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守護精編

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 ローレンスが池に浮いている四阿にサラを案内する。

 光る花に囲まれたそこは、神秘的な場所だった。

「それから彼女と仲睦まじく生活していたわけなんだけど、人と子を生すことはかなり苦戦した……。でも」

 懐かしそうに、愛おしそうにどこか遠くを見つめるローレンス。

「人間の男の生態を研究して、私は力を使って肉体を再現することに成功したんだ。私たち守護精には精石という概念がないからね。それもあって、ようやく彼女と子を生すことができた。だから、ルナやサラに会うことができたんだよ」

 両親ののろけは聞いていてなんともいえない気持ちになったが、サラは疑問をローレンスに投げる。

「姉さんや私を生むのに苦労したのはわかったけど……私や姉さんは……一体何なんだ? 人間なのか? 精霊と人間のハーフ? だからクロウがハーフか、と聞いたのか?」

「クロウに会ったんだね。うーん……でもサラとルナは多分人間だと思うぞ」

「そう、なのか?」

「恐らくそうだと思う。正直私にもはっきりとはわからない。……まあどちらにせよ、本当に生まれてきてくれてありがとう。私は本当に幸せだ。今も、成長した自分の娘に会えて、心から嬉しく思っているよ」

 優しく頭をなでるローレンスに、サラは少しだけ目頭が熱くなった。

 幼い頃に両親を失ったと思った。

 姉も連れ去られてしまい、一人で必死に生きてきた。

 愛情をほとんど受けることなく。

 そして自分がどのように生まれたのか、話を聞くことなどないと思っていた。

 両親の自分たちへの想いは、小さい頃には確かに感じていたのだろうが、自分が認識できるぐらい大きくなった時にはもうすでに両親はいないと思っていたから。

 だから受け取ることができないままだろうと思っていたのだ。

 でも、今、目の前に、自分を大切に想ってくれている父がいる。

 父だけではない。

 亡くなってしまった母も、祖父も。

 ずっとそばにいてくれるアルグランドも。

 私は、一人ではないのだ。

 心に温かいものを感じた。

「まあ、だから、子どもを作ることにあまりにも力を使い果たしてしまって……姿を保つことが難しくなってしまったんだ。だから闇の存在から君たちを守ることができなかった……。本当にごめんな」

 サラは首を振った。

「今、生きている。だから、いい。母さんは亡くなったけど……。姉さんは……闇に連れ去られてしまったけど、私が助ける……! だから、謝らないで」

「サラ……逞しくなったね。母さんそっくりだ」

「似ているのか?」

「似ているよ。まっすぐなところと、一度決めたら絶対にそれを曲げないところ。容姿も、よく似ている」

「そう、なのか」

「そうだよ。ルナは……今闇に攫われたと言ったね」

「ああ」

「大丈夫。ルナは生きている」

「なぜ、わかるんだ?」

 す、とローレンスが指を指す。

 その先には先ほどの光る花たち。

 時折、ぽう、ぽう、と鼓動のように光が点滅する。

「あの花たちは、息吹の花と呼ばれている。人々の鼓動だよ。一際輝いているのが、サラとルナなんだ。だから消えていないということは、生きているということだよ」

 力強く輝く花は、寄り添うように生えている。

 あれが、姉さんと私の花。

 やはり姉さんは生きているのだ。

 姉さんの体を乗っ取っているノヴァを浄化すれば、姉さんは元に戻るのだろうか。

 そうであって欲しいと願う。

「あと、サラに伝えないといけないことがあるんだ」

「なんだ?」

「サラ、サラが光の愛娘だってことだよ」

「……それはもう知っている」

「え!? どうして!?」

 目がこぼれんばかりに見開いて、ローレンスはかなり驚いている。

「成り行きで知った」

「え!? 成り行きで知った!? どんな生き方をしたら成り行きで知るんだ……??」

 なぜか真実を打ち明けられる方が冷静で、真実を打ち明ける方が動揺している。

 なんだこれは。

「知っているのならまあ、いいか。サラは光の愛娘だから、精霊と自分、相互に影響を受けやすいんだ」

「どういうことだ?」

「ん? それは知らないか?」

「知らない」

「簡単に言うと、サラは精霊からの力を借りやすいし、サラ自身の信念とか希望が精霊たちに影響を与えやすいってことだよ」

「アルだけじゃないってことか?」

「そう言うことだよ」

「知らなかった……」

「だから、サラが闇に堕ちるのはまずいんだ。精霊たちに影響を与えるからね」

「……そう、なのか」

 堕ちたことがある、なんて言えなかった。

 でも、堕ちたのも少しの間だったから、特別問題は無いのかもしれない。

 自分の体を粗末にしてはいけないのだ。

 今後、気を付けようと心の中で決心する。

 でも今までと行動が何か変わるなんてことにはならないだろうけれど。

「そうだ、サラ」

「……何だ?」

 ローレンスがポケットから、何かを取り出した。

「これを持ってゆきなさい」

「これは……?」

 花形のブローチ。

 どこかで見た事のある形だ。

「これは、そこに咲いていた息吹の花。枯れてしまう前に、私がブローチにしたものだ」

「もしかして……」

「そうだ。エスティの花だ」

 サラはブローチをきゅっと握った。

 冷たいはずなのに、温かみを感じてしまう。

「母さんの形見として持っておくといい」

「父さん……」

「私には、彼女との指輪があるからね。遠慮することはない。それに……親として、サラにしてあげられることなんて、これぐらいしかないから……」

 ローレンスは少し寂しそうに微笑む。

 父や母からはたくさんのモノを受け取った。

 それが、血筋であったり、愛情であったり。

 もう、十分なのだ。

「父さん」

「なんだい?」

「産んでくれてありがとう」

 そう言うと、ローレンスは俯いてしまった。

「そう、か」

 はらはらと透明な涙が、頬を伝うのが見えたが、サラはそこから視線を少しずらした。

 暫く沈黙が続いたが、ローレンスが顔を上げる。

「サラ」

「……?」

「ルナを、頼んだよ」

「当たり前だ」

「サラなら、きっとルナを救えるさ。何て言ったって、二人とも私とエスティの子だからね」

「うん。そう思うよ」

 力強く頷くサラに、ローレンスは笑みを浮かべる。

「愛というのは、どんな光よりも、輝いているものさ」

 とんとん、と自身の胸を叩くローレンスは、サラがどこにいても見守ってくれるのだろう。

「じゃあ、私はそろそろ行くよ」

「そうか。気をつけてな」

「ああ」

 そういえば、王都にウィルソンたちが来る手はずになっていたが、サラは東都市にやってきてしまった。

 彼らはきっと探し回っているに違いない。

 きっと会ったら怒られるかもしれない。

 すると、タイミングよく無線が鳴った。

『サラ、任務だ』

 フレデリックだ。

「何だ」

『ずっと闇堕ちしている都市があるんだ。そこに特務が交代で調査に行ってもらっているんだけど』

「それって……地下都市――ノルバスクか?」

『そうだ。闇堕ちの原因である強大な力を持っているスカルが、都市を徘徊しているという報告が上がっている。それを調査し討伐してくるように』

「わかった」

『ちなみに、祈祷師様も浄化に行っているようだから、くれぐれも失礼のないようにね』

「……わかった」

 そう言えばフレデリックは何も知らないのだ。

 それに、ウィルソンやリリナ、ザグジーもだ。

 でも、口外しないことが条件だから、黙っておくしかない。

 まあ、今までと何も変わらない。

 それが、少し嬉しかった。

「ウィルソンたちと別行動をしているんだ。彼等にも連絡を飛ばしてくれ」

『全く、相変わらずだな……。じゃあ、頼んだよ』

 ブツ、と無線が切れて、サラは小さくため息をつく。

「ノルバスクかあ……。そう言えば、君たちが幼少の頃に母さんと行ったところだろう?」

「え?」

「覚えていないのか?」

 行った記憶なんて無い。

「その様子じゃあ覚えてないみたいだな。ノルバスクには、想いを寄せる人を映す鏡があるって噂だよ。しかも映し人のところへ行けるらしい」

「想いを寄せる人を映す鏡……」

「そう。どうやら母さんはウィンテール様ともう一度会いたかったんだろうけど、その鏡はただの伝説だったって帰ってきたときに母さんは嘆きながら言ってたっけ。まあ、結局のところその鏡を見つけることができなかったんだろうけど」

「そうなんだ……」

「そう。まあ、都市伝説みたいなものだから。それが本当に存在しているかどうかはわからないけどね」

 もし、噂が本当で、そしてその鏡が今もなおあるのなら。

 あの閑散とした悲しい場所に、姉さんを助けに行けるかもしれない。

 考え事をしているサラを心配そうに見つめるローレンス。

「サラ」

「ん?」

「あんまり考えすぎないようにな」

「……大丈夫」

「そうか。ならいいけど。まあ、気を付けて行っておいで」

 柔らかく微笑んでサラを送りだすローレンスに、サラはじんわりと胸が熱くなった。

 しっかりと頷く。

 またここに帰ってこれるように。

 そして、長年口にしていない言葉を口にする。

「行ってきます」
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