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南都市編
2
しおりを挟む思い返す事数日前――。
「ここは……」
グラヴァンとやり合った後、目が覚めたら病院にいた。
ベッドのすぐ横でアルグランドがすやすやと寝ている。
憔悴しきっている様子を見ると、かなり心配をかけたのかもしれない。
すまない、そして、ありがとう。
その気持ちを胸にサラはアルグランドを眺めていたが、自分の今の状態はどうなのだろうかと思い、体を起こそうとした。
けれど脇腹が特に痛んだので、起き上がることができず顔を歪めるだけだった。
「……っ」
そうだった。グラヴァンとの対決で自分はかなり深手を負ったのだ。
包帯が巻かれている自分の体を見下ろして、小さくため息をつく。
異界の深淵……。
姉さんはそこにいる。
問題はどうやってそこに行くか、だ。
「失礼します。おや、起きていましたか」
サラの思考を遮るように、カーテンを静かに引いて入ってきたのは、騎士団医のヒルドハイムだった。
年齢は三十代後半ぐらいだろう。髪の毛はぴっちりと撫でつけられ、皴のない白衣を身に着けている。
なんだか神経質そうな人だ。
そう思って入れば、ヒルドハイムは不機嫌そうに銀縁眼鏡をくいっと押し上げた。
「重病人がでたと聞いて飛んできましたよ……全く」
騎士団医は戦地に赴き、騎士の治療にあたる。多くがそうであるけれど、大きな都市などにある病院に常駐していることもあるらしい。
「すまない……」
「いや、怪我を負った騎士を治療するのが私の仕事ですから、そこは気にしないでください」
「……感謝する」
「はい。では、傷の状態を診させてもらいます」
道具をベッドサイドに広げ、「失礼します」と病衣をめくり上げる。
まず包帯を黙視した。それから包帯をほどき、傷口を確認。
すると怪訝そうにヒルドハイムの眉間に皴が寄った。
「どうかしたのか……?」
「いや、傷の治りが驚くほど早いですね。普通、騎士がこのぐらいの傷を負った場合だと、一週間ほどの時間が必要なのですが……」
困惑しているような、感心しているようなヒルドハイムの言葉につられるように、サラは傷口に視線を向けた。
痛みはあるが脇腹の傷口はもうすでにくっつきかけている。
出血は今のところない。
それに擦れているだろう跡は治りかけていた。
「二日ほどでこれだけ回復するとは……」
「私は自分でも他の騎士よりも傷の治りが早いことは知っていた。……でも、二日も寝ていたのか?」
「ええ」
頷いたヒルドハイムは処置を施し、持ってきていた新しいガーゼを傷口に固定し、包帯を手早く巻いていく。
「まあ、ここまで回復すれば出血の可能性はあまりありませんが、何かの衝撃が加わることで再度出血することがありますので、念のためにガーゼと包帯をつけています。もう少し傷が治れば取っても構わないでしょう」
ヒルドハイムは説明すれば、ベッドサイドに広げられた道具を手早く片付け始める。
「じゃあ、これぐらいの傷なら、もう任務に戻れるな。ありがとう」
そう言うと、ヒルドハイムは深いため息をついた。
「もう少し体を休めた方がいいと思いますけどね……」
「どうしてだ?……私にはあまり時間がない……」
切羽詰まっているサラに対して、ヒルドハイムは諭すように語る。
「万全の状態でなければ、思った以上の力は引き出せないでしょう。確かに、あなたの体は他の騎士よりも回復力が優れています。それは、おそらく精霊との結びつきが強いからなのでしょうが……、自分の回復力を過信しすぎると自分と精霊の命に関わりますので、取り返しのつかないことになりかねません」
「……そうか」
サラは憔悴しているアルグランドに目を向ける。
私が無茶をしたせいか……。
ごめんな。
「そうです。今はまだ回復できる範囲かもしれませんが……これでは命がいくらあっても足りませんよ」
小さくため息をついたヒルドハイムは「では、何かあれば枕元にあるナースコールを押してください」と、出ようとした時。
新たに誰かが入ってきた。
「やあ。体調はどうだい?」
柔和な微笑みを湛えているのは騎士団医の護衛騎士、ニコラスだった。ヒルドハイムと同じぐらいの年齢だろうか。
彫の深い精悍な顔立ちは世の女性を虜にしてしまうほど甘い。
「……ニコラス」
ヒルドハイムの纏う雰囲気が一気にピリつく。
「彼女は病人です。体調は悪いに決まっているでしょう。それにあなた、私がここにいる間はこの町の哨戒任務中でしょう。ここに何しに来たのですか?」
「いやだなあ、ヒール。私は彼女のお見舞いに来ただけじゃないか。それに、今私は自称休憩中だよ」
「はい、サボりですね。それに、見舞いじゃなくて、あなたはこの場を荒らしに来たんでしょう? 帰ってください。あなたがいたら治るものも治りませんから」
「酷いなあ……。治る傷は治るし、治らない傷は治らないよ。それに、傷は体に受けるものだけじゃないからね」
ニコラスはそう言ってサラにウィンクを飛ばしてきた。
「何、急にまともなことを言っているんですか」
ヒルドハイムは目を吊り上げて睨む。けれど「あっはっは。まあ、そう怒るなよ」とニコラスは終始笑顔。
本当に一体この人は何をしにきたのだろう……?
疑問を浮かべていると、ニコラスがサラに向かって白い歯を見せるようにニッと笑った。背後に隠していたものをベッドサイドのテーブルにそっと置く。
ふんわりと香るそれは、見舞いの花束。色とりどりの花は優し気にその場でほほ笑んでいる。
「まあ、ヒールの言い分も少しは合っているかもしれないからね、わたしはこれで退散しよう。いいかい、無理は禁物だよ。女の子は体を大切にしないといけないからね」
そう言って爽やかに出て行こうとする寸前でこちらを振り返った。
何か言い残したことがあるのだろうか。
「あ、そうだ。君はどこの都市の所属でもないよね?」
「……そうだが」
「じゃあ、療養として、南都市に行けばいいんじゃないかな? あそこはバカンスにはもってこいなんだ。傷の治癒が早い」
「それはあなただけでしょう」
「いやあ、そんなことはないよ? ねえ? ウィルソン君」
いきなり話しかけられたウィルソンは、カーテンの外で「え!? まあ、確かにバカンスにはいいかもですけど……うーん……療養の目的としては……ちょっと」と困惑気味に答える。
「そうか、それは残念だ!」
「ただあなたが南都市に行きたいだけでしょう! 休養をとるのはここで十分ですよ」
ヒルドハイムが眼鏡をくいっと上げた時、サラとウィルソンの無線が鳴った。
『サラ、ウィルソン、任務お疲れだったな』
フレデリックだ。
「ああ」
『新しい任務だ。今回はスカル関連じゃないらしい。なんでも南都市でイベントを開催するらしいから、療養の目的として、それに参加してほしいらしい。そのイベントではほとんど動かないらしから怪我を負っていても大丈夫だそうだ。南都市長からの依頼で、イベント内容は行ってから確認してくれ』
その任務内容を聞いた途端、そばにいたヒルドハイムが「すいませんが」と口を挟む。
「特務長、失礼ですが彼女は重病人です。療養の目的としても、そんなイベントへの参加は医師として許可できません。それに南都市までの移動も体に負担がかかります」
『あなたたちがいるじゃないですか』
「「は?」」
ヒルドハイムとニコラスの声が重なった。
『ヒルドハイムさんとニコラスさんがそこにいるでしょう。南都市まで付いて行ってくれませんか』
「……つまり、私たちの移動用の車で二人を南都市まで連れて行け、と」
能面のような表情を浮かべたヒルドハイムに比べて、ニコラスはぐっと親指を立て、「お安い御用さ」と満面の笑みを浮かべていた。
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