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守護精編
7(上官騎士招集)
しおりを挟む南都市と東都市の境目の林。
目の前から屈強な人体が棍棒を持ち迫ってくる。
頭は無く、黒ずんだ体は異臭を放つ――まさしくスカル。
スカルを見て怯える少女に向かってスカルは棍棒を振り上げた。
「助けて!!」
怯える少女は棍棒でつぶされたかと思いきや、ズバアアアアン、と衝撃音が響いて棍棒が弾けとんだ。
がら空きの肉体に、颯爽と現れた騎士の蹴りが打ち込まれた。
腹がめり込んでスカルの全身に衝撃がいきわたり、メキメキメキと節々のちぎれる音がした。
その直後、スカルの背から衝撃が抜けると同時に体が吹っ飛んだ。
「ふん」
騎士は上げていた片足をゆっくりと地面につける。
騎士の姿は筋肉のついた引き締まった体に、美しい白髪の髪。
鋭い豹のような瞳はスカルの存在を確認するように左右に動く。
気配が消えた事を確認した騎士は背後で怯える少女に手を差し伸べた。
「おしゃれ帽子、もう大丈夫だ、安心しろ」
「あ、ありがとうございます……」
おしゃれ帽子とは一体何のことだろうと、少女は首を傾げながらお礼を口に出す。
もしかして被っている帽子のことだろうかと思ったが聞くのも憚られるので、少女は頭を下げてその場から逃げ出した。
「走れる元気があるならいい」
すると遠くの方で起き上がったスカルがこちらへ急接近してき、再び棍棒を振り上げて攻撃してきた。
その気配を肌で感じ、振り向きざまに剣を振るおうとしたら。
スカルの腹からいきなり細い剣が覗き出た。
「蝕め、沈鬱な影」
細い剣からスカルの全身に黒い影が躍り出る。
影がスカルを包み込み、ボロボロボロと分断されてスカルが肉塊のような塊になったかと思えば、掻き消えるように風に吹かれて消え去った。
「あれ……グリゼルダさん。君がいたなら、別に倒さなくてもよかったかなぁ」
現れたのは痩身で前髪の長い幸薄そうな男。
上官騎士――カーティス。
「珍しいな。上官騎士同士、現場で会うとは」
「……そうだねぇ。じゃ」
足早にどこかへ行こうとしているカーティスに、グリゼルダが肩を掴んで無理やり足を止めさせる。
「おい、前髪」
「それって僕のこと?」
「ここにお前以外誰がいる」
「グリゼルダさん、コードネームじゃなくて僕のことは普通に名前で呼んでくれていいよ」
「……………」
「わからないなら、そのまま前髪でいいけど」
「おい、前髪」
あ、やっぱりわからないんだ。僕、存在感薄いからなぁ……とカーティスは目じりを下げて笑う。
「で、何かなぁ?」
「都市長会議に呼ばれた。お前もだろ?」
「うん……。恐らく呼ばれたのは上官騎士全員だと思うよ」
「これから行くんだろ?」
「うん。まあ、向かってる最中だけど……」
「そうか、なら都合がいい」
「?」
「中央都市の本部会議室ってどこだ」
そういえば、この人方向音痴だった、とカーティスは困ったように笑った。
✯✯✯
中央都市――セントラル。駅のホームにて、美女が少女に猛スピードで駆け寄る。
「きゃー!! ブリジットちゃん、久しぶり! あなたいつ見てもキュートね」
「わ!」
美女が小柄な少女を背後から抱きしめる。
少女の波打つ深紅の髪から愛らしい顔が覗いた。
「なんだ、あなたか。びっくりしたあ~。でも、ありがとう。うふふ。だって私、世界で一番かわいいから」
うふふ、と子悪魔のように笑う上官騎士――ブリジットに美女は体をくねらせた。
「いいわねえ、その自意識過剰な感じ、大好きよ!」
「ありがと。もう本部に行くでしょ?」
「え!? 何言ってるのよ~! 久しぶりにセントラルに来たんだからオシャレしなきゃ! つかの間の休息なんだし、本部に行ったらどうせ任務言われるからショッピングに行きましょうよ~。ね?」
「も~アントニオってば、ショッピングは後でいいでしょ」
「本名で呼ぶな! キャサリンってお呼び!!」
いきなり激ギレした上官騎士のアントニオ――否、キャサリンはスタイル抜群でどこからどう見ても美女にしか見えないが、本当は男である。
彼女は、無駄にオシャレを楽しんでおり、団服も特注で作ったらしく、胸元や裾に細かい刺繍やレースがあしらわれている。
ブリジットは悪びれるそぶりも無く、舌をペロッと出した。
「キャサリン、ごめんごめーん」
「ていうか、あんたもちょっとは身だしなみに気をつけなさいよ。そんな血まみれの団服ずっと着てるんじゃなくてさあ。かわいい顔が台無しよ」
愛くるしいブリジットは確かに血のついた団服を身に纏っていた。
基本団服は支給されるため、汚れたり破れたりすれば着替えるのが普通だ。
けれどブリジットはそれをしていなかった。
これから都市長会議へ行くのに、だ。
「やだあ、着替えるなんてもったいないわ」
「は?」
「だって、血を見たら、ドキがムネムネするんだもん☆ ほら見て? この血飛沫の痕がいいデザインになってるでしょ? こことかも。ああ、ステキ……!」
目をハートにして語るブリジットにキャサリンはドン引きする。
「あらそう……。まあ、あなたの事情はわかったから、はやいところショッピングに行きましょ」
自分の団服の血を見て惚けるブリジットの腕を掴んでずんずん駅のホームから移動していれば、目の前に誰かが降ってきた。
その姿を捉えた瞬間、キャサリンは「げ」と低い地声を響かせた。
音も無く着地した男が、ゆっくりと立ち上がる。
黒いマスクで顔の半分を隠しているが、秀麗な顔立ちはマスクでも隠しきれていない。
濃い紫色のさらさらな髪の毛がゆらりとゆれて、鋭い瞳がちらりと覗いた。
上官騎士のジャイルズ、彼の表情は呆れ顔だった。
「おい、どこ行こうとしているんだ」
「い、いやあねえ、本部に決まってるでしょ?」
「ふーん、どうせショッピングだろ」
嘘を吐いてもバレている。
そのためキャサリンは開き直って「なんでここで待ち伏せしてんのよ。まさか私のファン?」と冗談を混ぜて言えば、ジャイルズの整っている顔が思いっきり歪んだ。
「気持ち悪い。ファンなわけないだろ。フレデリックに言われたんだよ。お前らをここで連行しろって」
「うわ、バレてるわ! 私たちがショッピングに行くことを!」
「そういうところあるよね、フレデリックさん」とブリジットが尊敬するように呟いた。
「嫌だわ、私の行動バレてる。さてはあいつが正真正銘の私の隠れファンなのね!?」
「いや、違うだろ。お前の被害妄想は気持ち悪い」
「なんですってぇ!?」
すると別の列車が到着したのか人が多く降りてきた。
キーキー喚くキャサリンを無視し、その中にお目当ての人物を目視したジャイルズは小さく笑う。
「迷子担当もちゃんと迷子を連れてきたな」
「なんで僕が迷子担当なの」とジャイルズたちのもとへやって来た、少し不貞腐れているカーティスが呟く。
「なんだ、迷子って!」と納得のいかない様子でグリゼルダがその隣で眉間に皺を寄せた。
「あ、二人とも久しぶりね。そんなのグリゼルダちゃんがいつも遅刻してくるからじゃない。だから気をきかせて一番近くにいた迷子担当君が迎えに行ってたんでしょ~」
眉毛をへの字に曲げてカーティスとグリゼルダ双方を見た後に、「でも、残念ね。欠席出来なかったなんて。私もショッピングに行きたかったわ……」とキャサリンは絶望感をあらわに空を仰ぐ。
「キャサリン、お前じゃあるまいし。グリゼルダに欠席願望はないだろ」とジャイルズが小さくため息を吐く。
「だから私は迷子じゃない! 道が分からなかっただけだ!」とグリゼルダは否定しているが、「うふふ。グリゼルダってば。……それを迷子というのよ?」とブリジットが鼻で笑った。
「僕、特務長に言われたんだよ。近くの南都市の森経由で来てって……。スカルがいるのかと思ったらスカル以上に面倒なのがいたからさぁ……正直やられたって思ったよ……」
カーティスは疲れたように肩を落とした。
「なるほどな」
彼らの性格をよく把握した上で誰一人として遅刻させること無く集合させるフレデリックの手腕に、上官騎士は全員感心する。
と同時に末恐ろしさを感じ取り、彼らは誰一人として会議をサボることなく本部へと向かった。
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