあ、誰かが落としたってことか。まあ、それ、持っておきなさい。闇市に行く用事がある時に必要だから」
「そういえば、あの男、ハカセから盗んだ物を闇市で売るって言ってたわ。もうその闇市へ物は出品されたのかしら?」とフィオナ。
「闇市が開かれるのは明後日の午前十二時って言っていたわね。出品者が会場に申し込みのために入れるのは二日前からだから、ちょうど今日からね。……という事はもうすでに出品されてる可能性はあるわね」とエルメスが頷く。
「じゃあ、もしかしたら私のゴールデンパンティと、依頼された蛇は、同じ所にいるかもしれないわね。盗まれた日付が割と近いし、それにこの窃盗団……割と有名所なんじゃないかしら? 確かレガーロっていう名前だった気がするのよね」とハカセがイヤリングを眺めながら首を傾げる。
「窃盗団に有名とかあるのか?」
「いやあねえ、あるわよ。表向きレガーロは狙った獲物は逃がさない、百発百中のハンター集団だからね。まあ、裏ではこういう窃盗もしているのでしょう。まあ、痕跡を残したのは痛恨のミスね」
「なるほどな。じゃあ、今さっきの人の蛇も、もしかして闇市で売られるのかもしれねえな」とセドリックの顔が青くなる。……大丈夫か?
「どうしてそう思うんだよ?」
「あの人の蛇、虹蛇っつってたよな。写真じゃ全く分からなかっただろうが、実際に見ると虹蛇の鱗は虹色に輝いてんだ。所有していたら幸運が舞い降りるっていう噂付きの蛇で、そもそも幻の蛇だからいる事自体に俺は驚いたな。まあ、そんな蛇をハンター連中が奪ったって事は、闇市でそのまま売り捌くか、それか殺して鱗を剥いで装飾品や衣類の原料として売り捌くかのどっちかしかありえねえ。早く助けてやらねえと……!!」
「そういう蛇だったら、もれなく闇市に参加してる貴族たちがこぞって高額な値段を掲示してくるでしょうから、ハンターだったらセドリック君が言うように前者の可能性が高いわ。防具関係の職人なら確実に後者でしょうけど」
エルメスが頷く。
「じゃあ、もしかしたら、あの男にもどこかの紋章があるのかも」とフィオナが気付き、それに頷く形で、ジンは「探してみよう」と男が死んだ部屋へ向かった。
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