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中央都市編
8(リリナ視点)
しおりを挟む「過去に……自分のせいでチームメイトを失いました……。だから……先輩の言う通り、彼女に償うために……わたしは……死のうとしたのかもしれません……」
重たい沈黙が降りる。
でも、リリナは口を動かした。
涙が、ほろほろと止まらない。
言葉も溢れて止まらないのだ。
「ずっと……怖かったんです……。自分の判断ミスや油断のせいで誰かが目の前で傷つくのが……。だから……。だから……先輩が傷つくのを黙って見ていてこわかったんです。……それに、自分がどう戦えばいいのか、どうすれば正解なのか……わからないんです……」
リリナは、ゆっくりと息を吸った。
「私は……騎士にならない方がよかった……」
傷が痛んだ。
泣いているせいで、鼻の奥も、喉も痛かった。
私があの時逃げるという判断をしていれば。
私があの時みんなの忠告を聞いていれば。
もはや、私が騎士にならなければ。
――彼女は今も生きていたのに。
後悔が、塊となって頭を打つ。
痛い。
頭も、体も、心も痛い。
助けてほしかった。
ここから、救いあげてほしかった。
不意に視界に空が映った。
重たい雲が空を覆っている。
それが、行先の見えない、どうしようもできない、今の、自分みたいだと思った。
しばらく重たい沈黙が続いたが、深い、深いため息が降ってきた。
「確かに、戦いは選択の連続だ。正しい判断をしなければ、自分の命も危うくなるし、隊のメンバーも危険にさらすだろう」
「……」
「ただ、判断を誤ったとしても、それで自分が危機的状況になっても、誰かが傷ついてしまっても、それは仕方のないことだろ」
衝撃的なサラの言葉に、リリナは驚きを隠せなかった。
「……え?……仕方なく……ないですよ……?」
この人は判断を誤って、誰かが傷ついても、自己嫌悪をしない人なのだろうか。
どうして、そんなにも仕方ないと割り切れるのだろうか。
そういう考えでなければ、騎士はやっていけないのだろうか。
「だって自分が最もいいと思った選択肢を選んだ結果なんだからな。後悔しても仕方ないだろ」
そうだろう、と問いかけてくるサラの瞳に、リリナははっとなる。
自分が最もいいと思った選択肢をしたから。
でも、そうだとしても。
私はあの選択が、最もいいと思った選択ではなかった。
だから。
だから、ずっと後悔しかしていないのに……。
後悔してもしかたない、なんて、先輩みたいに割り切れない。
「もし」
私が、傷ついたような表情をしていたのかもしれない。
サラの声が少しだけ優しくなった。
「その判断で誰かが死んでしまったら、その人の死を背負って生きればいい。その人の分まで戦えばいい。もう、誰も失わないとその人に、そして自分に誓えばいい。後悔するのではなく、前を向き、その経験を次に生かすんだ」
そう語るサラの表情はどこまでも洗礼されていて。
自分には直視できない程眩しかった。
「どうして……」
「ん?」
「どうして……先輩は……そんな風に……考えられるんですか? 私には……できません」
その問いに、サラは目を伏せた。
長いまつ毛が、小さく震えた。
「私は……何もできない自分が嫌いだった。目の前で死んでいく人を何人も見たからな。……それに、大切な人も失った」
想像を絶するサラの言葉に、リリナはただただ耳を傾ける。
「自分の判断で、自分も他の人も傷つけることなんて、ざらだったし……守れないこともあった」
でもな、とそう呟く声はどこまでも優しい。
「だからこそ、わかったことがあるんだ」
幾多の困難を乗り越えてきたからなのかもしれない。
それを滲ませるような声にリリナは震えた。
恐怖ではない。
これは畏怖だ。
「後悔は、自分の歩みを止めるもの。誓いや決意は歩みを進めるもの」
後悔は、自分の歩みを止めるもの。
誓いや決意は歩みを進めるもの。
リリナは、新鮮な空気を吸うように、深く息を吸った。
サラの言葉が、すっと頭に入り込んでくる感覚が、なんだか気持ちよかった。
「今のままではだめだと思うのなら、後悔ばかりするのではなく、前を向け。自分に誓え。そうやって死を乗り越えないと、ずっと自分は何もできないままだ。だから私はそう考えるようにしている」
人生経験が違いすぎる。
そう思った。
でも、サラの話を聞いて、自分の悩みはサラも経験したことなのだとわかって、少しだけ安堵した。
もしかして、騎士である以上、この道は避けては通れない道なのかもしれない。
「それに、騎士は……一人じゃないんだよ。私は一人で行動していたからよくわかる。他人の意見も聞くことで、よりよい解決法が見つかるんだ。自分の考え方なんておおよそ決まっているし、限界だってある。それは仕方ないし恥ずべきことじゃない。一人で判断して、何もかもを背負いすぎる方が……より危険だ」
リリナに言っているのではなく、まるでサラ自身に言い聞かせるような口ぶりだった。
「でもな、自分のせいで誰かが死ぬ、なんて考えるな。騎士である以上、いや……この世界に生きている以上、私たちは日々多くの人の命を背負ってるんだから。彼らの死を……あんたのチームメンバーの死を、無駄にする方がその人に対して失礼なんだ」
頬を打たれたような気分だった。
そうか、ただ立ち止まっているということは、彼女に対して失礼なことなのだ。
自分は、わからない、と現実から、過去から逃げているだけなのだ。
頭でばかりで考え、訪れるだろう恐怖に怯えているだけでは、何もかも正しい判断をしていると思い込んでいた過去の自分と何も変わらないのだ。
結局は大きな失敗するのだ。
後悔は、自分の歩みを止めるもの――。
本当にそうだ。
「怖い、そう思わなければ、人や自分を守れないからな。だから、怖い、と思う気持ちは大切にした方がいい」
「怖い、という気持ちを……大切にする……」
「そうだ。誰かが目の前で傷つくのが怖いなら、強くなればいい。判断を謝りたくないなら、多くの意見を聞いて考えればいい。……始めから完璧でできる人間なんていないんだからな。これから成長していけばいいんだよ」
「これから……」
自分の目の前に道ができた気がした。
『未来』なんて考えたことなかった。
いつも『今』と『過去』しか考えてなかった。
そして、ずっと同じことを考えていた。
正しさに拘って、恐怖に怯えて、『今』で、ずっと立ち止まっていた。
私の、『未来』。
「正しい選択肢なんてこの世にない。選んだものしか結果がわからないからな」
サラは一通り語り終えると、ゆっくりと深呼吸した。
「で、あんたはどうしたいんだ?」
「……え? 私は……」
人間は考え方が違うのは当たり前だ。
騎士になった理由なんて人それぞれだろう。
戦う理由だってそうだ。
人間は完璧じゃない。
いつだって間違える。
正しい行動なんて、本当はないのかもしれない。
選んだ行動が、いつしか正しいものになるのかもしれない。
起きてしまったことは、変えられない。
後悔は、自分の歩みを止めるもの――。
後悔ばかりでは彼女に失礼なのだ。
彼女の死を尊んで、そして、背負おう。
無駄にはしない。
そこから学ぶのだ。
自分一人で戦っているわけじゃない。
だから、正しい選択肢なんて選べなくていい。
そうだ。
こんな私をサポートしてくれたバーバラ先輩、メイ先輩、ステラ先輩がいるじゃないか。
『大丈夫よ。アタシも付いているし、ステラもメイも付いてる。一人じゃないのよ。無理そうだったら手伝うし、アタシたちを頼っていいのよ』
そう伝えてくれていたじゃないか。
それを、気にも留めていなかった。
ぐるぐるぐるぐる、同じことばかり考えて、気を取られていた。
私は、一体何をしていたのだろう……。
『今』で止まっていた時間が、動き出そうとしている。
ああ、肺に入る空気が気持ちいい。
血が、止まっている。
涙も、止まっている。
未来を見つめてみた。
そこにはどんな自分がいるのか。
私は――。
雲間から青空が見えた。
「私は、先輩たちみたいに強くなりたいです……! もう、仲間を、失いたくありません……! 失って、後悔したくありません……!」
声にしたら、心も体も軽くなった。
とぐろのように巻いていた悩みなんて、もうどこかへ消えてしまった。
すると声に反応するようにスカルが建物から這い出て来た。
サラが庇うように立ち、リリナもゆっくりと立ち上がる。
もう、迷わない。
立ち止まらないよ。
前を向いて、進む。
そう決めた。
もう、誰も失いたくない。
そう誓う。
ねえ、アイリス。
見守っていて。
『生意気言ってんじゃないわよ、あんたなんて嫌いだから』って言われそうだけど。
でも。
教えてくれてありがとう。
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