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守護精編
41(グリゼルダ視点)
しおりを挟む昼食中にグリゼルダは感じたことの無い不快感を全身に感じていた。
一体何だろうと思っていれば、突然怪物が建物を壊して進入してきたのだ。
当時のグリゼルダから見たら、巨人のような体躯だった。
異臭もすごく、近寄れないほどだ。
瞬く間に建物は壊されてゆき、持っていた棍棒でシスターや子どもたちは次々と殺されてしまった。
ぞわぞわと全身が粟立つ。
足がすくんで動けない。
これが……恐怖。
金縛りにあったかのように、その現場を眺めていたグリゼルダに今度は矛先が向いた。
棍棒の餌食になる直前。
「危ねえ!!」
バンクスが横から飛び出してきて、グリゼルダの体を押し倒した。
勢いで壁に衝突したおかげで、目が覚めたかのようにグリゼルダは飛び起きた。
「おい!! バンクス!!」
庇ったバンクスが棍棒の餌食になり、頭と胴が離れ離れになるという悲劇を目の当たりにしてしまった。
「こ……こんなこと……!! 許さない!!」
グリゼルダは咄嗟に台所へ走り、包丁を手にする。
棍棒を振って暴れる怪物に向かって、勢いよく突っ込んだ。
「はああああああああ!!!」
振り下ろされる棍棒を見事に避け、包丁は腹に深く突き刺さった。
この怪物を倒したかった。
死んでしまったシスターや子どもたち、自分を庇ったバンクスのために、自分がこの手でこの怪物を倒したかった。
「やった」
だから倒せたと喜んだ。
が、怪物の腹に包丁を刺すという行為は無意味だと気づく。
見上げれば、そこには何をやっているんだお前、というようにこちらを不思議そうに眺める怪物の顔があった。
咄嗟に逃げようとしたが、棍棒がグリゼルダの側頭部を激打する方が早かった。
「ぐあ!?」
体ごと吹っ飛んで、グリゼルダは壁に激突した。
激突した衝撃で頭が切れた。
血があふれ、額から頬を伝って流れてくる。
意識が朦朧とする中で、目に入ってくる生温かい血液をぬぐい、何とか体を動かそうとすると、体調が悪くて部屋で寝ていたハイゼルが食堂に入ってきた。
「来るな!! 逃げろ!!」
悲惨な現状を目の前にしてハイゼルは、咄嗟にグリゼルダの所へ駆けてきた。
「ハイゼル、何やってるんだ!! 早く逃げろ!!」
「グリゼルダを置いて逃げれるわけないだろ」
近づいてくる怪物など気にしないかのように、ハイゼルはグリゼルダに手を伸ばした。
グリゼルダは手を握ったが、握った手がかなり熱かったのに驚いた。
恐らく高熱があるのだろうけれど、今の状態では彼の体調を気にかける余裕なんてなかった。
グリゼルダは立ち上がってハイゼルと一緒に駆けた。
二人は振り下ろされる棍棒を何とか避けつつ、食堂から飛び出し廊下を走り、怪物の視界から逃れるように部屋へ隠れる。
見つからないように、じっと息を潜め身を縮めた。
遠くの方で破壊音が聞こえる。
あの怪物が暴れているようだ。
近づいてきている様子はないため、グリゼルダは少しだけ安堵した。
「そういえば、バンクスは……?」
荒い息を整えるように、ハイゼルが問う。
「バンクスは私を庇って……」
急に涙があふれそうだった。でも、ここで泣いてはいけない、とグリゼルダは唇をかみしめる。
「……そう、か。逃げて、俺たちだけでも助からないとな」
そう言っているが、ハイゼルはかなりの高熱だ。
それにグリゼルダは頭の出血量が多い。
足にうまく力が入らないし、視界が揺らいでいるように見える。
お互いの状態を配慮する言葉などかけれなかった。
大丈夫か、など聞いたところで、お互いに大丈夫だとしか言えない。
お互いぎりぎりのところで生きているのだ。
配慮できるようになるまでは今この状況を乗り切るしかない。
だがしかし、高熱でおぼつかない足取りのハイゼルと傷を負ったグリゼルダでは到底逃げ切れない。
一体どうすればいいのだ。
今は見つかっていないが、いずれこの孤児院内を探し回っている怪物に見つかってしまうだろう。
そうなれば、二人の命はない。
「ハイゼル、ここじゃないどこかに隠れてやり過ごそう。ここの扉は木で出来ているから、簡単に壊されそうだ」
「……そう、だな」
どこか隠れるところがないか考えてみれば、ふと食糧庫を思いついた。
そこならば、普通の部屋よりも扉は重たいし鍵が内側からかけられる。
ちょっとやそっとの衝撃には耐えられるだろう。
それに食糧があるのはありがたい。
そう思って二人は食糧庫へ移動することに。
けれど、移動したのが間違えだった。怪物が食糧庫に入り込み、食べ物を食い荒らしていたからだ。
「嘘だろ……」
こちらに気づかれないように食糧庫から出ようとしたら、床に落ちていた芋で滑ってグリゼルダは大きく転倒してしまった。
その音で気が付いた怪物がこちらへ近づいてくる。
「くそ……!!」
ハッとしたハイゼルが何かを拾って、グリゼルダに手を差し伸べる。
「早く!!」
手を取り急いで立ち上がったグリゼルダを、ハイゼルは振り回す要領でこの部屋から放りだすように手を離した。
「!?」
グリゼルダは見事に食糧庫から飛び出た。
一体どこからそんな力があったのか。
驚いてハイゼルの方を見れば、ハイゼルに扉を閉められていた。
「ハイゼル!?」
ハイゼルは食糧庫の中で怪物に食い散らかされて空になった棚を倒し、入り口を完全に塞ぐ。
「ハイゼル!? どうして中にいるんだ!?」
入り口が棚でふさがれているためにグリゼルダは扉を開けて中へ入ることもできないし、中で何が起きているのかも知ることができない。
「ハイゼル!!」
扉を叩き壊そうとしても、頑丈すぎて壊れない。
私は外で叫ぶしかできない。一体どうすればいいんだ。
すると、ハイゼルが近くまで来て「グリゼルダ」と呼ぶ。
「グリゼルダ……お前は俺たちの希望なんだ。本当は一緒に騎士にはなりたかった。でも、一番強いお前が騎士にならずして、誰がなるんだよ。だから、お前だけは騎士になれ」
「ハイゼル……? お前だけはって、何だよ!? 競争するんじゃなかったのかよ!? 一緒になるんじゃなかったのかよ!?」
「約束だ」
「ハイゼル!!」
「お願いだ。グリゼルダ……」
はあ、はあ、と荒い息遣いが聞こえる。
彼は相当辛いのだ。
熱があるのにグリゼルダを食糧庫から追い出し、棚を倒して怪物が外へ出ないようにしたんだ。
一体どうしてそうなった。
二人で逃げるんじゃなかったのか。
なぜ。彼は死ななければならないのだ。
なぜ、孤児院の子どもたちやシスターが死ななければならなかったのか。
グリゼルダは扉を叩くのをやめて、拳を握った。
ああ、そうか。
自分がまだ幼く力が無いからだ、と気づいた。
悔しかった。自分は誰も救うことができない。今の自分ではどうすることもできないのだ、と。
だから何も与えることなどできない。与えられてばかりなのだ。
「約束、してくれ」
「約束……」
自分ができることといえば、もはや彼と約束をすることだけなのだ。
そしてその約束を果たすために生きること。
どんな状況の中でも、生き抜かなければ、騎士になるという夢は、約束は果たせない。
それが、今自分にできること。
グリゼルダは震える唇で言葉を紡ぐ。
「わかった……。約束、する」
「ありがとう」
ハイゼルが小さく笑ったのがわかった。
こんな時に、笑わないでくれ。
安心させようとしないで。
それでいいんだと、諦めないでくれ。ハイゼル――。
すると、中から焦げ臭いにおいがし始めた。
火をつけたんだろうとすぐに分かった。
食糧庫の明かりをともすために、マッチが入り口の近くに置いてあったのだ。ハイゼルはそれを先ほど拾っていたようだった。
「おい、ハイゼル!? 何をしているんだ!! 早くそこから出て!!」
「俺は熱があるし、一緒には逃げられないよ。この怪物と、孤児院と、みんなと共に死ぬよ。でも、グリゼルダ、お前は逃げてくれ」
「は!?」
「生きてくれ!!」
煙がもくもくと立ち始め、隙間から食糧庫の中が見えた。
ハイゼルがこちらを向いて笑っていた。
その背後には燃え盛る業火と、棍棒を持った怪物。
ハイゼルはその業火に身を投じ、怪物は彼に向って棍棒を振り下ろさんとしていた。
「ハイゼル――――――――!!!!!!!」
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