182 / 201
守護精編
39(グリゼルダ視点)
しおりを挟むいくつもの小さな水路が滝を成し、いくつもの池へ降り注ぐ。
自然豊かな森の中に、ごつごつとした岩の割れ目がぽっかりと口を開けていた。
覗けば穴はかなり深く広い。
その穴の奥は洞窟になっているのだろう、奥から流れてきた水が穴の底で湖を形成していた。
恐らく東の聖域はこの辺りに間違いは無い。
なぜならば、その入り口から、まさに煙が上がっていたからだ。
敵の襲撃を受けているのだ。敵に襲撃されている場所、そして闇の使者らしき者の出現情報、つまりここが聖域であっている。
目の前のゆらゆらと揺らめく煙の中から、一人の男が跳び出てきた。
屈強な肉体にまがまがしい気配。包丁のような大剣をブンと振り回す。
「壊して、壊して、壊しつくす……」
グリゼルダは眉間に皺を寄せた。
「くさい……」
目の前の男はくさすぎた。
嗅いだことの無い悪臭に、グリゼルダは吐き気がした。
いや、かつて嗅いだことがあるかもしれない。
記憶を手繰るのは難しいが、別に嗅いだことがあるからといって、特に何のメリットも無い。
正直こんなくさい奴とは戦いたくないが。
しかし、ここの聖域に運よく辿り着いたのはまぐれ、ではないのだ。
案内の無線も聞きつつ、自分の直感と運の強さで辿り着いたのだ。
方向音痴などではないことを証明した私は、このくさすぎる敵に尻尾を巻いて逃げるなど、有り得ないのだ。
グリゼルダは臨戦態勢を取り、不適に笑う。
「ふふふ……。残念だったな、クサ男。今日の私は運がいい。だからあんたはここで死ぬ」
言葉を理解できているのかいないのかわからない、クサ男――闇の使者は「壊す、壊す、壊す」と大剣をぶん回してきた。
豪快に地面を削り取った直後、闇の使者が立っていた場所が崩れて彼は下に落ちていった。
「……」
何をしているんだ、あいつは。
グリゼルダが覗き込むようにして見てみれば、頭をぶつけたのか水の中で気を失っている。
「アホだな……。まあいい、トドメを刺すだけだ!!」
飛び降りたグリゼルダは、勢いをつけて体を捻る。
勢いに乗った体が高速で回転しながら落ちてゆき、刃が壁に当たって火花を飛ばす。
伸びている闇の使者の胴体に刃がめり込み、このまま肉を切り裂こうと手に力を入れたが、闇の使者が思いのほか俊敏に飛び起きたため、かすり傷程度となってしまった。
水の量を見極め、グリゼルダはそのまま着地した。
今立っている場所は足首までの水だが、奥にいくにつれて水深が深そうだ。足場には十分気を付けた方がいいな。
「壊す、壊す、壊す壊す壊すああああああああああああああああああああああ!!!」
いきなり叫び声を上げた闇の使者。
グリゼルダはその姿を臨戦態勢で注視する。
すると彼の体の筋肉がぼこぼこと盛り上がり、筋が浮き上がってゆくではないか。
むわっと熱のようなものを肌で感じた直後、途端に爆発的な力が闇の使者から放出され、グリゼルダの体は弾き飛ばされてしまった。
「うわ!?」
強烈な風圧によって、体が壁に叩きつけられる。
まるで重力に押しつぶされるかのように、体が壁に押し付けられて身動きが取れない。
「あああああああああああああああああああああああ!!」
闇の使者は怒号を上げて大剣を振り回し、筋肉から引き絞られた力をグリゼルダに解き放った。
グリゼルダは身動きが取れないために攻撃を防ぐことができない。
水を割りながら強烈な一打がグリゼルダを襲った。
ズガアアン、と豪快に岩壁が破壊されると同時に水しぶきが舞った。
「くそが……!」
なんとか体を捻り攻撃をぎりぎりで避けたグリゼルダだったが、一打の破壊力が強すぎて崩れ落ちてきた岩に巻き込まれてしまった。
全身強打したかのような痛みに耐えながら、岩を退けて立ち上がる。
「油断したが、今度はこっちの番だ」
ぺ、と口の中に入っていた土を吐き出し、剣を構える。
闇の使者の首に照準を当てた。神経を研ぎ澄ませ、ゆっくりと息を吐ききった刹那。
グリゼルダの体が消えた。
刃が光に照らされてまばゆく光るが、しかし、それだけ。
そして獣のようにしなやかで獰猛な剣捌きが、闇の使者を襲った。
間一髪で反応した闇の使者が大剣で応戦する。
体の割りに合わず、思った以上に俊敏だ。
けれどグリゼルダの規則性の無い乱雑で猛々しい攻撃に圧倒されている。
刃の鋭さは言わずもがな、殺意でも身が切れそうだ。
やがてグリゼルダの雄雄しい乱舞は終盤を迎え、闇の使者は湾曲した刃の餌食となる。
「ふん!」
気合の入った一撃で闇の使者の片腕が吹っ飛んだ。
丁度剣を握っている方の腕で、一緒に剣も飛んで地面に突き刺さる。
「お終いだッ!」
高く跳躍したグリゼルダは思いっきり剣を振りぬいた――けれど、闇の使者に素手で剣を掴まれてしまった。
「はあああああああああ!!」
しかしグリゼルダはそのまま手ごと全てを切ってしまおうとぐっと力を込めたが、闇の使者の手の平は硬く微動だにしなかった。
引き抜いて体勢を整えようとしても剣はびくともしない。
一瞬の攻防の末、剣はぐん、と闇の使者に振り回されてグリゼルダは剣ごと地面に叩きつけられそうになったが、手を離し受身を取った。
「鋼鉄の極刑」
棘のような凹凸がついた巨大な鎖がグリゼルダの剣から出てきたかと思えば、それらは軋みながら形を成した。
まるで巨人の手のようで、闇の使者を思いっきり鷲掴む。
「ぐあ」
「握りつぶせッ!!」
ぐっと手に力を入れ、極限まで握りつぶす。
けれどかなり抵抗があるのか、闇の使者の体全体を覆う鎖の手がカタカタ振動し始めた。
何だ、と不意に思った直後。
闇の使者から放出された強烈な圧に耐えられなかった鎖が勢いよく破裂したのだ。
「あああああああああああああああああ!!」
暴風が駆け抜け、手を形作っていた鎖たちはジャラジャラと四方八方へ飛び散って消えた。
「ちっ」
けれど、剣は握られているままだ。
グリゼルダは破裂直後に闇の使者に肉薄し、胴へ回し蹴りを入れた。
ぼこっとへこんだが、大してダメージを与えられている様子ではない。
なるほど、ノックアウトするまで攻撃を入れ続ければいいということか!
「サンドバック、覚悟!!」
グリゼルダの強烈な拳と蹴りは闇の使者の体の各部を粉砕するかの如く。
強打音が穴の中で木霊するが、闇の使者は無反応だった。
「はあ……はあ……」
何なんだ、一体。攻撃しても攻撃しても、ダメージを食らわないのか? どういうことだ?
ぞわりとした不快な感覚が一瞬して、慌ててグリゼルダはバックステップで間合いを取ろうとしたが、ぬるりと動いたように見えた闇の使者の動きは早すぎた。
「な!?」
目で追えず、受身も取れず、完全に意表を突かれてしまった。
「壊す、壊す食べる食べる食べる壊す壊す壊す!!」
突如目の前まで肉薄してきた闇の使者に、がり、とグリゼルダは首元から肩口までを噛み切られてしまった。
「ぐあああ……!!」
ぼたぼたぼたと大量の血があふれ出し一瞬にして気を失いそうだったが、既視感を覚えたグリゼルダはなんとか意識をつなぎとめた。
「そうか……どこかこのくさい臭いを嗅いだことあると思ったら……」
自身の手に付いた血の臭いと、この闇の使者のくさい臭い。
混ざり合った不快な臭いを嗅いで、脳の奥から鮮烈な記憶が蘇ったのだ。
目の前に居る闇の使者をギロリと睨み見据える。
「貴様、私の家族を皆殺しにしたスカルだな」
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
魔境へ追放された公爵令息のチート領地開拓 〜動く屋敷でもふもふ達とスローライフ!〜
西園寺おとば🌱
ファンタジー
公爵家に生まれたエリクは転生者である。
4歳の頃、前世の記憶が戻って以降、知識無双していた彼は気づいたら不自由極まりない生活を送るようになっていた。
そんな彼はある日、追放される。
「よっし。やっと追放だ。」
自由を手に入れたぶっ飛んび少年エリクが、ドラゴンやフェンリルたちと気ままに旅先を決めるという物語。
- この話はフィクションです。
- カクヨム様でも連載しています。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!

お母さんに捨てられました~私の価値は焼き豚以下だそうです~【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公リネットの暮らすメルブラン侯爵領には、毎年四月になると、領主である『豚侯爵』に豚肉で作った料理を献上する独特の風習があった。
だが今年の四月はいつもと違っていた。リネットの母が作った焼き豚はこれまでで最高の出来栄えであり、それを献上することを惜しんだ母は、なんと焼き豚の代わりにリネットを豚侯爵に差し出すことを思いつくのである。
多大なショックを受けつつも、母に逆らえないリネットは、命令通りに侯爵の館へ行く。だが、実際に相対した豚侯爵は、あだ名とは大違いの美しい青年だった。
悪辣な母親の言いなりになることしかできない、自尊心の低いリネットだったが、侯爵に『ある特技』を見せたことで『遊戯係』として侯爵家で働かせてもらえることになり、日々、様々な出来事を経験して成長していく。
……そして時は流れ、リネットが侯爵家になくてはならない存在になった頃。無慈悲に娘を放り捨てた母親は、その悪行の報いを受けることになるのだった。

孤児院で育った俺、ある日目覚めたスキル、万物を見通す目と共に最強へと成りあがる
シア07
ファンタジー
主人公、ファクトは親の顔も知らない孤児だった。
そんな彼は孤児院で育って10年が経った頃、突如として能力が目覚める。
なんでも見通せるという万物を見通す目だった。
目で見れば材料や相手の能力がわかるというものだった。
これは、この――能力は一体……なんなんだぁぁぁぁぁぁぁ!?
その能力に振り回されながらも孤児院が魔獣の到来によってなくなり、同じ孤児院育ちで幼馴染であるミクと共に旅に出ることにした。
魔法、スキルなんでもあるこの世界で今、孤児院で育った彼が個性豊かな仲間と共に最強へと成りあがる物語が今、幕を開ける。
※他サイトでも連載しています。
大体21:30分ごろに更新してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる