騎士ですが正直任務は放棄したいです

ななこ

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北都市編 後編

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 その近くにいた研究員は「誰だ、この頭悪そうなやつは」という不審そうな視線でライヴンを見遣った。

 けれどライヴンはそんな視線など気にする素振りはなく、辺りをきょろきょろと見渡しては首を捻っている。

「あれ?? ここ、どこダヨ? 木なんてないじゃんヨ? まさか、出口間違えた??」

 何かぶつぶつ言い始めたライヴンに研究員たちは、はっと我に返り黒煙の奥の研究室へ駆けようとするが。

「ヘイユー! ちょっと待てヨ! 無視すんなヨ! ここはどこダヨ!?」

 ライヴンがいきなり横を通り過ぎようとする研究員の首根っこを捕まえた。

「な、何をする!?」

「だから、無視すんなヨ! 質問に答えてくれればいいワケ! で? ここはどこダヨ?」

 研究員が、何なんだこいつは、と眉間に皴を寄せながら「……ここは研究所だ」と呟くように答えた途端。

「研究所ダトオオオオオオ!? 俺、来る場所、間違ってるヨオオオオオオ!」

 叫び始めた。

「通りで異界の扉が開いたと思ったら、意味わからんガラスに閉じ込められてたってわけカ! マジであり得ないゾ! もう、こうなったらヤケダゼエエエエエエ!」

 研究員の首を掴んでない方の指をパチン、と鳴らせば、ずううううん、と黒煙の中から音がし始めた。

 何かが動いてこちらに近づいてくるような、そんな音だ。

 嫌な予感しかしない。

「おい! お前ら逃げろ!」

 咄嗟にサラが吹き抜けから飛び降りるのと、煙の中から姿を見せたどろどろした黒いスカルが現れたのは、ほぼ同時。

「な、なんだ……?」

 ライヴンに首根っこを掴まれスカルを呆然と眺めている研究員に、ぬるぬるした触手が襲い掛かる。

「逃げろ!」

 サラが剣を構えスカルを切り上げる前に、研究員は瞬く間に触手に巻き付かれ、持ち上げられる。

「うわああああああああ!」

 研究員が叫ぶと同時、彼はスカルに呑み込まれてしまった。

 スローモーションのように見えた目の前の光景は、コンマ数秒のこと。

「せっかくだ、暴れようゼ!」

 二ッと笑うライヴンと同調するように、触手が一気に伸びて辺りの壁や床を破壊する。

「ス、スカルだ……!」

「おい、研究所内にスカルだ!」

「逃げろ逃げろ!」

 粉塵と爆砕による風で、研究施設は視界が悪い。慌てふためく研究員を横目に、サラは剣を構えて。

「アル、行くぞ……!」

 床を蹴り、一直線に斬りかかろうとした、その時。

 サラの目の前を遮るように、何かが通った。

 それはまるで流星のように淡く光っている塊。四方からスカルに向かっていくその塊は、どうやら人らしい。

 そう、それはエクサイトだったのだ。

 エクサイトたちはそれぞれの武器を持ち、高速で乱れ撃つ。

 その景色は圧巻。光がキラキラと飛び散り、もはや芸術的だ。

 一人が渾身の一撃を打ち込んだ瞬間。

「ガアアアアアアアアアアアア!」

 スライムのようなスカルは攻撃を受けたところから弾けるように分裂し、べしゃ、べしゃ、と壁や床、天井、あらゆるところに飛散してしまった。

「ダメージ食らってないのかよ!?」

「エリック、おっしい!」

「ただ単に攻撃すればいいってわけじゃないみたいねえ」

 エクサイトたちは床に着地し、口々に言う。

 分裂したスカルたちがエクサイトに襲いかかろうとするが、水牛のような角の生えたエクサイト――エリックがぐるん、と大剣を振るってスカル一体に突き立てた。

黒鋼の嵐破ブラックスティル・ストーム

 まるで黒曜石のように煌めく黒い球体が、スカルを呑み込む。

 その近くにいた他のスカルも磁石にくっつくように吸い込まれ。

 球体の中からゴウッという轟音と、スカルの断末魔が聞こえたかと思えば、卵が割れるように球体にヒビが入る。

 光がそこから溢れだし、黒い球体は脆く粉々に粉砕されてゆく。

 その破片たちは中から発せられる光と共に天へ昇っていった。

 呑み込まれたスカルたちは浄化されたのだろう、そこにはいない。

 まるで手品のような特殊攻撃だった。

「ふん、まあ、こんなザコ余裕だろ」とエリックが鼻で嗤う。

「弱いと言っても油断は禁物っしょ!」

 鋭い槍を持つエクサイト――フランは背に翼を生やし、幼さの残る表情でケラケラと笑う。

「フラン、笑いすぎでしょお。というかシンディはどこに行ったのかなあ?」

 豚の尻尾を生やしたエクサイト――ケリーがのほほんと首を傾げた。

「ケリー、あいつのことは放っておけばいいさ。そのうち姿を見せるだろ」

「あー……そうだね。早くこいつらを倒さないとねえ」

 意気揚々と斬りかかってゆくエクサイトたちに、「ひゅー」とライヴンが口笛を吹く。

「やるネ! でも、これからダゼ!」

 ライヴンは戦輪を両手に持ち、スカルに向かって放った。

 なぜ、と疑問を持つ前に、戦輪は容赦なくスカルを刻む。

 分断されたスカルが更に増えてしまったではないか。

「ハッハー! 今度は無限増殖スカルだゼ!」

 軌道を描いた戦輪がライヴンの手に綺麗に収まったが、再びスカルに向かって投げようとするのをサラが阻止する。

 かあん、と戦輪を弾き、懐に一気に踏み込んだ。

「スカルの増殖はさせない。お前の相手は私だ!」

 スカルはエクサイトたちに任せ、ライヴンを狙う。

 こいつを先に叩かなければ意味がない。

「お、前に会ったゾ! 死にぞこないの騎士だナ!」

 二ッと笑うライヴンにサラは猛攻撃を仕掛ける。

 肉眼では捉えることができないほどの猛スピードで繰り広げられる攻撃に、ライヴンは防戦一方。

 しかし鋭い乱れ打ちに苦悩する訳でもなく、ただ淡々と片方の戦輪で防ぐだけ。

 サラが違和感を覚えた直後。先ほど弾いた戦輪が、意思を持っているかのように背後へ迫っていた。

「ちっ」

 サラはぐるん、と旋回。

 剣先が綺麗な円形を描いて再び戦輪を弾けば、その戦輪は弾かれてライヴンの手に吸い込まれるように収まった。

 それからライヴンはバックステップを踏んで、サラから距離を取る。

 吹き抜けに向かって戦輪をシュッと放り投げるが、それは煙に巻かれて姿を消した。

「狙うのは、何もスカルだけじゃないんだゼ!」

 ライヴンはにやり、と笑った。

 すると煙の中を通った戦輪はどのような軌跡をたどったのかわからないが、頭上から一直線に何かを狙う。

 鋭い刃先にあるものは、怯えて身動きの取れない研究員ではないか。

「くそ!」

 サラは落ち行く戦輪を追いかけ、駆ける。

 一直線に研究員の脳天へ向かう刃物の前に、エリックが立ちはだかった。

「頼む!」

 けれど。

 エリックはひょいっと戦輪を避け、彼の目の前にいたスカルを特殊攻撃で浄化した。

 まるで彼の背後にいる研究員が見えていないかのようだ。

 もしかして、見えていないのだろうか。いや、そんなことはないだろう。

 そんなことを悠長に考えている暇などなく、戦輪は容赦なく研究員を狙う。

「くそ!」

 いくら猛スピードで駆けたとしても、間に合わない。

 サラは光エネルギーを刃に溜めて、一閃した。

月光の刃ムーンライト・ブレイド!」

 ごう、と光の刃が滑空し、エリックの真横を通りすぎ、見事に戦輪を弾き飛ばした。

 光の刃は霧散し、戦輪はライヴンの手に戻る。

「おい、大丈夫か?」

「ひっ! あ、ありがとうございます……」

「ここは危険だ。どこか安全なところへ避難しておけ」

「は、はい……!」

 研究員の手を引っ張って立ち上がらせれば、彼はよろよろと逃げて行く。

 するとエリックが「おい」とサラを睨んだ。

「……俺を狙ったわけ?」

「は? あんたは一体何を言ってるんだ?」

「少しズレてたら当たってただろ?」

「当たらないようにした。そもそもあんたが、後ろにいる人を戦輪から守らないからだろ?」

 険悪なムードが漂う中、エリックの眉間にますます皴が刻まれる。

「は? 守る?」

「当たり前だろ。騎士は人を守るんじゃないのか」

 睨むように見据えたサラに対して、エリックがあざ笑うように鼻で嗤った。

「ッハ! 冗談じゃない」

「は?」

「俺たちにあんたが何を期待してんのか知らないけど」

 重そうな大剣を肩に担ぐ。

 そして冷めきったような視線でサラを射抜いた。

「俺たちに人間を守る義務はない。スカル討伐が最優先だから、正直人間なんて死んでもいいんだよ」
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