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王都編

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 空は高く、澄み渡っていた。

 手には白いユリの花束を。

 サラたちは小高い丘の上にやってきた。

 そこは王都が一望できる場所だった。

 手入れの行き届いた芝の上にはいくつもの碑石が等間隔で並んでいる。

 その中には『エスティレーナ、ここに眠る』と書かれた墓があった。

「エスティレーナ様の遺体を発見後、遺体はここに運ばれて埋葬されたんですの。王族はここに埋葬される決まりですから」

「そうなのか……」

 多くの亡き王族の中に混じって眠る母は、紛れもなく王族だったのだろう。

 彼女がどんな気持ちで姿を消し、遠く離れた場所で細々と生活してきたのか。

 それでも、家族四人で暮らしていたときは、それなりに楽しい日々を送っていたと思う。

 母が私たちと生活してゆく中で、どんな思いで生きていたのかなど、今となってはわからない。

 母がよく精霊たちに感謝をするようにと言っていたのは、彼女が王族で、その意識が高かった所以ゆえんだろう。

 ウィンテールの話を聞いた時も思ったが、彼女はお茶目だったが、とても優しい人だった。

 今でも、空から父と一緒に私たちを見守ってくれているのかもしれない。

 どうか、心安らかに眠っていてほしい。

 サラとアンジェリカはそっと花を墓の前に添えた。

 風に揺られて、ふんわりとユリの香りが漂ってきた。

 両手を合わせ、サラとアンジェリカはしばらくその場に佇んでいた。

「わたくし、エスティレーナ様に憧れていましたの」

「……そうか」

「常に感謝の気持ちを忘れず、そして浄化を一節の詠唱だけでしてしまわれるあのお方のお姿に、わたくしもああなりたいと思っていましたの」

「……そうか」

 サラはウィンテールから聞いた母の幼少の頃の姿は言わないでおこうと思った。

「王族は決まりごとが多く行動が縛られますの。でも、王族であるということは自分にとってとても誇りに思っております。でも、時々、わたくしはこのままでいいのかと思うことがありますの」

「どういうことだ?」

「このまま……祈祷と浄化を行ってゆくとしますわ。でも、闇の勢力は強まってゆく一方。この前だって命の木が闇に染められてしまっていましたもの。浄化に行きましたけれど、相当ひどかったですわ。あなたも見たでしょう?」

「ああ……」

「……このままわたくしたちが毎回同じように浄化と祈祷をしたとしても、それでは追いつかず、この世界はいつか闇に呑み込まれてしまうのではないかと思うのですわ。それに、耳の生えた騎士――エクサイトたちがこの世界に新たに生れ落ちている。そして闇と戦っている。世界はわたくしの知らないところでどんどん先に進んでいっている……。なのに、わたくしたちは昔も今も変わらず同じ行動を取っていていいのか……それが正解なのかがわからないんですの」

「……そうか」

 サラは墓から視線を地平線へ向ける。

 どこまでも遠く、遥か向こうまで続いているその場所は、いったいどこへ繋がっているのだろう。

 未来か。それとも過去か。

 別の都市だ、と言ってしまえばそれまでだが、時の流れがこの世界を形作っているのであれば、その遥か向こうが時空を超えた場所でもおかしくはないだろう。

 この世界の成り立ちを垣間見たサラは、そんなことをぼんやりと思った。

「私たち騎士はその根源を絶とうと必死だ。私の考えだが、祈祷師は闇の侵食を軽減させるために、今後も祈祷と浄化を続けいくしかないんじゃないだろうか。……世界の変容についていくためには最新の情報を集めていかなければいけない。そしてそれに対応できるように自分たちを変えていかなければいけない。でも、王族が閉ざされた世界にいるのであれば、それは難しいかもしれない。だとしたら、今出来る事をやるしかないんじゃないか?」

 サラは自身が理解したこの世界の成り立ちを考えていた。

 恐らく闇の神――ノヴァが復活したために闇の勢力が増幅しているのだと考えられる。

 そのため、闇の使者がこの世界に頻回に現れ、世界を闇に染めてゆくのではないだろうか。

 彼等の根源――きっとノヴァを消し去ることで、この世界は光に包まれるのではないだろうか。

 でもそれは簡単なことじゃないし、問題はノヴァが姉さんの体を使っているという事だ。

 ノヴァを消し去るということは、姉さんを消し去ることなのだろうか?

 ということは、姉さんは……助からないのだろうか?

 浄化でノヴァは本当に消えるのだろうか?

 浄化したら姉さんも消えることにはならないのだろうか?

 ノヴァと直接対峙したのは南の都市にいるときだった。

 かなり強烈な力を有している。

 ノヴァを浄化し、姉さんを元に戻せるのかどうかは、今のところ懸けだ。

 そういえば。

 ウィンテールは光の神だが精霊だ。

 彼女には精石があり、本体がある。

 ならば、闇の神だとするノヴァには別の本体があるのだろうか?

 考え込んでいたサラに「そうですわよね」とアンジェリカが呟いた。

「……今やるべきことをやるだけですわよね。わたくしは考えすぎ、なのかもしれないですわね……。あなたは、今後はどうされるのです?」

 アンジェリカの質問の答えはもう決まりきっている。

 それはサラの中では揺るがないモノなのだ。

「私は誰に何を言われようと騎士として生きる。私は私だ。何かの括りの中に入るつもりはない」

 サラはまっすぐ前を見つめた。
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