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北都市編 後編
14(エリック視点)
しおりを挟む虫唾が走るようなことを言う人間だ。
エリックはギチ、と歯ぎしりした。
俺らよりも弱いくせに。
人間のくせに。
なぜ、目の前で俺を庇うように立っているのだ。
苛立ちを隠せなかったエリックは吐き捨てるように言った。
「庇うなよ、偽善者が」
けれどサラはそんなことを言われてもどこ吹く風だ。
聞こえていないのだろうか。
エリックがそう思っていれば、スカルは斬りおとされた羽を再び生やし、上空へ滑空していく。
すると天井に数多の槍を生み出してゆくではないか。
そして次の瞬間。
す、と手を下ろすと同時にそれはサラへ、そして横たわっているエリックとケリーに降り注いだ。
猛烈な速さで降り注ぐ槍先はきらきらと光っているように見えた。
きれい、などと思っている場合ではない。
槍の豪雨は容赦なく三人を狙ったが、あっという間に弾かれて槍が床に転がった。
一体何が起きたのか理解できないエリックは、ただただその場を眺めていた。
槍はサラによって完璧なタイミングで全て弾き落とされたのだ。
広範囲だったのにも関わらず、だ。
エリックやケリーには全く被害がない。
それなのに、サラが動いたようには見えなかったのだ。そのまま立っているだけのように見えたが、そうではない。
サラの槍を弾く動きが早すぎて見えなかったのだ。
この女、もはや人間ではない。怪物だ。
壁のような存在感は、エリックたちとは圧倒的に経験値が違うことを見せつけていた。
でも、エリックはそれを認めたくなかった。
俺たちエクサイトの方が普通の騎士よりも強くなければ、存在する意味がないのだから。
「何のつもりだよ。庇って、自己満足か?」
サラは何も答えなかった。
無視かよ。イライラする。
エリックは起き上がると自身の剣を握って、サラに向かって斬撃を打ち込んだ。
スカルに集中していたため、かろうじて反応したサラは鍔迫り合いの形になって、エリックを睨む。
「一体何のつもりだ」
「人間風情がっ! 腹立つんだよ!」
「……一体何を言っているんだ?」
スカルそっちのけで、エリックはサラに攻撃をし続ける。
それに気が付いたケリーが「エリックやめなよ!」と声を上げるも、「うるせえ!」と一蹴した。
まるで子供のように暴れるエリックに、嫌気がさしたサラは爆発的に力を込めた一撃を打ち込んだ。
防ぎきれなかったエリックの剣が弾き飛んで、身体には衝撃が走った。傷に響いて、呻いたエリックは床に倒れ込む。
直後、殺気がサラの肌を焼く。
後方からスカルが好機と言わんばかりに刺突を繰り出してきたのだ。狙われたサラは、神経を研ぎ澄ませた。
「……消し飛べ」
光が体から迸り、剣に一層輝きが増す。
槍がサラの心臓を狙うのと、剣を振り抜いたのがほぼ同時だった。
「月光の刃!」
ズアアッ! と光の斬撃がスカルを呑み込む。
スカルの体が悲鳴と共に掻き消え、やがて呑み込まれていたフランが床に放り投げ出された。
圧倒的な力を見せつけられて、エリックはぼんやりと思う。
俺は一体何をしているのだろう、と。
何のために、エクサイトをしているのだろう、と。
サラは深いため息をついて目を眇めるようにして、エリックを見た。
「なんで私を攻撃した?」
「……なんで庇ったんだ?」
「質問に答えろ」
眉間に皴を寄せたサラに、エリックは「腹が立ったからだ」と正直に答える。
「なぜ腹が立ったんだ?」
「……そんなの決まってるだろ。人間よりも俺たちの方が強いはずなのに。強くなければ生きる価値がないからなのに」
「……私に勝ったところで意味は無いだろ。それに、それでは強さの証明にはならない」
「じゃあ、どうしろっていうんだよ!」
どん、と床に拳を打ちつけた。
答えを聞きたいわけじゃない。
そんなこと、一ミリも期待していない。
何かが変わることなど、きっと無い。
この呪われた運命に、嘆くように呟いただけだ。
それでも、ただただ言葉が溢れる。
「人間よりも弱い俺たちは、死んだ方がマシなんだよ……! なんで……なんで庇ったんだよ!」
体が痛い。
思った以上に傷が深いようだ。傷はすぐに治るはずなのに、一向に血が止まる気配がない。
「命を無駄にするな!」
ガン、とサラの剣が床に突き刺さった。エリックの顔の数ミリ横だった。
脅しのつもりで剣を突き刺したのだろうが、怖くなどなかった。
死など、恐れてはいないから。
いつもいつも死と隣り合わせだったのだ。
もし死ぬのなら、ただその時期が早く来ただけのこと。
ただ、みんなで生き抜くと、誓った。
でも、正直俺たちエクサイトは生に対してそれ程までに貪欲ではない。
みんながいるから生きている、というだけで。
一人になっても生き抜こうとは思わないだろう。
だから、エリックには命を無駄にするな、という言葉は胸に全く響かなかったのだ。
それにこの女はどうしてそんな綺麗事が言えるのか。
どんな思考回路を持てば、そんな考え方になるのか。
全く理解できなかったし、理解などしたくなかった。
「命を無駄にするな? どの口が言ってるんだよ?」
ふつふつと怒りが沸き起こる。
「精霊の命を弄んでいるのは、人間だろ。精霊なんて、どうせスカルを倒す道具にしか思ってないんだろ!」
エリックはまた、どん、と拳を床に叩きつける。
じりじりと拳が痛かった。
でもそんな痛みでこの怒りが収まることはない。この怒りは、目の前にいる騎士にだけではなく、人間に対する怒りなのだ。
生命を弄ばれて、憤っているのだ。
「何がエクサイトだよ。こんな歪な命……」
「……」
サラはエリックから視線を外さなかった。
ただ、彼の言葉を聞いている。
別に聞いて欲しくて言っているわけじゃない。
助言もいらない。
かわいそうだと、同情されるのはまっぴらごめんだ。
ただただ吐き出したかったのだ。
「人間のせいで、俺たちは早く死ぬ」
満身創痍のケリーと、ようやく意識を取り戻したフランが、エリックのそばに寄り添う。
ケリーが、エリックの頬をそっと撫でた後、うっすらと涙を浮かべた。
ちらりとサラを見上げる。
「他にもエクサイトはたくさんいたんだあ……。でも、みんな命が短かった。私たちも、もうじきいなくなる。寿命だよお」
「……なぜ、そんなにも短いんだ?」
「騎士なら知っているはずだよねえ? 精霊は人間の祈りや希望を力の源とすること」
「……っ」
言わんとすることがわかったサラは息を呑んだ。
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