170 / 201
守護精編
27(ヨハン視点)
しおりを挟む光の中。
ヨハンは夢を見ていた。
世界をキャンバスにおさめる旅。
雄大な自然、静かな湖畔。
生命力溢れる森に、ひっそりと潜む生き物。
活気のある街や、見つかることのない廃墟。
私の手はありとあらゆる場所を描き写した。
キャンパスへ命を吹き込むのと同時に、キャンパスが私にも命を吹き込むの。
躍動感溢れる私の風景画は、美術館館長の目に留まって個展を開くことになった。
個展は成功した。
多くの人たちに見てもらえることが、絵たちにとってもとてもいいことだった。
アトリエを持って、画廊を開かないかと話を持ちかけられたが、私は断って再び旅に出た。
世界を巡ってその場でしか得られない世界を描くのだ。
それが、私の描きたい絵。
各地を巡っていたある日、突然指に力が入らなくなった。
でも、それも次の日には治っていた。私は大して気にしなかった。
でもそれが絶望への扉だとは知らず。
数ヵ月後、西都市で街並みを描いていた時に、再び指に力が入らなくなる。
筆が地面に落ちた。
おかしいと思って筆を取ろうと前かがみになったとき、足が上手く動かなくてバランスを崩して倒れこんでしまった。
三脚に当たった衝撃でキャンバスが上から降ってきて、運悪く頭に直撃し、私は意識を失った。
気づけば病院にいた。
医師の診断は驚愕すぎて、ほとんど覚えていない。
なんせ、徐々に体の筋肉が動かなくなる病気らしかったからだ。
手にはほとんど力が入らなくなっていた。筆が持てないのだ。
絶望した。
もう、絵が描けなくなってしまったなんて。
私は入院することになった。
投薬し、病気の進行を遅らせるらしかったが、改善することはないらしい。
キャンバスを部屋に準備してもらい、口に筆を加えて描いた。
でも、思うようには使えない。
すぐに口から落ちてしまう。
青い絵の具が、涙のように布団に染み付いた。
私は病院から、現実から、逃げるように走った。
まだ走れる。
まだ呼吸ができる。
まだ、足は動く。
動く、のに。
手が動かない。
絵が、描きたい。
走り続けたら聖域にたどり着いた。
一回だけ西都市の聖域は描いたことがあった。
でも、中へ入ったことはなかった。
そのため、私はゆっくりと聖域に入り込んでみた。
そこでオリヴィアと出会ったのだ。
出窓に腰掛けている少女。
どこかをぼんやりと眺める少女に、私は見とれてしまった。
美しい造形はまるでガラス細工。
触れれば壊れてしまいそうだ。
彼女の一瞬一瞬をキャンバスにおさめたい衝動に駆られたが、手の動かない私には無理な話だった。
私には居心地のいい場所だった。
音も何も聞こえない、静かな場所。
彼女ははじめ私を警戒したが、ただ話さずその場にいる私にいつの間にか慣れたようだ。
『これ、あげる』
『何、これ』
私はオリヴィアにオルゴールを手渡した。
お守りのように自分が持ち歩いていたものだ。
早くに両親を亡くした私の思い出の品だった。
もう自分で回すこともできないし、いずれここに来れなくなるのは目に見えていた。
だから、ここに少しばかりでも居させてくれたオリヴィアへのお礼と、私がこのオルゴールを誰かに大事に持っていて欲しいという想いから、私はオリヴィアに渡したのだ。
『そのネジを回してみて』
『この箱、音、鳴るの?』
『それ、オルゴールっていうの。音が鳴るよ』
するとオリヴィアは恐る恐る箱の横のネジをゆっくりと回し始めた。
カチカチカチと響き渡る音が止まれば、柔らかい音が流れてきた。
『これ、東都市の小さな街の民謡なの。子守唄とかでよく歌われる曲。私の思い出の曲』
『すごい……』
目をきらきらさせてオルゴールを見つめるオリヴィアはなんだか可愛らしかった。
まだしばらく体が動きそうだったから、私は聖域に通った。
一緒に出窓に腰掛けて、オルゴールの曲を口ずさむ。
じっとこちらを見る視線を感じて、私は歌うのをやめた。
オリヴィアと目が合って笑った。
『ねえ。この場所だけ、世界が止まっているみたいね』
時間、止まらないかな。
体が、動かなくなることが、怖い。
息が、出来なくなることが、怖い。
絵が、描けないことが、哀しい。
いつか、まぶたも開けられなくなるのだろう。
この世界がキャンバスの中だったら、どれほどいいだろうか。
時間の止まった世界で、私は生きられたらいいのにな……。
『いつか、オリヴィアに絵を贈りたい』
『絵?』
『そう。あなたの、絵』
『私の、絵……。楽しみに、してる』
心の底から彼女との絵が描きたいと思った。
自分とオリヴィアの出会った証を残したいと思った。
でも、私には時間が残されていなかった。
翌日、私の体はついに動かなくなってしまった。
ベッドから起き上がることもできない。
寝返りを打つこともできない。
急に状態が悪化してしまったのだ。
悪い冗談だと思ったけれど、現実だった。
私は、絶望した。
ただ病室の窓から空を見上げる日々を送った。
何年経ったのか、わからない。
でも、私には数千年経ったような気がしていた。
そんなときに、グラヴァンが現れた。
『体の自由を君にあげよう。願いを叶えるんだ。自分の手で、ね』
私は、迷わずスカルになった。
オリヴィアの絵を描いて、オリヴィアに贈るために。
光にかき消されながら、ヨハンは思う。
私の、夢、叶うかな。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説

転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~
名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
婚活したい魔王さま(コブつき)を、わたしが勝手にぷろでゅーす! ~不幸を望まれた人質幼女が、魔王国の宝になるまで~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
人間の国の王女の一人だったリコリス(7歳)は、王妃さまの策略により、病死した母(側妃)の葬儀の後すぐに、残忍な魔族たちの住まう敵国・魔王国に人質代わりに送られてしまった。
しかしリコリスは悲観しない。お母さまのようなカッコいい『大人のレディー』になるべく、まだ子どもで非力な自分がどうすれば敵国で生きて行けるかを一生懸命に考え――。
「わたしが王さまをモッテモテにします!!」
お母さま直伝の『愛され十か条』を使って、「結婚したい」と思っている魔王さまの願いを叶えるお手伝いをする。
人間の国からきた人質王女・リコリス、どうやら『怠け者だった国王を改心させた才女』だったらしい今は亡きお母さまの教えに従い、魔王様をモッテモテにするべく、少し不穏な魔王城内をあっちこっちと駆け回りながら『大人のレディ』を目指します!!
※カクヨムで先行配信中です。

弱いままの冒険者〜チートスキル持ちなのに使えるのはパーティーメンバーのみ?〜
秋元智也
ファンタジー
友人を庇った事からクラスではイジメの対象にされてしまう。
そんなある日、いきなり異世界へと召喚されてしまった。
クラス全員が一緒に召喚されるなんて悪夢としか思えなかった。
こんな嫌な連中と異世界なんて行きたく無い。
そう強く念じると、どこからか神の声が聞こえてきた。
そして、そこには自分とは全く別の姿の自分がいたのだった。
レベルは低いままだったが、あげればいい。
そう思っていたのに……。
一向に上がらない!?
それどころか、見た目はどう見ても女の子?
果たして、この世界で生きていけるのだろうか?

勇者召喚おまけ付き ~チートはメガネで私がおまけ~
渡琉兎
ファンタジー
大和明日香(やまとあすか)は日本で働く、ごく普通の会社員だ。
しかし、入ったコンビニの駐車場で突如として光に包まれると、気づけば異世界の城の大広間に立っていた。
勇者召喚で召喚したのだと、マグノリア王国の第一王子であるアルディアン・マグノリアは四人の召喚者を大歓迎。
ところが、召喚されたのは全部で五人。
明日香以外の四人は駐車場でたむろしていた顔見知りなので、巻き込まれたのが自分であると理解した明日香は憤りを覚えてしまう。
元の世界に戻れないと聞かされて落ち込んでしまうが、すぐにこちらで生きていくために動き出す。
その中で気づかなかったチート能力に気づき、明日香は異世界で新たな生活を手に入れることになる。
一方で勇者と認定された四人は我がままし放題の生活を手にして……。
※アルファポリス、カクヨム、なろうで投稿しています。

金喰い虫ですって!? 婚約破棄&追放された用済み聖女は、実は妖精の愛し子でした ~田舎に帰って妖精さんたちと幸せに暮らします~
アトハ
ファンタジー
「貴様はもう用済みだ。『聖女』などという迷信に踊らされて大損だった。どこへでも行くが良い」
突然の宣告で、国外追放。国のため、必死で毎日祈りを捧げたのに、その仕打ちはあんまりでではありませんか!
魔法技術が進んだ今、妖精への祈りという不確かな力を行使する聖女は国にとっての『金喰い虫』とのことですが。
「これから大災厄が来るのにね~」
「ばかな国だね~。自ら聖女様を手放そうなんて~」
妖精の声が聞こえる私は、知っています。
この国には、間もなく前代未聞の災厄が訪れるということを。
もう国のことなんて知りません。
追放したのはそっちです!
故郷に戻ってゆっくりさせてもらいますからね!
※ 他の小説サイト様にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる