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北都市編 後編

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 ウィルソンは「外に行って頭冷やしてくる」と一人研究所を出て行った。

 研究所内は騒然としていて、モリスは気にする素振りもなくエクサイトを連れて姿を消した。

 けれど一人だけモリスについて行かずに、サラの方へ歩いてきた少女がいた。

「あの……」

「何だ?」

 ウィルソンにデイジーと呼ばれていた少女だ。癖のある髪の毛に、愛嬌のある瞳。どことなくウィルソンと似ていると思った。

「私は、先ほどの人とどのような関係だったのでしょうか? 知り合いだったのでしょうか?」

 おずおずと聞いてくる少女は、先ほどウィルソンに問い詰められていたのを気にしているようだった。

「さあ? 私が知るハズがないだろ。なぜ私に聞くんだ?」

「先ほどの人と会話をしていたので、もしかしたら何か知っているのではないかと思ったのです。ただ、それだけです」

「……私は何も知らないぞ」

「そう……ですか」

 少女の表情に影が落ちる。

 モリスがエクサイトとなった者は精霊に体も精神も委ねていると言っていた。

 そして、元の人間の記憶がないとも。

 では、その元の人間は一体どこへ行ったのだろうか。

 もはや元の人間はこの世にはいないということなのだろうか。

 それに落ち込んでいるのは精霊の方なのだろうが、なぜ落ち込む必要があるのだろう。

 精霊とウィルソンは恐らく関係ないはずなのに。

 ということは、元の人間がもしかしてどこかに存在しているということなのだろうか。

 それとも体に沁み込んだ記憶が、彼女を落ち込ませているのだろうか。

 そもそもの精霊の性格なのだろうか。そう言ってしまえばそれで方は付くが。

「……」

 まあ、私がいくら考えたとしてもどうすることもできないのが現状だ。

 でも、ウィルソン自身のことや、このエクサイトたちのことが少しでも分かれば、姉さんを助ける別の方法が何か思い浮かぶかもしれない。

 あの研究員……確かアビーとか言ったな。聞いてみるか。答えてくれるかは、知らないが。

「シンディ」

 吹き抜け廊下の三階辺りから、少女を呼ぶモリスの声が響いた。

「……呼ばれたので、失礼します」

「あ、おい」

 サラは咄嗟に自分の口から出た言葉にはっと口を噤む。

 引き留める気なんてなかったのに、なぜか引き留めてしまった。

 それに声をかける言葉を何か考えていたわけでもない。

「はい」

 不思議そうにこちらを見るシンディに、サラは少しだけばつが悪そうに視線を逸らす。

「もし……気になるんだったら、自分で確認したらどうだ?」

 もしそれが、お互いに傷つくことになったとしても。

 何も知らないよりはいいんじゃないのだろうか。

 大切なモノをさらに失ってしまう前に。

「……そう、ですね」

 表情が硬くなったシンディはぺこり、と頭を下げてぱたぱたと床を駆けて行った。

 サラはシンディの立ち去った後、暫くその場を眺めていたが、頭を振って歩き出す。

 私が気にかけていても仕方ない。それよりも、エクサイトについてだ。

 サラはアビーを探し、研究施設内を歩き回る。

 しかし、先ほどまでフロアAにいたのに、彼女を見つけることができないのだ。

 おい、一体どこに行ったんだよ……。

 深いため息をつき窓の外をなんとなしに眺めた。

 するとふと、サラは何かを見つけて立ち止まった。窓の向こう側に別棟らしきものが見えるのだ。

 この施設は巨大な建築物で、その構造としての建物は一つだと思っていたが、どうやら違うらしい。

「……あれは」

 一回り小さく、木々と雪に覆われた白い建物。

 周りからひっそりと隠されるように存在している。別棟は渡り廊下で繋がっているようで、もしかしたらそこにアビーがいるのかもしれない。

 サラは別棟の入り口を探すべく一階へ降りて行こうとしたら。

 ドオオオオオン。

 爆音と激しい揺れが研究施設を襲った。

「なんだ?」

 吹き抜けから爆発の方を見てみれば、ロックされていた扉が大破しており、そこからあふれ出てくるように黒煙がもくもくと上がっている。

 あそこは……確か。

 まさか、と記憶を手繰り寄せようとすると。嫌な予感を的中させるように、非常ベルがジリリリリ、と鳴り響いた。

「おい、あの研究室は……!」

「もしかして模擬異界が爆発したのか!?」

「状況を確認しに行くぞ!」

 付近にいた研究員が慌てて黒煙の中へ勇敢にも入ろうとすると、黒煙の中から誰かが悠々と姿を見せた。

「ヤッホー! ここが命の木かイ? 手伝いに来たゼ! イエア!」

 あいつ……! 何でここに……!

 変なラップ調で話す、アフロヘアの男。そう、現れたのは闇の使者――ライヴンだった。
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