騎士ですが正直任務は放棄したいです

ななこ

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守護精編

23(ブリジット視点)

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 ナイフが聖域内を凄まじい勢いで飛ぶ。

 まるでヨハンの目を潰す勢いだ。

 しかし微動だにしないヨハンが新しく生み出したキャンパスに何かを描いてゆけば、ヨハンの前に壁が現れナイフが弾かれた。

 ブリジットが力強くアクロバットに跳躍し、キャンパスを覗きながら奥の出窓に着地して、もう一振り。

「へえ、キャンパスに描いたらそれを現実世界に出すこともできるんだ! 面白ーい!」

 ヨハンはナイフをかわしつつ床へ降りた。

「って、あれ?」

 ブリジットが周囲を見渡せば、景色が絵画調になっていることに気がつく。

「自分も込みで閉じ込めたってところね、なるほど……」

 ブリジットから遠ざかるようにして駆けるヨハンの後姿を見て、にんまりと笑う。

「でも、残念ね。そんなんじゃ、このかわいい私からは逃げられないわよ?」

 ブリジットがゆっくりと床へ舞い降り、そして天井を見上げた。

 シャンデリアが自分を照らしている。

 それはまるで自分だけを照らすスポットライト。

 ブリジットは想像した。

 この世界の人間が私を見ている。

 私を待つ熱視線を感じる。

 歓声が聞こえる。

 そして私の歌う曲の前奏も。

「さあ、私のステージが始まるわ。聞いてね。あなたにトキメキ☆パラダイス」

 にんまりと笑った。

「♪毎日きゅんきゅん あなたにきゅんきゅん 私はいつもあなたにトキメキ☆パラダイス~」

 ブリジットは一気に力を込めて前へ飛翔。

 けれど、ざああ、といきなり木が生えてきて視界を悪くする。

 それでもブリジットは物凄いスピードで前進してゆく。もちろん歌いながら。

「♪いつも目が覚めて思うの 今日もハッピーラッキー いいことたくさん起こるといいな」

 突如、真横から獣が牙を剥いてきたが、なんのその。

 躊躇なくナイフを投げつければ、目にも留まらぬ速さで獣の目に突き刺さった。

 悶える獣の隙を付き、ブリジットは木々を蹴って獣の頭上へ舞い上がった。

 両手にナイフを持ち、獣に向かって体を高速回転させて肉を断つ。

 血飛沫が歓声の如く舞い上がる。

「♪いつもあなたに会えたら感じるの 今日もウルトララッキー あなたにうーんと近づけるといいな」

 ブリジットは姿勢を整えて何事も無かったように地面に降り立ち、ふと自分の体を見た。

 先ほどの獣の返り血が服にべったりとついていたのに驚く。

 それをそっと指でなぞる。

「……ああ、血だわ。ドキがムネムネしてきて、俄然燃え上がるわね!」

 ニッと口角が上がり、眼光鋭く前を見定める。

 気配がしない。

 おそらくヨハンは木々に隠れるようにして息を潜めているのだろう。

 隠れても無駄。私の刃からは逃げ切れないのよ。

 そしてブリジットは再び歌い出す。

「♪学校でも 街角でも (トゥクントゥクン) おとぎ話の中でも 世界の果てでも (トゥクントゥクン)」

 風のように木々を渡り、ヨハンを探る。そのしなやかな動きはまさに踊っているようだ。

 やがてブリジットは、こちらを警戒しながらひたすらキャンバスに絵を描いているヨハンの姿を見つけた。

 次は一体何が飛び出てくるのか楽しみだけど、待ってあげるほど私は優しくないのよ。

「♪半径500メートル以内で妄想膨らむパラダイス 半径1メートル以内で心臓が飛び出ちゃうほどあなたにトキメキ感じて~」

 一瞬でヨハンの目の前に姿を見せたブリジットが真顔で大きく振りかぶる。

「♪この想い届いて~!!」

「怖っ!」

 ナイフを振り抜いた衝撃でキャンバスが弾き飛ばされる。

 咄嗟に避けたヨハンは、避け切れたと思った。

 が、ブリジットのナイフは突き立っていた。

 先ほどまで短かったナイフではない。

 倍ほど長さのあるナイフが、ヨハンの肩に深く突き刺さっているのだ。

「う……」

「驚いた? 私のナイフは長さが変わるの。ねえ、もう鬼ごっこはおしまいにしましょ? 楽しかったでしょ?」

「……ない」

「?」

「まだ私は死なない……!」

 ヨハンが筆を倒れているキャンパスに投げつけた。

 無駄な足掻きを、とブリジットが筆からヨハンへ視線を向ければ、ヨハンは薄く笑っていた。

「私には夢があるの。叶えるまで死ねない。こんなところで邪魔なんてされたくないわ」

「……あなた、何を言っているの?」

 筆が見事に線を描いた直後に、周りの木々が成長、合体し、巨人となってブリジットを鷲掴む。

「きゃっ」

 ブリジットはどうにか手から逃げようとナイフを突き立てるが、枝が硬すぎて切れない。

「何不自由なく体が動いて、今を生きられる人間が、私から絵を描くことを奪わないで!」

 ヨハンの叫びに呼応するように巨人が思いっきりブリジットを握りつぶす。

「うあ゛あ゛あ゛!!」

 物凄い圧だ。

 身動きが取れない。この手の中から逃げられない。

 ああ、ヤバい。

 そう思った次の瞬間、ごく、と骨の折れる音が響いた。

 ブリジットの持っていたナイフが手から滑り、こつん、と哀しげに床に落ちた。
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