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南都市編
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しおりを挟む気が付いたとき、目の前に傷を負った騎士三人が倒れていた。
もちろんザグジーとウィルソンものびている。
気づけば真っ黒だった洞窟内が、一つ一つの石が淡青色に光り、洞窟全体を幻想的に照らしだす。光の濃淡は確かに海の底にいるかのようで、それは見る誰もに感嘆のため息をつかせるほどの美しさだった。
サラはそこらかしこに散らばっている石を一つだけ拾い上げた。ビロードのように透明感のある石は光沢を放つ。
サラは肩で大きく息をした。肺に入ってくる空気が綺麗で、心底安堵した。
「はあ……はあ……よかった……」
騎士には浄化能力が多少はある。
けれどこれだけの広い範囲をしたのは初めてだった。
意外とやればできるもんだな……。
疲労感が半端ないが、そんなことは言ってられない。
「おい、起きろ!」
「あれ……ス、スカルは!?」
「もう倒した……、彼らは元の姿になっている」
「ガッツェ、リアム、フィリップ……!」
ザグジーが駆け寄るが、彼らは一向に目を覚まさなかった。
「元に戻ってる……!? サラちゃんどうやったの!?」
「ただ浄化しただけだ。でも、息はあるが、意識が無い」
「病院へ戻るっす!」
「ああ。ウィル、ザグさん、三人を連れて病院へ行け」
「え!? サラちゃんは!?」
「私はこの奥に何かいないか確認してくる。この洞窟がこんなにも闇に染まってしまった原因が何かわかるかもしれない」
本当は姉さんへの手がかりが何かあるかもしれないと思ったからだ。もしかしたらないかもしれないが、何か次につながる手がかりが欲しかった。
「原因を探るのは後でもいいんじゃ……」
「そうっすよ、とりあえず一旦戻った方がいいんじゃないっすかね? 俺たちを守るためにサラさんが一番体張ったんすから! 手当てをしないと!」
「大丈夫だ。心配はいらない」
そう言ってサラは駆けだそうとしたが、何かを思い出して立ち止まる。
「あ、そうだ。これ」
ザグジーへ先ほど拾ったものを手渡す。
「これ、惚れた女性に渡せばいい。浄化されているから、綺麗なはずだ」
「え!? あ、あざっす……! って、え!? な、何で……!?」
「じゃ、三人を頼んだぞ」
サラは彼らに背を向けて、振り返ることもせず奥へ突き進んでいった。
✯✯✯
闇が渦巻く、空間。
ゆっくりと吸収するように、棺桶に入っている少女の胸が上下する。
「入口辺リガ、騒ガシイデスネ」
「殺し合っているんじゃないかしら? 出掛けるついでに見物にでも行こうかと思ったけど、やっぱりノヴァ様のそばにいないとね? いつお目覚めになられるかわからないし」
「昨日ハ出掛ケタノニ」
「うっさいわね! お黙り!」
「ハイ……」
キャンヴェルは「はあ」と感嘆のため息をつきながら、棺桶に腰かけて中を覗き込んでいた。
「ああ……、真っ白なお肌……お美しい。瞳は、真っ黒かしらね? ああ……その瞳で、あたくしを早く見つめてくださいな……」
キャンヴェルはするり、と頬を撫でた。
血の気のない頬は、冷たい。
ぞくぞくしたキャンヴェルは、たまらず「あ」と甘美な声を漏らす。
それに反応するように、まつ毛が震えた。
「!」
キャンヴェルはゆっくりと棺桶を離れ、膝をつく。
体が歓喜で小刻みに震えだした。
ああ、やっと……!
ゆっくりと目を開けた少女は、起き上がった。
この世界の絶望を映した瞳で、辺りを見渡した後。
全てを悟ったように小さく笑った。
「……我が名はノヴァ。キャンヴェルよ、感謝する」
✯✯✯
どれぐらい走っただろうか。
息が切れる。
闇が、体を押し潰そうとする。
体も、心も擦れていきそうだ。
姉さん……!
それでもサラは奥へ奥へと進む。
この先に姉さんへの手がかりがつかめれば……!
何か、何か情報が欲しい……!
「!」
サラは目の前に現れた人を見て、足を止めた。
より一層闇が濃くなったその先に、いたのだ。
髪の毛はこの空間と同じような黒色。
薄手の服の裾からは、白く細長い手足が覗く。
こちらを振り返った姿は、見間違えるはずがない。
サラとよく似た顔の、たった一人の姉――ルナだった。
「姉さん!」
やっと見つけた!
サラが駆け寄ろうとするも、何かに捕まれた。実態のない、黒い手のようなものだ。
手足が縛り上げられて、前へ進めない。
なんだ、これ……?
「何者だ?」
低く硬質な声に、サラは瞠目する。
姉さん……じゃない? 別人なのか?
「あらあ? ノヴァ様、あたくしが始末しておきますから。ノヴァ様が直々に手を下すほどの者ではないかと」
ノヴァ……? 一体、どういうことだ?
「よい。この体を試すにはちょうど良い」
「そういうことでしたら」
おほほほ、とキャンヴェルはスカルを従えて闇の奥へ消えてゆく。
「姉さん! あんたは姉さんじゃないのか!?」
ゆっくりと近づいてくる姿は明らかに姉だ。
なのに、どうして。
「この体は、お前の姉の体なのだな? なるほど……」
すっと頬に手を添えられた。
過去、サラを安心させようとして触れた手とは思えない、ぞっとする程温度のない冷たい手だった。
「姉さんじゃ、ない……? お前は……? 一体、誰だ……? 姉さんは一体どこへ……?」
どくどくどく、と耳元で音がする。冷や汗が流れてきて、全身の体温が下がっていくような気がした。
嫌な予感を肯定するように、不意に、姉の姿の人物は笑った。
「この女は死んだ」
「死、んだ……?」
今、なんて……? しんだ?
「は……? 嘘だろ……? その姿はどう見たって姉さんだ……。姉さんを一体どこへやった!」
サラは必死になって叫んだ。
突き付けられた真実を、見たくはなかった。何も、聞きたくはなかった。
「現実は常に非情なのだよ」
ふっと笑った表情はルナそのものだった。その笑みに、サラは泣きそうになった。
「我は闇を統べる者」
――ノヴァだ。
そう耳もとで囁かれた瞬間、体が硬直した。
ああ、姉さんは、もう、いない……。
気が遠くなるような気がした。
聞こえてくる声も遠い。
するとノヴァの手を拒絶するかのように、バチィィとサラの体が反応した。アルグランドが守ってくれているのかもしれない。
『おい、サラ、しっかりしろ!』
アルグランドが叫ぶ。
締め付けられているせいか、呼吸が上手くできなかった。体が悲鳴を上げているように痛い。
「貴様、光の者か……。体力を回復するのに取り込めばいいと思っていたが……」
ノヴァは眉間に皴を寄せ、サラからすっと距離をとる。
「お前は我の野望に邪魔な人間だ。……死ね」
すっと、手の平をこちらに向ければ、サラに向かって強烈な闇エネルギーが放たれた。
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