上 下
201 / 201
地下都市編

5

しおりを挟む

 包帯を引きちぎり、サラは正面からスカルを見た。

「あんたは、ここの守護精なのか……?」

「知ラ、ナイ」

 ぽろぽろと、黒い涙が溢れだす。

「ミンナ、ミンナ、一緒……」

 サラは直感した。

 今視たのは恐らく彼女の記憶だろう。光の愛娘が影響しやすいということは、干渉しやすいということなのだろうか。

 そしてこの聖域に入る前に出くわした亡霊は、恐らく守護精と共にいた最後の少女だったのではないか。

 守護精を救ってほしい、この都市を救ってほしい、その願いがこの都市にとどまっていたのかもしれない。

 それが、もしかしたら、幻覚として、私たちに見せていたものなのかもしれない。

 過去の美しかったこの世界を、知って欲しかったのかもしれない。

 そして、その想いをサラたちに伝えようとしていたのかもしれない。

 サラは握る剣に力を込める。

 守るのはなにも人だけではない。

 想い、も。

 精霊、も。

「一緒に浄化しよう」

「一緒、浄化……」

 スカルの涙は溢れて止まらない。

「あんたは一人でよく頑張った」

 あの闇の中、守れるものは自分一人だと、そう自分に言い聞かせ、どんなに苦しくても辛くても、人々を守ろうとした。

 誰も助けに来ない中、ずっと、待っていたのだ。

 ずっと、耐えていたのだ。

 この都市に光が宿る、その時まで。

 大丈夫だ。

 今、救うよ。

「助けに来るのが遅くなって、すまないな」

「アリガ……トウ」

 光と、希望を。

 今、この世界を、照らせ。

 サラの握っている剣が光りだす。

 体も同時に光り始めて熱くなる。

 まるで光脈が暴れだしているかのように体の芯から熱い。

 エネルギーの高ぶりが最高潮に達した時、カッと目を開いた。

「闇に染まりし者たちに光の祝福を――!!」

 まばゆい光が二人を覆い、この空間を覆い、神殿から都市全体を覆う。

 ざあああああ、と光と共に、黒いもやが一掃されてゆく。体を蝕んでいた重たい空気も。

「あ……」

 サラは気づいた。

 剣を掴んでいたスカルの手はいつの間にか、サラの剣を握る手に添えられている。

 その手は傷だらけの細い手。

 どれだけ苦労していたのかが目に見えてわかる。

 サラは両手で握っていた手を片方だけ離して、その手の上に添えた。

 力がそそがれているのが感じられた。

 この都市を、守護精を、一人で浄化しているのではない。二人で、しているのだ。

 サラに流れ込んでくる力がどんどん増してゆく。そして放っている光の力が増大してゆく。

 やがて、目の前に現れたのは禍々しい存在のスカルではなく、芯の強そうな美しい守護精。

「あなた……光の愛娘なのね」

「ああ、そうだ。……やっぱり、あんたは守護精だったんだな」

「そう。絶望から、私を救ってくれてありがとう。一緒にこの都市を浄化してくれて、ありがとう」

「まだ、完全には浄化できていない」

「ええ。でも、もう大丈夫。外には祈祷師さんたちも一緒に浄化してくれているから」

 守護精が言うように、確かに神殿の外で祈祷師たちが一緒に浄化をしてくれている。

 その光の力の流れを感じる事が出来る。

「本当にありがとう。もう一度、美しい都市に――」

 守護精が、そうほほ笑んだ直後、守護精の胸を背後から黒い手が貫いた。

「あがっ……」

「な……!」

 途端に黒い手から凄まじいほどの闇エネルギーが放たれ、それは黒い煙となってニ人を覆った。

 たった今浄化したはずのこの空間が闇に埋め尽くされる。

 美しく儚い神殿が消えゆき、それと同時に守護精の顔が歪んでゆく。

「あ……ああ……あああ……ああああああああああ!」

「やめろおおおおおお!」

 サラも負けじと浄化しようとするが、闇の力はそれ以上だった。

「死ね」

 竜巻のような強烈な闇エネルギーが守護精とサラを襲い、二人を引き裂いた。

「守護精!!」

「お願い……この世界を、守って」

 目の前にいた守護精が苦しみの表情を浮かべ、煙に呑み込まれるように消えてしまった。

 抵抗していた力がなくなった途端、突風が吹き荒れ、気を失っていたウィルソンたちや他の騎士たちはこの場から弾き飛ばされてしまった。

 サラは咄嗟に剣を床に突き刺し、吹き飛ばされないように踏み止まる。

「く……」

 ザ、ザ……。

 サラは近づいてくる足音の方へ目を向けた。

 この禍々しい気配。

 間違いない、奴だ。

 そう、黒いもやから姿を見せたのは、闇に溶けてしまいそうな程黒い色調の服装に包まれたノヴァだった。

「世界は繋がった……」

 ノヴァは恍惚とした笑みを称え、独言る。

「貴様ああああ……!」

 守護精も、この都市も、光に包まれるはずだったのに。

 希望を取り戻すはずだったのに。闇に再び堕ちてしまった。

 なぜ、このタイミングで……!

 サラは剣を振りかざすが。

「時はきた。……だが、お前を殺すのは、ここ・・ではない」

「どういう意味だっ!」

 ふい、と手を払うような仕草をすれば、強烈な闇エネルギーがサラにぶつかる。

「な……!」

「待っているぞ、闇の深淵で」

 抗うことの出来ない力で、遠くへ、遠くへ、サラは弾き飛ばされてしまった。


 ✯✯✯


 弾き飛ばされた騎士や撤退し遅れた祈祷師たちが、地下都市へ続くトンネルの前の地面で倒れていた。

 サラはゆっくりと起き上がる。

「いたたた……」

 ふと前を見れば、トンネルの向こう側に黒く渦巻く世界が見える。

 今いる場所とは違う、そんな世界に見えた。あそこが、異界なのかもしれない。

「トンネルを封鎖したのにどうして壊れたんだ! おい! あんたら離れろ!」

「もう一度封鎖する!」

 近くで倒れている騎士たちに大きな声をかけた西都市の騎士が、特殊技で再びトンネルを潰し始めると、どんどん道が消えてゆく。

『待っているぞ、闇の深淵で』

 サラは駆けだしていた。

 今、行かなければ。

 二度と姉さんを救えないような気がする。

 誰かが止めようと叫ぶ声を背に、崩れゆく瓦礫を避けてサラは黒い穴へ飛び込んだ。

 この道だけが、繋がっているのだ。

 姉さんの待つ――いや、ノヴァの待つ、異界へ。
しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

スパークノークス

おもしろい!
お気に入りに登録しました~

ななこ
2021.08.29 ななこ

ありがとうございます。
最後まで読んでいただけるよう、努力します。

解除
2021.08.26 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

ななこ
2021.08.26 ななこ

ありがとうございます。
面白いと思っていただけるように、日々精進してまいります。

解除

あなたにおすすめの小説

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

最底辺の転生者──2匹の捨て子を育む赤ん坊!?の異世界修行の旅

散歩道 猫ノ子
ファンタジー
捨てられてしまった2匹の神獣と育む異世界育成ファンタジー 2匹のねこのこを育む、ほのぼの育成異世界生活です。 人間の汚さを知る主人公が、動物のように純粋で無垢な女の子2人に振り回されつつ、振り回すそんな物語です。 主人公は最強ですが、基本的に最強しませんのでご了承くださいm(*_ _)m

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

婚約破棄? ではここで本領発揮させていただきます!

昼から山猫
ファンタジー
王子との婚約を当然のように受け入れ、幼い頃から厳格な礼法や淑女教育を叩き込まれてきた公爵令嬢セリーナ。しかし、王子が他の令嬢に心を移し、「君とは合わない」と言い放ったその瞬間、すべてが崩れ去った。嘆き悲しむ間もなく、セリーナの周りでは「大人しすぎ」「派手さがない」と陰口が飛び交い、一夜にして王都での居場所を失ってしまう。 ところが、塞ぎ込んだセリーナはふと思い出す。長年の教育で身につけた「管理能力」や「記録魔法」が、周りには地味に見えても、実はとてつもない汎用性を秘めているのでは――。落胆している場合じゃない。彼女は深呼吸をして、こっそりと王宮の図書館にこもり始める。学問の記録や政治資料を整理し、さらに独自に新たな魔法式を編み出す作業をスタートしたのだ。 この行動はやがて、とんでもない成果を生む。王宮の混乱した政治体制や不正を資料から暴き、魔物対策や食糧不足対策までも「地味スキル」で立て直せると証明する。誰もが見向きもしなかった“婚約破棄令嬢”が、実は国の根幹を救う可能性を持つ人材だと知られたとき、王子は愕然として「戻ってきてほしい」と懇願するが、セリーナは果たして……。 ------------------------------------

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。