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王都編
29(グライデン視点)
しおりを挟む見えるのは、過去のワンシーン。
いきなり光脈が使えるようになったエスティレーナが初めて浄化へ行くときだった。
私たちは飛空艇の中から、この世界を見下ろしていた。
『これが、私達王族が守るべき世界だ』
『世界……』
『そうだ。人々を襲う怪物を倒し、この光に満ち溢れた世界を守るんだ』
『怪物……?』
『怖いか?』
じっと窓の外を見る少女の頭を撫でてやる。
すると不意にこちらを見上げた。
『楽しみ!』
『楽しみ……』
どこからそんな言葉が出てくるのか不思議だったが、『そうか』と小さく笑う。
一番出来の悪い子だったから、一番かわいかったのかもしれない。
これから世界へ飛び立つ彼女に、何か父として、次期王として、何か言葉をかけてやりたかった。
そして、自分の娘の目標として、恥ずかしくないように生きねばならぬと、自分を戒める。
『エスティレーナ』
『なあに?』
『何があっても、自分を信じるんだ』
『うん』
何か他の言葉をかけてやりたかったが、いい言葉が思い浮かばなかった。
しかも彼女は私の言った言葉の意味をあまり理解していないようだった。
まあ、そのうち理解するだろう。
それでよい。
少しづつ理解してゆけばよいのだ。
だから、頭だけはしっかりと撫でてやった。
この想いが伝わればいいと思って。
会話という会話をしたのは、それが最後だったと思う。
彼女は祈祷師として頭角を現し、私は次期王として忙しく、お互い言葉を交わす時間を設けることは中々できなかった。
けれど、ある日私が執務室で書面と向かっている時に、いきなり入ってきた彼女が開口一番に言った言葉は今も忘れられない。
『私、王族をやめて結婚するわ』
『……お前は一体何を言っているんだ?』
『どこかへ身を隠すけれど、探さないでちょうだい。捜査なんてしていたら不穏な噂が立つでしょう? 王族が一般人と結婚しただなんて人々に知られたら大変だもの。それに光の加護が薄らいでしまうって思われてもいけないし』
『……諦めろ。お前の結婚相手は王族で、もう既にいる』
『いやよ! 私はもう決めたもの!』
『だめだ! お前は王族なんだぞ! 血から逃げるな!』
『いや! 私は誰に何を言われようと自分の道は自分で決めるの!!』
そう言って、扉を開けて出て行ってしまった。
王都を出て行く前に捕らえ、どこかへ監禁すればよかったのかもしれない。
だが、そんな手荒な行為をしたとしても活発な彼女のことだ、恐らくこの手からすり抜けていってしまっただろう。
それに怒り心頭だった私は、意地になって彼女を探そうとはしなかった。
本当は心配だった。
不安だったのだ。
王族だから血から逃げるな、というのは建前で、目の届くところにいてほしかったのだ。
でも、そんな言葉などかけられるはずも無く。
私はゆっくりと目を開けた。
「彼女を、エスティレーナを殺したのは、私だ」
「……」
サラは瞠目した。
それでも、何も聞かずにただ耳を傾けている。
「規律に縛られている王族に、自由などない。王族をやめる決心をした彼女を説得はできず、姿を消した挙句、彼女は命を落してしまった。王都にいればまだ生きていたかもしれないのに」
「……」
「私は、我が娘を愛していたよ。心の底から」
愛していた。
だから、彼女がしばらく経ってから、変な誇りや意地なんて捨てて、彼女を探し出して王都へ引き戻すことも考えた。
彼女の意思など関係ないと言い切って。
王族という立場を利用し、そばに置かせることなど容易い。
でも、それをしなかったのは、彼女の幸せは何か、とふと考えたからだ。
自分の中でも葛藤した。
おそらくこの道を選んだ彼女も、相当葛藤があったのかもしれない。
だから。
私は王としてではなく父として、彼女を尊重し、探すことをしなかった。
もちろん捜索することで民に知られてしまうことを警戒したというのもあり、真実は自分の中だけに秘め、行方不明になったということで、王族だけが知るのみとした。
彼女は知らない土地で苦労しただろう。
悲しいことも多くあったはずだ。
そんな中でも楽しいことはあったに違いない。
そう思いたい。
自分の選んだ道なのだから、自分を信じその道を全うして欲しかった。
だがあの日蝕の日、プリートヴィーチェへ祈祷に行っていた祈祷師を護衛していた王族騎士が、亡くなったエスティレーナを発見したと報告を受けた。
その時の衝撃は今でも覚えている。
きっと忘れることなどないだろう。
「私は……これでよかったのか、ずっと……考えていた。彼女の思い通りに人生を歩ませた。だが、それで命を落した。逸れてしまった道を正すことなど方法はいくらでもあったはずだ……。でも。それでも」
ゆっくりと雲が動く。
それに合わせるように、息を深く吸いこむ。
「エスティレーナは……幸せだったか?」
声が、震えた。
サラもゆっくりと息を吸った。
そして過去を思い返すようにゆっくりと目を閉じた。
やがてこちらを見つめて、小さくほほ笑んだ。
彼女のほほ笑む顔は、どことなくエスティレーナの顔とよく似ていると思った。
「ああ。母さんは、幸せそうだったよ」
「……そうか」
視界が滲んだ。
ああ、そうか。これで、よかったのだ。
今まで、ずっとその言葉が、答えが、ほしかったのだ、と気づく。
どうしたらよかったのか、を堂々巡りで考えて、ずっと答えを探していた。
でも結局探しに行かないということが自分の選んだ答えであって、結果彼女は亡くなった。
そのことを背負ってゆくつもりだった。
たとえ後悔し、自身が苦しくても。
だから、彼女が選び、その先の未来がどうだったかの答えは、そうあってほしいと願う自分の考える理想だけだった。
だから、その言葉を聞くことはないと思っていた。感謝、せねばな。
「サラよ」
「何だ?」
「何かを言葉で伝えることは難しい。だが、それを諦めてしまえば伝わらないままだ」
「……」
「お前は私とよく似ているから、言っておく。態度や行動で伝えることはなかなかできることではない。100%伝えるには、言葉でないと伝わらないんだ。言葉でも十分に伝えきれないことはあるだろうが……」
するとサラに鼻で笑われた。
「……私はあんたと違ってはっきり言うからそこは心配しなくていい。だが、じいさんの教訓として頭の片隅に入れておくよ」
「そうか、全く……」
物事をはっきりと言う所もエスティレーナにそっくりで、王に全く気負いしないところは、たした度胸だ。
グライデンは、ははっと小さく笑った。
エスティレーナ。
お前はさぞ、賑やかな生活を送っていただろうよ。
幸せだったのなら、本当によかった。
「……ありがとう」
雲に隠れていた満月が、のっそりと顔を出した。
優しく照らす光は、まるで私の心まで照らしてゆくようだった。
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