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守護精編
51(敵視点・都市長会議)
しおりを挟む暗い室内の中、蝋燭だけが煌々と燃えている。
窓の外を眺めるノヴァはじっと真っ暗な空を見上げていた。
その背後で、グラヴァンが深々と頭を下げる。
「全員やられてしまったようです。……申し訳ありません」
「別によい。これは前夜祭だと言ったのだろう?」
ノヴァは硝子越しにグラヴァンを見つめた。
「まだ続いている」
「?」
「そろそろ、その時がやってくる」
「……始まるのですね?」
「ああ、そうだ」
ノヴァは喉の奥でくつくつと笑う。
「これでいいのだ……グラヴァン、ご苦労だったな」
ふ、と蝋燭を消せば室内は真っ暗になった。
けれどその闇の中でも、ノヴァの目だけは怪しく光っていた。
✯✯✯
「全ての守護精から承諾が得られたと報告を受けました」
都市長会議にて、フレデリックが告げる。
「ご苦労だったな。では早速だが至急レレノアへ精霊の進化を進めるよう伝達を――」
エドモンドがそう告げている最中に、真っ青な鳥が滑空して窓べりに止まった。
レレノアの伝令役として活躍している精霊、ウォルティオだ。
開けろ、と言わんばかりにコンコンコンコン窓を嘴で叩き始めた。
エドモンドが窓を開ければ。
「承諾の件について、進捗状況を伺いに参上した」
そう言いながらすいーっと部屋の中へ入ってきた。
我が物顔で部屋の中を一周し、机の上に着地したウォルティオは堂々と胸を張った。
まるで自分がこの中で一番偉いのだと主張しているかのようだ。
「丁度いいタイミングだな。レレノアへ伝えてくれ。全ての守護精からの承諾を得たため、精霊の進化を行ってくれと」
すると「ひとついいですかな」と手を挙げたのはモリスだった。
「どうした?」
「北都市には天文観測所があるのはご存じでしょう。そこから驚きの報告を受けまして」
「何だ。早く言え」
「ゴホン。では。観測所の職員は定期的に天体の動きの計算をし直すのです。アルゴリズムに間違いがないか、計算通り天体は動いているのか、修正すべきところはあるのかを兼ねて。そこで計算上と現在のズレを修正した上で、再度天体の計算をし直したところ、十数年後だと思っていた日蝕が、三日後であることが判明したのです」
「三日後だと……!? なぜもっと早くわからなかったのだ?」
「その計算自体に数年かかるからです。計算は間違いないでしょう。ですので、日蝕の前に進化をしてもよいものか、少し気になったのです」
エドモンドは深く眉間にしわを寄せた。
「日蝕が三日後……」とダイナが腕を組む。
「困った、南都市の復旧が追い付かないなあ……」とジェイソン。
「マジか、八年前と似たようなことが起こるってことかよ」とバートル。
「闇の勢力も増している。今回は過去の比ではないかもしれない」とガレッドが深刻に呟く。
「じゃあ、精霊の進化はとりあえず保留にした方がいいのかもしれないですね……」とフレデリック。
日蝕が三日後という緊急事態に取り乱す者はいないが、会議室がざわつき始める。
「静粛に。慌てての判断は誤る可能性がある。この世界の未来を左右するのだ、慎重に審議すべきだろう」
そのエドモンドの言葉に、「では、どうなさいますか」とフレデリックが問う。
「ガレッドの言うように、今闇の勢力が増している。であるからして、未来を見据えて精霊の進化の話を進めてきた。だが、その進化のタイミングは日蝕の前にするべきか、それとも後にするべきかというのが問題だ。……私は前回の日蝕のことを踏まえて、今回は精霊を進化し万全の策を取った上で臨みたいと思っているが、みなはどう思うか」
するとジェイソンが手を挙げる。
「進化すれば一時的に世界の光の加護が薄まり、聖域もかなり浄化能力が落ちると前回の会議で聞いたけどねえ、その状態で日蝕を迎えるのは非常に危険なんじゃないかな。前回で地下都市は完全に闇に堕ちたんだ。わざわざ日蝕のタイミングで加護を薄めるようなことをしなくてもいいんじゃないかなあ、と僕は思うね」
「私もその意見には賛成だ」
そう発言したのはガレッドだった。
「今回の日蝕が前回と比べ被害が比にならない可能性がある。進化する前の光の加護の状態でも前回は地下都市が闇堕ちした。今闇の勢力が増大しているため、進化した後の弱まった光の加護の状態ではさらに闇堕ちする都市が増えるのでは?」
「確かに……」と皆が口々にそう呟くが、その中でシリウスが疑問を投げかける。
「日蝕の時は一時的に光の加護は弱まりますよね?」
「……それが?」とガレッド。
「精霊が進化したのちにその代償として平常時の加護は弱まる。進化前でも進化後でも日蝕の時は光の加護が弱まるのだとしたら、加護自体の弱さはさして変わらないのではないのでしょうか? あくまでも僕の考えですが。もしそうであるならば、進化は進めた方が無難でしょう」
シリウスはそうほほ笑む。
「まあ、確かに進化後の加護が弱まるとは、一体どのぐらい弱まるのかはわからないですな」とモリスが顎に手を置く。
「どちらにせよ加護が弱まるならば、私は精霊の進化を進めるべきだと考えます。前回とは違う形で策を取らなければ今回はより甚大な被害になるのではないでしょうか? 例えばですが、光の加護が弱まるとわかっているのであれば、全ての民を避難シェルに避難させ、守りをしやすくするとか」
そうダイナが提案する。
「なるほど。……前回は全騎士、全祈祷師が奔走した。だが、それでも防ぎ切れなかった。だから多くの犠牲が出た」そうエドモンドが告げれば、会議室が沈黙した。
「日蝕の時、スカルの絶対数は増える。だから、こちらも以前よりも勢力の絶対数を増やさねばならない。しかし進化を進めれば浄化能力の落ちた聖域が闇に堕ちる可能性が出てくる。それに準ずる都市もだ」
エドモンドが一呼吸置いて重々しく口を開く。
「皆の不安要素の一番は恐らく聖域とそれに準ずる都市の闇堕ちであると考えている。闇堕ちは聖域の浄化能力を超える闇エネルギーが負荷され続けた場合、浄化能力がなくなることを指す。つまり、日蝕の際、スカル等からの高闇エネルギーを軽減させるために、祈祷師を聖域に配置すべきだと考える。それに、先程ダイナが示したように、民を聖域付近の避難シェルに全員避難させ、騎士をシェルと聖域に配置し徹底的に守ることとするのはどうか」
「確かにそれだったら、騎士が都市の各地に分散することもないから、日蝕の時に特に人も聖域も集中して守りやすくなるねえ」とジェイソンは頷く。
ダイナとエドモンドの示された策に誰も否定する者はいなかった。
みなこの世界を守りたいのだ。
どうすれば守れるのかを必死に考えている。
一人の思考には限界があっても、皆で考え導き出した答えならば、自ずとそれが最善策となる。
「では、勢力の絶対数を増やすために、精霊の進化を進めてもよいな?」
エドモンドの問いにみな頷き、肯定の意を見せた。するとずっと黙って聞いていたウォルティオが翼を広げる。
「決まったようで。私はレレノア様にこれからお伝え申し上げてくる。精霊の進化を首を長くして待つが良い」
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