騎士ですが正直任務は放棄したいです

ななこ

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守護精編

27(ヨハン視点)

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 光の中。

 ヨハンは夢を見ていた。

 世界をキャンバスにおさめる旅。

 雄大な自然、静かな湖畔。

 生命力溢れる森に、ひっそりと潜む生き物。

 活気のある街や、見つかることのない廃墟。

 私の手はありとあらゆる場所を描き写した。

 キャンパスへ命を吹き込むのと同時に、キャンパスが私にも命を吹き込むの。

 躍動感溢れる私の風景画は、美術館館長の目に留まって個展を開くことになった。

 個展は成功した。

 多くの人たちに見てもらえることが、絵たちにとってもとてもいいことだった。

 アトリエを持って、画廊を開かないかと話を持ちかけられたが、私は断って再び旅に出た。

 世界を巡ってその場でしか得られない世界を描くのだ。

 それが、私の描きたい絵。

 各地を巡っていたある日、突然指に力が入らなくなった。

 でも、それも次の日には治っていた。私は大して気にしなかった。

 でもそれが絶望への扉だとは知らず。

 数ヵ月後、西都市で街並みを描いていた時に、再び指に力が入らなくなる。

 筆が地面に落ちた。

 おかしいと思って筆を取ろうと前かがみになったとき、足が上手く動かなくてバランスを崩して倒れこんでしまった。

 三脚に当たった衝撃でキャンバスが上から降ってきて、運悪く頭に直撃し、私は意識を失った。

 気づけば病院にいた。

 医師の診断は驚愕すぎて、ほとんど覚えていない。

 なんせ、徐々に体の筋肉が動かなくなる病気らしかったからだ。

 手にはほとんど力が入らなくなっていた。筆が持てないのだ。

 絶望した。

 もう、絵が描けなくなってしまったなんて。

 私は入院することになった。

 投薬し、病気の進行を遅らせるらしかったが、改善することはないらしい。

 キャンバスを部屋に準備してもらい、口に筆を加えて描いた。

 でも、思うようには使えない。

 すぐに口から落ちてしまう。

 青い絵の具が、涙のように布団に染み付いた。

 私は病院から、現実から、逃げるように走った。

 まだ走れる。

 まだ呼吸ができる。

 まだ、足は動く。

 動く、のに。

 手が動かない。

 絵が、描きたい。

 走り続けたら聖域にたどり着いた。

 一回だけ西都市の聖域は描いたことがあった。

 でも、中へ入ったことはなかった。

 そのため、私はゆっくりと聖域に入り込んでみた。

 そこでオリヴィアと出会ったのだ。

 出窓に腰掛けている少女。

 どこかをぼんやりと眺める少女に、私は見とれてしまった。

 美しい造形はまるでガラス細工。

 触れれば壊れてしまいそうだ。

 彼女の一瞬一瞬をキャンバスにおさめたい衝動に駆られたが、手の動かない私には無理な話だった。

 私には居心地のいい場所だった。

 音も何も聞こえない、静かな場所。

 彼女ははじめ私を警戒したが、ただ話さずその場にいる私にいつの間にか慣れたようだ。

『これ、あげる』

『何、これ』

 私はオリヴィアにオルゴールを手渡した。

 お守りのように自分が持ち歩いていたものだ。

 早くに両親を亡くした私の思い出の品だった。

 もう自分で回すこともできないし、いずれここに来れなくなるのは目に見えていた。

 だから、ここに少しばかりでも居させてくれたオリヴィアへのお礼と、私がこのオルゴールを誰かに大事に持っていて欲しいという想いから、私はオリヴィアに渡したのだ。

『そのネジを回してみて』

『この箱、音、鳴るの?』

『それ、オルゴールっていうの。音が鳴るよ』

 するとオリヴィアは恐る恐る箱の横のネジをゆっくりと回し始めた。

 カチカチカチと響き渡る音が止まれば、柔らかい音が流れてきた。

『これ、東都市の小さな街の民謡なの。子守唄とかでよく歌われる曲。私の思い出の曲』

『すごい……』

 目をきらきらさせてオルゴールを見つめるオリヴィアはなんだか可愛らしかった。

 まだしばらく体が動きそうだったから、私は聖域に通った。

 一緒に出窓に腰掛けて、オルゴールの曲を口ずさむ。

 じっとこちらを見る視線を感じて、私は歌うのをやめた。

 オリヴィアと目が合って笑った。

『ねえ。この場所だけ、世界が止まっているみたいね』

 時間、止まらないかな。

 体が、動かなくなることが、怖い。

 息が、出来なくなることが、怖い。

 絵が、描けないことが、哀しい。

 いつか、まぶたも開けられなくなるのだろう。

 この世界がキャンバスの中だったら、どれほどいいだろうか。

 時間の止まった世界で、私は生きられたらいいのにな……。

『いつか、オリヴィアに絵を贈りたい』

『絵?』

『そう。あなたの、絵』

『私の、絵……。楽しみに、してる』

 心の底から彼女との絵が描きたいと思った。

 自分とオリヴィアの出会った証を残したいと思った。

 でも、私には時間が残されていなかった。

 翌日、私の体はついに動かなくなってしまった。

 ベッドから起き上がることもできない。

 寝返りを打つこともできない。

 急に状態が悪化してしまったのだ。

 悪い冗談だと思ったけれど、現実だった。

 私は、絶望した。

 ただ病室の窓から空を見上げる日々を送った。

 何年経ったのか、わからない。

 でも、私には数千年経ったような気がしていた。

 そんなときに、グラヴァンが現れた。

『体の自由を君にあげよう。願いを叶えるんだ。自分の手で、ね』

 私は、迷わずスカルになった。

 オリヴィアの絵を描いて、オリヴィアに贈るために。

 光にかき消されながら、ヨハンは思う。

 私の、夢、叶うかな。
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