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故郷編
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しおりを挟む「このクソガキがっ!」
道端で先ほど衝突した少年がロープに巻かれて、叱られていた。
「……ふんっ」
「謝れっ!」
「……やだね」
「このクソガキイイイイイイイイ!」
「本当じゃ! 我のポップコーンも殺しおって! 謝らんかい!」
尋常じゃない怒りに、「まあまあ、そんなにも怒るなよ」とサラが見かねて仲裁に入る。
「とめるんじゃねえ! 儂の商品を壊されたんだぞ! これが怒らずにいられるかってんだ!」
「そうじゃそうじゃ! 我のポップコーンも殺されたんじゃ!」
どうやら少年が盗んだガラス細工は、エスティにぶつかって倒れた瞬間、割れてひびが入ってしまったらしい。
そして顔を真っ赤にして怒っている中年おじさんがガラス店の店主で、その割れたガラス細工は自身の店の商品だったらしい。
「……なんでそんなことしたんだ?」
「……言うわけないだろ」
ふん、とそっぽを向く少年に、サラはイラッとする。
「は? あんた、言わないとわからないだろ。黙ってないで正直に答えろ」
只ならぬ怒気を感じ取った少年は、顔を強張らせて渋々というように口を開いた。
「……ガラス細工を売って金にしようと思ったんだよ」
「儂のガラス細工で金儲けか! ふざけるな! 儂がどれだけ丹精を込めて作っているのか知らないから、そんなことができるんだ! そんなことするお前の親の顔が見てみたいわ!」
「……親はいない」
ぼそりと呟いた少年の言葉に、その場にいた全員が口を閉ざした。
「あ……えーっと……それは、すまんかった……」
なぜか店主の方が謝っている。
「……そういう反応、もう慣れてる」
「そうか……」
しばらく沈黙が続いて、店主が大きくため息をついた。
「まあ出来心だったっていうことで今回は許してやる」
意地を張っていた少年も、急にしおらしくなった店主に多少なりとも驚いて、ばつの悪い表情を浮かべた。
「……すいませんでした」
念を押すようにして「もう二度としないな?」という質問に、少年は小さく頷く。
深くため息をついた店主は少年のロープを外し、割れたガラス細工を持って、自分の店に戻って行った。
「じゃあ……どうすればいいんだよ……」
「?」
少年が途方に暮れたような表情を浮かべぽつぽつ話始める。
「一週間しかないんだ……あの子との時間がもうない……」
「どういうことじゃ? その子が死ぬのか? だから病気を治療するための金が必要だったのか?」
「違う」
「じゃあ何じゃ!」
「……あの子はここの街に一週間しかいないってことだよ。それまでに僕は彼女に想いを伝えようと思って、プレゼントを贈ろうと思ったんだ……。でも、お金がなくて……」
「で、盗んだモノを売って金を作ろうと思ったってわけか」
サラは小さくため息をつく。
「……そんな盗んで作ったお金で何かを買って送ったとしても、相手は喜ばないだろ」
「そんなのは金持ちの言い分だろ」
むすっとしている少年に、エスティがしゃがんで頭をポンポン撫でる。
「お主は阿保じゃ」
「阿保じゃない」
先ほどの少年――カイは、小馬鹿にするように笑うエスティを睨む。
「阿呆じゃ! だって好きな女の子にプレゼントを贈るためにそのお金を調達しようとしていたんだからのお! 阿呆じゃ!」
「阿保じゃない!」
「お主は阿呆じゃ。お金がなくても、言葉と態度でお主の想いは相手に伝わるんじゃ。いいかの? 盗んだものを売ってお金を作って相手に何かを買ってあげたとしても、それでは相手は喜ばぬ。一時的に喜んだとしても、じゃ。本質的な部分が間違っとるんじゃ。じゃからの、お主は阿呆なのじゃ」
エスティの諭すような言葉にカイは押し黙った。
「で? どんな女の子なんじゃ? 我に教えてみよ」
急ににやにやし始めたエスティに向かって、「教えない」とそっぽを向いたカイ。
「何じゃ! 教えてくれてもいいじゃろ! ケチじゃな!」
「……ケチじゃない!」
言い合いになっているエスティとカイの横で、サラが冷静に推測する。
「一週間しかいないんだろ? と言うことは一週間後に他の都市に引っ越すってことか?」
「……彼女は今、ここに親の仕事に付いてきているだけで、終わったら都市に戻るんだ! だから時間がないんだ!」
言った瞬間、しまった、とカイが顔を歪ませた。
エスティとサラは「もしかして」と顔を見合わせる。
「今ここに滞在している、しかも一週間しかいない……」
もはやそれは回答を言っているようなものだった。
「祈祷師だな」
祈祷祭の期間は一週間。
その間、祈祷師が都市や街にある聖堂に入り、祈りを捧げる。
その少女にどうしても自身の想いを伝えたいらしい。
「淡い恋だったな」
サラは「次、頑張れ」と、とりあえずエールを送る。
「勝手に終わらせるなよ!」
「は? いや、無理だろ」
「そうじゃなあ……祈祷師はのお……」
「お願いします! 僕の恋を手伝ってください!」
「諦めろ」
「嫌だ!」
「嫌だ、じゃないだろ。だって、相手は王族だろ? 無理だろ。身の程をしれ」
「お主、ポップコーンを殺された我よりも、この少年に対して酷いな」
「酷くない。普通だ」
がくん、と項垂れる少年を気の毒に思ったエスティの目が光った。
「仕方ないのお! 我が手伝ってやろう!」
「え?」
「……は? エスティ、本気か?」
「本気も何も、面白いからのお!」
面白いから、で人の恋路を応援していいことはあるのだろうか、とサラは疑問に思った。
いいことはない。
なぜならば、相手が王族だからだ。
関わらない方がいい。
面倒くさい。
エスティが手伝うと言っているのだ。私は手伝わない。関係ない――そう思っていたが。
「な! サラも手伝ってくれるからの! よかったな!」
「は? 勝手に決めつけるな」
「え? 我とこの子の恋を応援するじゃろ! これは決定事項じゃ!」
「何言ってんだ! 私は手伝わないからな!」
ポップコーンといい、人の恋路を手伝え、といい。
面倒くさいことこの上ない。
完全拒否するサラにエスティが「仕方ないのお……」と何かを耳打ちする。
「は?」
その言葉を言われた瞬間。
なぜ。
疑問が浮かんだと同時に、知りたい、という欲がわいた。
「我は知っている」
にやっとほくそ笑んだエスティに、サラは腹を括った。
「絶対に教えろよ」
「お主が手伝ってくれたら、な」
にやにや笑うエスティ。
本当かどうかはわからない。
嘘かもしれない。
だが、自分から話していないのにエスティからそのことを言われるとは。
こいつ、何者なんだ……?
笑みを深くするエスティに、サラはもう一度言われたことを頭の中で反芻する。
『光の力を復活させる方法を教えてやるぞ』
もはや逃げられない。
サラは不本意にも、少年の恋を応援する羽目になった。
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