騎士ですが正直任務は放棄したいです

ななこ

文字の大きさ
上 下
39 / 201
中央都市編

8(リリナ視点)

しおりを挟む

「過去に……自分のせいでチームメイトを失いました……。だから……先輩の言う通り、彼女に償うために……わたしは……死のうとしたのかもしれません……」

 重たい沈黙が降りる。

 でも、リリナは口を動かした。

 涙が、ほろほろと止まらない。

 言葉も溢れて止まらないのだ。

「ずっと……怖かったんです……。自分の判断ミスや油断のせいで誰かが目の前で傷つくのが……。だから……。だから……先輩が傷つくのを黙って見ていてこわかったんです。……それに、自分がどう戦えばいいのか、どうすれば正解なのか……わからないんです……」

 リリナは、ゆっくりと息を吸った。

「私は……騎士にならない方がよかった……」

 傷が痛んだ。

 泣いているせいで、鼻の奥も、喉も痛かった。

 私があの時逃げるという判断をしていれば。

 私があの時みんなの忠告を聞いていれば。

 もはや、私が騎士にならなければ。

 ――彼女は今も生きていたのに。

 後悔が、塊となって頭を打つ。

 痛い。

 頭も、体も、心も痛い。

 助けてほしかった。

 ここから、救いあげてほしかった。

 不意に視界に空が映った。

 重たい雲が空を覆っている。

 それが、行先の見えない、どうしようもできない、今の、自分みたいだと思った。

 しばらく重たい沈黙が続いたが、深い、深いため息が降ってきた。

「確かに、戦いは選択の連続だ。正しい判断をしなければ、自分の命も危うくなるし、隊のメンバーも危険にさらすだろう」

「……」

「ただ、判断を誤ったとしても、それで自分が危機的状況になっても、誰かが傷ついてしまっても、それは仕方のないことだろ」

 衝撃的なサラの言葉に、リリナは驚きを隠せなかった。

「……え?……仕方なく……ないですよ……?」

 この人は判断を誤って、誰かが傷ついても、自己嫌悪をしない人なのだろうか。

 どうして、そんなにも仕方ないと割り切れるのだろうか。

 そういう考えでなければ、騎士はやっていけないのだろうか。

「だって自分が最もいいと思った選択肢を選んだ結果なんだからな。後悔しても仕方ないだろ」

 そうだろう、と問いかけてくるサラの瞳に、リリナははっとなる。

 自分が最もいいと思った選択肢をしたから。

 でも、そうだとしても。

 私はあの選択が、最もいいと思った選択ではなかった。

 だから。

 だから、ずっと後悔しかしていないのに……。

 後悔してもしかたない、なんて、先輩みたいに割り切れない。

「もし」

 私が、傷ついたような表情をしていたのかもしれない。

 サラの声が少しだけ優しくなった。

「その判断で誰かが死んでしまったら、その人の死を背負って生きればいい。その人の分まで戦えばいい。もう、誰も失わないとその人に、そして自分に誓えばいい。後悔するのではなく、前を向き、その経験を次に生かすんだ」

 そう語るサラの表情はどこまでも洗礼されていて。

 自分には直視できない程眩しかった。

「どうして……」

「ん?」

「どうして……先輩は……そんな風に……考えられるんですか? 私には……できません」

 その問いに、サラは目を伏せた。

 長いまつ毛が、小さく震えた。

「私は……何もできない自分が嫌いだった。目の前で死んでいく人を何人も見たからな。……それに、大切な人も失った」

 想像を絶するサラの言葉に、リリナはただただ耳を傾ける。

「自分の判断で、自分も他の人も傷つけることなんて、ざらだったし……守れないこともあった」

 でもな、とそう呟く声はどこまでも優しい。

「だからこそ、わかったことがあるんだ」

 幾多の困難を乗り越えてきたからなのかもしれない。

 それを滲ませるような声にリリナは震えた。

 恐怖ではない。

 これは畏怖だ。

「後悔は、自分の歩みを止めるもの。誓いや決意は歩みを進めるもの」

 後悔は、自分の歩みを止めるもの。

 誓いや決意は歩みを進めるもの。

 リリナは、新鮮な空気を吸うように、深く息を吸った。

 サラの言葉が、すっと頭に入り込んでくる感覚が、なんだか気持ちよかった。

「今のままではだめだと思うのなら、後悔ばかりするのではなく、前を向け。自分に誓え。そうやって死を乗り越えないと、ずっと自分は何もできないままだ。だから私はそう考えるようにしている」

 人生経験が違いすぎる。

 そう思った。

 でも、サラの話を聞いて、自分の悩みはサラも経験したことなのだとわかって、少しだけ安堵した。

 もしかして、騎士である以上、この道は避けては通れない道なのかもしれない。

「それに、騎士は……一人じゃないんだよ。私は一人で行動していたからよくわかる。他人の意見も聞くことで、よりよい解決法が見つかるんだ。自分の考え方なんておおよそ決まっているし、限界だってある。それは仕方ないし恥ずべきことじゃない。一人で判断して、何もかもを背負いすぎる方が……より危険だ」

 リリナに言っているのではなく、まるでサラ自身に言い聞かせるような口ぶりだった。

「でもな、自分のせいで誰かが死ぬ、なんて考えるな。騎士である以上、いや……この世界に生きている以上、私たちは日々多くの人の命を背負ってるんだから。彼らの死を……あんたのチームメンバーの死を、無駄にする方がその人に対して失礼なんだ」

 頬を打たれたような気分だった。

 そうか、ただ立ち止まっているということは、彼女に対して失礼なことなのだ。

 自分は、わからない、と現実から、過去から逃げているだけなのだ。

 頭でばかりで考え、訪れるだろう恐怖に怯えているだけでは、何もかも正しい判断をしていると思い込んでいた過去の自分と何も変わらないのだ。

 結局は大きな失敗するのだ。

 後悔は、自分の歩みを止めるもの――。

 本当にそうだ。

「怖い、そう思わなければ、人や自分を守れないからな。だから、怖い、と思う気持ちは大切にした方がいい」

「怖い、という気持ちを……大切にする……」

「そうだ。誰かが目の前で傷つくのが怖いなら、強くなればいい。判断を謝りたくないなら、多くの意見を聞いて考えればいい。……始めから完璧でできる人間なんていないんだからな。これから成長していけばいいんだよ」

「これから……」

 自分の目の前に道ができた気がした。

 『未来』なんて考えたことなかった。

 いつも『今』と『過去』しか考えてなかった。

 そして、ずっと同じことを考えていた。

 正しさに拘って、恐怖に怯えて、『今』で、ずっと立ち止まっていた。

 私の、『未来』。

「正しい選択肢なんてこの世にない。選んだものしか結果がわからないからな」

 サラは一通り語り終えると、ゆっくりと深呼吸した。

「で、あんたはどうしたいんだ?」

「……え? 私は……」

 人間は考え方が違うのは当たり前だ。

 騎士になった理由なんて人それぞれだろう。

 戦う理由だってそうだ。

 人間は完璧じゃない。

 いつだって間違える。

 正しい行動なんて、本当はないのかもしれない。

 選んだ行動が、いつしか正しいものになるのかもしれない。

 起きてしまったことは、変えられない。

 後悔は、自分の歩みを止めるもの――。

 後悔ばかりでは彼女に失礼なのだ。

 彼女の死を尊んで、そして、背負おう。

 無駄にはしない。

 そこから学ぶのだ。

 自分一人で戦っているわけじゃない。

 だから、正しい選択肢なんて選べなくていい。

 そうだ。

 こんな私をサポートしてくれたバーバラ先輩、メイ先輩、ステラ先輩がいるじゃないか。

『大丈夫よ。アタシも付いているし、ステラもメイも付いてる。一人じゃないのよ。無理そうだったら手伝うし、アタシたちを頼っていいのよ』

 そう伝えてくれていたじゃないか。

 それを、気にも留めていなかった。

 ぐるぐるぐるぐる、同じことばかり考えて、気を取られていた。

 私は、一体何をしていたのだろう……。

 『今』で止まっていた時間が、動き出そうとしている。

 ああ、肺に入る空気が気持ちいい。

 血が、止まっている。

 涙も、止まっている。

 未来を見つめてみた。

 そこにはどんな自分がいるのか。

 私は――。

 雲間から青空が見えた。

「私は、先輩たちみたいに強くなりたいです……! もう、仲間を、失いたくありません……! 失って、後悔したくありません……!」

 声にしたら、心も体も軽くなった。

 とぐろのように巻いていた悩みなんて、もうどこかへ消えてしまった。

 すると声に反応するようにスカルが建物から這い出て来た。

 サラが庇うように立ち、リリナもゆっくりと立ち上がる。

 もう、迷わない。

 立ち止まらないよ。

 前を向いて、進む。

 そう決めた。

 もう、誰も失いたくない。

 そう誓う。

 ねえ、アイリス。

 見守っていて。

『生意気言ってんじゃないわよ、あんたなんて嫌いだから』って言われそうだけど。

 でも。

 教えてくれてありがとう。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

異世界に飛ばされたおっさんは何処へ行く?

シ・ガレット
ファンタジー
おっさんが異世界を満喫する、ほのぼの冒険ファンタジー、開幕! 気づくと、異世界に飛ばされていたおっさん・タクマ(35歳)。その世界を管理する女神によると、もう地球には帰れないとのこと……。しかし、諦めのいい彼は運命を受け入れ、異世界で生きることを決意。女神により付与された、地球の商品を購入できる能力「異世界商店」で、バイクを買ったり、キャンプ道具を揃えたり、気ままな異世界ライフを謳歌する! 懐いてくれた子狼のヴァイス、愛くるしい孤児たち、そんな可愛い存在たちに囲まれて、おっさんは今日も何処へ行く? 2017/12/14 コミカライズ公開となりました!作画のひらぶき先生はしっかりとした描写力に定評のある方なので、また違った世界を見せてくれるものと信じております。 2021年1月 小説10巻&漫画6巻発売 皆様のお陰で、累計(電子込み)55万部突破!! 是非、小説、コミカライズ共々「異世界おっさん」をよろしくお願い致します。 ※感想はいつでも受付ていますが、初めて読む方は感想は見ない方が良いと思います。ネタバレを隠していないので^^;

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!

つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。 他サイトにも公開中。

孤児院で育った俺、ある日目覚めたスキル、万物を見通す目と共に最強へと成りあがる

シア07
ファンタジー
主人公、ファクトは親の顔も知らない孤児だった。 そんな彼は孤児院で育って10年が経った頃、突如として能力が目覚める。 なんでも見通せるという万物を見通す目だった。 目で見れば材料や相手の能力がわかるというものだった。 これは、この――能力は一体……なんなんだぁぁぁぁぁぁぁ!? その能力に振り回されながらも孤児院が魔獣の到来によってなくなり、同じ孤児院育ちで幼馴染であるミクと共に旅に出ることにした。 魔法、スキルなんでもあるこの世界で今、孤児院で育った彼が個性豊かな仲間と共に最強へと成りあがる物語が今、幕を開ける。 ※他サイトでも連載しています。  大体21:30分ごろに更新してます。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

『おっさんの元勇者』~Sランクの冒険者はギルドから戦力外通告を言い渡される~

川嶋マサヒロ
ファンタジー
 ダンジョン攻略のために作られた冒険者の街、サン・サヴァン。  かつて勇者とも呼ばれたベテラン冒険者のベルナールは、ある日ギルドマスターから戦力外通告を言い渡される。  それはギルド上層部による改革――、方針転換であった。  現役のまま一生を終えようとしていた一人の男は途方にくれる。  引退後の予定は無し。備えて金を貯めていた訳でも無し。  あげく冒険者のヘルプとして、弟子を手伝いスライム退治や、食肉業者の狩りの手伝いなどに精をだしていた。  そして、昔の仲間との再会――。それは新たな戦いへの幕開けだった。 イラストは ジュエルセイバーFREE 様です。 URL:http://www.jewel-s.jp/

【完結】断罪後の悪役令嬢は、精霊たちと生きていきます!

らんか
恋愛
 あれ?    何で私が悪役令嬢に転生してるの?  えっ!   しかも、断罪後に思い出したって、私の人生、すでに終わってるじゃん!  国外追放かぁ。  娼館送りや、公開処刑とかじゃなくて良かったけど、これからどうしよう……。  そう思ってた私の前に精霊達が現れて……。  愛し子って、私が!?  普通はヒロインの役目じゃないの!?  

処理中です...