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守護精編
47(カーティス視点)
しおりを挟む変化。
その言葉は魅力的で、僕は求めてやまなかった。
羨望。
誰かを眺めては、いつも心の中で思う。
でも、何かを求めるには、僕は臆病すぎた。
✯✯✯
僕はずっと空気だった。
友達もいなくて。ただ毎日ひっそりと息をするように生活していた。
僕が引っ込み思案だったっていう性格のせいもあったし、親が転勤族で、幾度も変わる学校になかなか馴染めなかったっていうのも重なって、僕はいつも一人だった。
それに僕には存在感がなさ過ぎて、「お前、いたの?」とか「誰だっけ?」とか言われるのがすごく嫌で、怖くて、自分から声なんてかけられなかったんだ。
しかしある日、下校中にスカルが目の前に現れた。
カーティスは死ぬ、と身構えたが、そのスカルはカーティスにわき目も振らず、真横を通り過ぎていっただけだった。
え、どうして。と疑問が沸いたけれど、僕は同時に安堵したのを覚えている。
僕の存在に向こうは気が付いていなかったのかもしれない。
目の前にいたのに。
でもそのお陰で殺されなくて済んだのだ。
カーティスが恐る恐るスカルの行方を視線で追っていたら、その先には騎士がいた。
その光景にカーティスは息を呑んだ。
踊るように繰り出される攻撃はスカルを翻弄し、追い詰める。
攻撃させる隙など与えないかのようだ。
追い詰められたスカルが反撃しようとしたが、その攻撃を待っていたかのように騎士に返り討ちにされてしまった。
スカルは誘導されていたのだ。
あっという間に消えていったスカルを背に、その騎士はどこかへ駆けて行った。
僕は感嘆のため息をついていた。
かっこよかったのだ。
騎士の身のこなしもそうだが、なんせその姿には存在感があった。
そこで僕は思った。
もしかしたら、騎士になればこんな僕も変われるんじゃないかって。
だから、僕は騎士養成学校に入学した。
でも、入学できても、結局のところ僕は僕で。
変わろうと思ったけれど、声をかけるのもやはり怖くて、どうしたらいいのか正直わからなくて。
しばらくいつも通りの日々を過ごしていた。
そしたらある日、事件が起こった。
寮へ帰るのに学校内を歩いていたら、中庭で同期の候補生たちが訓練をしていた。
巻き込まれないようにかなり距離をとって歩いていたのに、僕の頭に何か衝撃が走ったのだ。
「え???」
その衝撃で倒れたが、まだ意識はあった。
一体何が頭にぶつかったのか確認しようと恐る恐る頭に手を添えた。すると、手に触れたのは木刀だった。
……木刀??
頭の方に手を動かしてみれば、どうやらそれが突き刺さっているようなのだ……。
え?? どういうこと?? というか木刀って頭に突き刺さるんだ?? と正直思ったし、混乱していたし、出血量半端ないし、これは死んだな、と思った。
でも気づいたら病院にいて、頭は包帯でぐるぐる巻きにされていた。
点滴の中に痛み止めが入っているのか、頭は痛くなかった。
恐る恐る触ってみたけれど、傷口がどうなっているのかわからなかった。
「……僕、生きている」
ふとベッドの脇へ視線がいった。
そこには俯いている候補生がいた。
誰だろうと思って眺めていたら、以前中庭で訓練していた人だった。僕の頭に木刀をぶつけた本人、だろうか。
白髪で活発な女性。武力が強くて有名な、確か名前は。
「グリゼルダさん……」
ばっと顔を上げたグリゼルダの顔は真っ青だった。
「先生!! 目が覚めた!!」
いきなり大声で病室を飛び出し、廊下を駆けていく。
医者を呼びに行ったのだろうか。ぼんやりとそんなことを考えながら、僕は廊下の方を眺めていた。
それから医者や看護師がやってきて僕の状態を確認し、処置を終えた後、退室していたグリゼルダが病室へ入ってきた。
「……グリゼルダさん。君はどうしてここにいるの?」
なぜここにいるのか理解できなかった僕に、グリゼルダが深々と頭を下げた。
「すまなかった。黒マスクとの訓練中に私が投げた木刀が、あんたの頭に突き刺さってしまった」
「ああ……。そのこと……」
黒マスクって一体誰だろう。相手側だろうか?
「別に僕は生きてるし……」
「本当に申し訳ないと思っている」
そう言っているが、物凄く睨まれているような気がする。
鋭い瞳だからだろうか。
それとも機嫌が悪いのだろうか。
謝っているが、正直怖い。
こんな人とは関わりたくないというのが彼女の第一印象だった。
「も、もういいよ……」
「……だが、思うところがある」
グリゼルダのその一言で体が強張った。
以前にも似たようなことがあった。
その時は気配のないお前が悪いのだと言われたのだ。
だから同じような事を言われるのではないか、と思い耳を塞ごうとしたその直後。
「前髪、あんた凄いな!!」
「は?」
想定外のことを言われてカーティスは動きが止まった。
正直間抜けな顔をしていたと思う。
「木刀が突き刺さったのにも関わらず死ななかったこと!! それに、私は細心の注意を払って訓練していたが私でも気づけないほど気配を消せるってこと!! あんたは凄すぎる!!」
「……は、はあ」
あんたは凄いんだ!! と肩を持って揺さぶられた。物凄い力で。
僕、病人なんだけど。しかも怪我をしている頭を揺らすのやめてくれませんか……。
「おいおい、病人相手に何してんだよ」
救世主のように現れた少年は艶やかな紫色の髪の持ち主で、独特な雰囲気を漂わせている。
いつも黒いマスクをしている彼は、不思議な人だ。眉目秀麗なのだから、そのマスクを外せばいいのにと思うが、もしかして年中鼻炎なのだろうか。
「お、黒マスク、遅かったな」と少年の方を振り向いたグリゼルダが名を呼ぶ。
が、彼はジャイルズだ。
彼を変なあだ名で呼ぶことが気になったが、先ほど言っていた前髪とは、もしかして僕のことだろうか?
「というか病院までよく来れたな」
「当たり前だろ? 親切なよぼよぼじいちゃんが道案内してくれたんだよ」
「……老人をこき使うな。そもそもそのじいさんはお前の顔が怖いから断れなかったんだろ」
「はあ!? なんだって!?」
「あの……盛り上がってるところ悪いけど……静かにしてもらえませんか」
おずおずとカーティスがそう言えば、取っ組み合いになりそうな雰囲の二人は静かになり、ベッドの横に置いてある椅子に腰掛けた。
「すまない」
「あの……ジャイルズさんはどうしてここへ来たんですか?」
「ジャイルズでいい。それに同期なんだから敬語もいらない。俺からも謝っとかないといけないと思って。この前はすまなかった。俺が避けなければ、カーティスが巻き込まれることはなかっただろうに」
「え?」
「……どうした?」
「いや、あの、どうして……僕の名前を知っているんですか?」
「は? 同じクラスなんだから知ってるだろ。それに、俺もグリゼルダと同様、お前の気配の消し方には日々勉強させてもらってるよ」
「……」
名前を覚えてくれていることはすごく嬉しかったのに、なぜかひどく傷ついた。
その理由がよくわからなかったけれど、不意に涙が出そうだった。
カーティスは堪えて無理に笑顔を作る。
「あの、名前、覚えてくれて、ありがとう……」
「はあ……」
「あの、でもちょっと、もう、ここから出て行ってくれるかな……? 少し、疲れたみたいなんだ」
「ああ……目が覚めたばっかだもんな。すまん。おい、グリゼルダ帰るぞ」
「ああ。また来る」
そう言って病室を後にした彼らに、僕はもう来ないで欲しいと思った。
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