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守護精編
24(ブリジット視点)
しおりを挟むあれは暑い夏の日だった。
『大きくなったら、何になりたいの?』
幼馴染のアントニオがアイスを頬張りながらブリジットに問う。
『もちろん決まっているじゃない! かわいい私はアイドルになるのよ!』
ブリジットの家の庭にある、木で作られた二人乗りブランコを幼い二人はゆっくりとこぎながら、ソーダ味のアイスを食べていた。
『あいどる?』
『そうよ! アイドル!』
『ふーん。頑張ってね』
『ええ! あ、そうだわ! 歌を考えたの。見て見て!』
そう言って私がブランコから降りて、アントニオに見せようと必死で考えていた歌を披露していたときだった。
空から小鳥がゆっくりと舞い降りてきて、地面に横たわった。
なんだろうと思い覗き込めば、小鳥は怪我をしているようで、体から血が出ていたのだ。
アントニオに見せようと私は徐に手に持った。
『ア、アントニオ……! 小鳥さんから血が……!!』
小鳥の血はべっとりと私の手をぬらしてゆく。
そのときに心臓が激しく脈打った。
なぜかわからないけれど、血に触れてとても気分が高揚していくのを感じたのだ。
そしてそれを味見したくなって、手に付いた血を徐にペロッと舐めてみた。
体を痺れるような感覚が駆け巡り、自然と笑みがこぼれる。
『アントニオ、美味しい』
『何してるんだ! そんなの舐めたら死んじゃうよ! 小鳥なんて捨てて手を洗いに行こうよ!』
怖い顔をしたアントニオが小鳥を私の手から弾き落とし、汚れた手を掴む。
『いや! 離して!』
『ブリジット! お願いだから手を洗って!』
庭で騒がしくしていることに気がついた父が『どうしたんだ』と怪訝そうに家から出て来て、私の表情とその手のひらを見て青白い顔をした。
その表情は今でも覚えている。
私はどうやら血に興奮する性質があるようで、これは代々私の家の女の遺伝子に受け継がれているらしかった。
そしてこの性質が目覚めてしまったら、騎士にならなければならないという古くからの決まりごとがあるということも、そのときに初めて知った。
私の家では祖母がそうだったらしい。
祖母の息子である父は二人兄弟であったためにその遺伝子は覚醒しなかったようで、孫である私はしっかりとその遺伝子を受け継いでいた。
たまたま出血した自分の血を見ても興奮し、事故で倒れている人を見ても興奮した。
血を見て舐めたりするのはまだましだったけれど、自分の体に刃物を突き刺してさらに出血させる事態になることがまれにあった。
だから、私は普通に学校に通えなかった。
自傷行為での出血で入院したとき、お見舞いに来た祖母は静かに言った。
『だから騎士になって、あなたはスカルの血を浴びて満足するしか解決策が無いのよ』
ああ、そっか。
私は理解した。
古くからの決まりごとで騎士にならなければならないというのは、騎士にならなければ自分をこの遺伝から守れないから、なのかもしれない。
『……』
私は抗えない自分の性質に、深く絶望した。
私の夢は、アイドルになること。
なのに、どうして。どうして。どうして。どうしてなれないの……!
そんな時、アントニオがお花を持ってお見舞いに来てくれた。
『調子は……あんまりよくなさそうだね』
『……ええ』
『ねえ、ブリジット。僕ね、いいこと思いついたんだ』
『……何?』
『だから、ブリジットはアイドルを目指せれるよ』
優しい顔でそう言うアントニオに、私はカッと頭に血が上った。
『どうしてそんなことを簡単に口にするの!? そんな事言ったって、何の慰めにもならないわ!! 本当、いい加減なこと言わないで!』
ぐっと拳を握り締める。
爪が食い込んでじわ、と血がにじみ出てきたのがわかった。
この微量の血でもカラカラになった喉を潤したい衝動に駆られる。
その衝動を必死に抑えているのに、簡単にアイドルになれるなんて言って欲しくなかった。
いきなり怒鳴った私に、アントニオはちょっとびっくりした表情を浮かべていたけれど、ゆっくりと微笑む。
そして私の握り締めている手をアントニオは自身の手で優しく包みこんだ。
『いい加減じゃない。慰めようと思って言ったわけでもない。これは僕からの提案なんだ』
『……提案?』とブリジットは怪訝そうに眉根を寄せる。
『ブリジットは騎士になる。だからといってアイドルを諦めなくてもいいと思う。ブリジットは騎士アイドルを目指せばいいんじゃないかな?』
『……何よ、それ』
『歌って踊って、人々をスカルから守る、そんなアイドル。アリだと思わない?』
『歌って踊って、人々をスカルから守る……そんなアイドル……』
口にしたら、想像が一気に膨らんだ。
歌って踊って、人々をスカルから守る、そんなアイドル。
『素敵……』
夢を、諦めなくていい。
不意に涙が溢れてきた。
すると、アントニオが優しく抱きしめる。
アントニオの腕の中はとても温かかった。
『でしょ? かわいいブリジットを騎士だけにとどめておくのはもったいないからね』
そう言って優しく笑うアントニオ。
ブリジットはぎゅっと彼を抱きしめた。
『……アントニオ』
『何?』
『……なんでもないわ』
ゆっくりと体を離し、アントニオはにこっと笑った。
『そ? まあ、ブリジットには、笑顔が一番似合うからね』
ああ。
その笑顔は私の目の前にある道を光り照らしてくれたような気がした。
✯✯✯
変なこと思い出しちゃった……。
そういえば、まだアントニオにあのときのお礼を言ってなかったわ。
あの場ではなんだか恥ずかしくって言えなかったのよね。
ちゃんとお礼を言わなきゃね。
握りつぶされている手の中で、ブリジットの手がピクリと動く。
ああ、血のにおいがする。
ときめいちゃうわ……!
本当に、私は躍る血飛沫騎士アイドル。
「ふふふ……」
もっと、踊りたいと体がうずく。
もっと、歌いたいと喉が笑う。
もっと血が欲しいと心が叫ぶ。
そうよね。
ここで騎士アイドルを卒業するなんてありえない!
「血壊の乱舞!」
ブリジットの声に反応するように、動きを封じようと巨人の手はさらに圧を加える。
途端にブシャッと血が飛び散り、辺りは血で濡れた。
巨人の手の中には血しかなく、ブリジットの姿がなかった。
潰したとしても肉片が残るはずだと、巨人は辺りを見渡せば。
「♪毎日きゅんきゅん あなたにきゅんきゅん 私はいつもトキメキ☆パラダイス」
歌がどこからともなく聞こえてきて、いきなり血溜りからブリジットが姿を現しナイフを振るう。
巨人の腕を斬りおとし、一瞬で血溜りへと消える。
今度は飛び散った血から姿を現し、首を掻っ切った。
「♪きらきら輝く私のハートは LOVE&PEACE LOVE&LOVE」
けれどそれは高速で止まることを知らない。
さらに足、胴、顔、肩、背。数箇所切り刻んでゆく。
血飛沫のごとく鮮やかな動きは大振りな巨人の動きでは捕らえることができない。
巨人はあっという間に抵抗むなしく崩れ果てた。
「♪この想いも 時間も止められないわ 真っ直ぐにあなたを射抜く 私のあっつぅーいハートでね」
今度は逃げるヨハンの背後に現れて、心臓へ一突きした。
「う……」
「アイドルはみんなに希望を与えるの。夢を叶える力を。生きる力を。そして夢を叶えるお手伝いをするのも、アイドルの仕事」
ヨハンには筆を握る力がもうない。
手からゆっくりと零れ落ちた。
それを見たブリジットは少しだけ胸が痛んだ。
「夢を叶える方法は一つじゃない。ねえ、あなたはどんな夢を叶えたかったのかな?」
こぽ、とヨハンの口から血が零れる。
「私は……私は……」
ブリジットのナイフから光りが溢れてきた。
濡れた血が花びらのようにはがれ出して、空へ舞う。
血の花びらが光りを生み出す。
「絵を……たかった」
必死で紡いだ言葉に、ブリジットは唇を噛んだ。
「そう……。あなたの夢が叶いますように。血花弁の輝道」
それらがカッとブリジットとヨハンを明るく照らした。
すると包んでいた世界が大きく揺れてはがれてゆく。
全てが光りにとけていった後、世界は元に戻った。
気づけば、ブリジットの足元に一枚の絵画が置かれていた。その絵を拾い、埃を払う。
「あなたの夢、私が叶えてあげるわ。なんていったって」
ブリジットはゆっくりと笑った。
「私はアイドルだから」
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