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故郷編

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「……おい、誰だ?」

 いきなり声をかけられた女はびくりと体を震わせて、勢いよくこちらを向いた。

 神々しいほどの美貌。

 体のラインを隠してしまうゆったりとした服装は、この辺りでは見た事がないもの。

 結っていない美しい髪は、破損した壁から差し込む光を浴びて、ほんのり光っているように見える。

 あまりにもその女の存在が神秘的で、サラは口を閉じたが。

 何かを口いっぱいに頬張っているのがおかしすぎて、「人の家で何してんだ!」と不法侵入を指摘した。

「だ、誰じゃ!?」

「あんたこそ誰だ!?」

「おぬし、名を名乗るのじゃ!」

「あんたこそ名乗れ! ここは私の家だ!」

「な……なんじゃと……!?」

「どういうことじゃ……」とわなわなと震えだした不審者は、あまりにも美しい顔と古い言葉遣いが不釣り合いで、おかしすぎる。

「……………わ、我は……我は……」

 しかもなぜか自分の名を言い淀む不審者に、サラは近くにあった箒を手に持った。

 これは撃退するしかない。

「待て待て待て! 我は不審者じゃない!」

「…………嘘だな。不審者は大抵そう言う」

 じり、とにじり寄った瞬間、不審者は思いっ切ったように自身の名を名乗った。

「わ、我の名はエスティレーナだ!」

「……っ」

 懐かしい名前に、サラは思わず箒を落してしまった。

「お主、我をエスティと呼んでよいぞ!」

 エスティはふんっと胸を張ってふんぞり返っていたが、名前を聞いて硬直しているサラに、戸惑いを浮かべながら「どうかしたのかの?」と問うた。

「いや、何でもない」

 サラは落ち着きを取り戻そうと箒を拾う。

 そう、彼女の名前は自身の母の名前と同じ名だったのだ。

 偶然……だろう。 

 家族で楽しく暮らしていた過去が、とても懐かしく感じると同時に、もう二度と戻らないものだということを実感してしまった。

 ……こんな感傷に浸っている場合ではないのに。

「私はサラだ」

 ため息をつきながら、エスティにサラも自分の名を名乗った。

「サラダ? 食べ物の?」

「……出ていけ。ふざけているのか?」

 誰が、サラダ、だよ!

 箒で追い出そうと構えたら、エスティが慌てだす。

「ちょ! 待つのじゃ! 我が悪かった!」

「……」

「な、何じゃ! そのジト目は! 早く箒を手放せ! 危ないじゃろうが!」

 びくびくと怯えながらもサラに向かって吠える。

 どうやら不審者ではないみたいだ……。

 何かを企んでいる奴は大抵、発見者であるサラに向かって襲いかかってくるか、もしくは逃げるかのどちらかを選択するはずだ。

 さらに、不審者なら自身の名を言わないだろう。

 逃げずに不審者ではないと主張しているエスティは、おそらくこの家に何かしらの用事があるのだろうと考えるのがいいのかもしれない。

 なぜ勝手に人の家で食べ物を食べているのかは疑問だが。

 サラは箒をゆっくり下した。

「で? どうして私の家で何か食べているんだ?」

「は!? そんなことはしていないぞ?」

 エスティは机の上に置いてある食べ物をそっと自身の背中に隠す。

「……」

「な、なんじゃ! これは、自分で持ってきたものじゃ! お腹がすいていたんじゃ! 悪いか! ここに家があったからたまたま入っただけじゃろうが!」

 急に逆切れをし始めたエスティに、サラは呆然と問う。

「……どうしてそんなにも怒っているんだ?」

「怒ってなどいない!」

「あ、そう……。で? ここは私の家なんだが……食べたら出て行ってくれないか?」

「なんじゃと!?」

「だから、すぐに出て行けとは言ってないだろ。この家は……見ての通り酷い有り様だから、居ても気分のいい場所じゃない」

「だから出ていけと?」

「……そうだ」

「嫌じゃ!」

「は?」

 意外な答えが返ってきて、サラは眉間に皴を寄せる。

「嫌だと? なぜだ?」

「嫌なものは嫌なんじゃ!」

「はあ?」

 理由も言わず嫌だと一点張りのエスティ。

 不審者ではないにしろ、怪しい。

 怪しすぎる。

 何を隠しているんだ?

「じゃあ、逆に質問じゃ! お主は騎士じゃろう?」

「……そうだが」

「なぜここにいるんじゃ!」

「……自分の家に帰って悪いか?」

「……そうじゃったな!」

「はあ……」

「な、なんじゃ! そのため息は!」

「いや……もうどうでもいいと思って……。家から出たくなかったらここにいればいい。私は別にここで休もうと思って来たわけじゃないから」

「何しに帰ってきたんじゃ?」

「……私は」

 口を開こうと思って、閉じる。

 ――私は。

 ため息が漏れるだけで、言葉が出てこなかった。

 何をしに帰ってきた、なんてはっきり目的があるわけじゃないし、帰ってきた理由などない。

 ただ、この状態でどこへ行くべきか、どこへ行きたいのか、自分の中で思い浮かばなかったから。

 ただ、足が動く方へ。

 赴くままにここへ来ただけ。

 ここしか、今の私に居場所がないから。

 そう思ったら、自嘲気味な笑みがこぼれる。

「気づいたらここにいた、って感じが正解かな」

 エスティはそんなサラをどこか哀しそうに眺めていた。

「そうか……お主もいろいろ大変なんじゃな」

「……まあ、そんなところだ」

「よし、かわいそうなお主に、いい事を教えてやろう!」

「……なんだ?」

 眉根を寄せて問うサラに、エスティはふふん、と鼻を鳴らして提案する。

「我と一緒に祈祷祭に行かんか!?」
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