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故郷編
12
しおりを挟む「待たせたの!」
ぱあん、とまばゆい光と破裂音が同時にその空間を支配する。
サラは目を眇めた。
「……?」
光が収まり、目の前で仁王立ちしている姿を見て、サラはその名を呼ぶ。
「エスティ……?」
そう。サラをグラヴァンから守るようにして、エスティが立っていたのだ。
しかも片手にはポップコーンの入った箱を持って。
なぜ、ポップコーンを持っているのかは謎だったが。
「諦めるでないぞ!」
「……でも、今の私には戦う術がない」
「精霊がいないから、かの?」
図星を言い当てられて、ぐ、と口ごもる。
ふん、と鼻で笑われた。
「聞こえないのかのお? サラ、お主を呼ぶ精霊の声が」
「は?」
何を言われているのか、全然わからなかった。
声?
「耳を澄ませても、何も聞こえない」
「人間の耳は腐っておるなあ」
困ったように笑うエスティに、グラヴァンが斬りかかる。
「本当に、次から次へと邪魔が入る」
鋭く閃く刃を、エスティは優雅に避けた。一閃二閃と続け様に剣を振るうグラヴァンを、ひらり、ひらりと避けてゆく。
まるで踊っているみたいだ。
わずかに微笑をたたえている。
「年季が違うぞ、若造」
ぐ、態勢を低くし、片手を引いた。その手には風が宿っているかのように見えた。
その手から放たれる攻撃を予期し、グラヴァンは身構えるように剣を構え直そうとする。
その行動を見、エスティが笑みを深くした直後。
エスティはポップコーンの箱に手を突っ込んだ。
「くらえ、ポップコーン爆弾!」
エスティが片手いっぱいにポップコーンを握りしめ、それを盛大に撒き散らした。
ふわっ、とポップコーンが宙に舞う。
視線がポップコーンに注がれた。
「……!?」
いや、それは視線を逸らすための巧妙な手口か、とグラヴァンがエスティへ視線を戻す。
けれどエスティはにやにやしてその場で立っているだけで、攻撃をしようとしない。
目眩しだけのはったりか、とグラヴァンは若干苛立ちを見せ、ポップコーンを剣で弾いた。
その場を背後から眺めていたサラも呆気に取られていた。
そんなしょぼい攻撃では全く意味がないだろう、と思っていたが。
剣で弾かれたポップコーンが、突然眩しく爆発したのだ。
かなり大規模に。
「ぐあ……!」
爆風が吹き荒れ、家の中にあるテーブルや家具が壁に激突し、ガラスのない窓や壊れた壁から一斉に風が走り抜ける。
グラヴァンは家から弾き飛ばされた。
「これで多少は時間稼ぎできるじゃろう。食べ物は粗末に扱ってはならんぞ」
「あんたが言うな」
「……で」
エスティは屈みこんで、サラの胸に手を当てた。
何かを感じたのか、エスティの眉根に一瞬だけ皴が刻み込まれたが、すぐに深い笑みに変わる。
「仕方ないのお。少しだけだぞ」
「何だ……?」
「お主の光の力は、人間が感知できない程弱まっているってことじゃ。消えてはおらん。ただ、危うい状態なだけじゃ」
「じゃあどうすれば――っ!」
「しっ」とサラの唇に人差し指を当てる。
「耳を澄ませ」
すると、サラとエスティが淡い光に包まれた。
じんわりと、自身の光の力を感じ始める。
それと同時に、サラの中には疑問がわき上がる。
「あんたは、一体……?」
「ただのエスティじゃ」
この者、ただものではない。
「サラ……」
のそ、と姿を見せたのは。
「アル……!」
サラは痛い身体を無理やり動かして、アルグランドを抱きしめた。
数日と言うのに、随分とアルグランドの姿を見ていない気がしていた。
抱きしめる感覚が懐かしくて。
うれしくて。
涙が出そうだった。
「もう、会えないかと思った……!」
「大げさだな」
ちらり、とエスティの姿を見たアルグランドが一瞬目を見開いたが、エスティはただにやにやしているだけ。
「サラ、たらふくポップコーンが食べたいのお……?」
「……任せろ。ポップコーンなんていくらでもくれてやる。……エスティ」
「何じゃ?」
「ありがとう」
ふふふ、と嬉しそうに笑うエスティ。
煙の向こう側から、グラヴァンがガシガシと頭を掻きながら姿を見せる。
「はあ……。全く、お楽しみの時間が台無しだよ」
その姿を二人とも目に留める。
「じゃあ、我はそこで寝そべっている祈祷師と逃げているぞ。だから、後は頼んだぞ」
「ああ。わかった」
先ほどの爆風で意識を失ったマリアを抱き上げ、エスティが森へ。
姿が消えた事を確認して、サラはもう一度自身の精霊へ視線を向けた。
「サラ……さあ、願うんだ」
「ああ」
サラは目を閉じる。
希望や願いが光の力となる。
こんなところでは死ねない。
私は。
自身の脳裏に走馬灯のように人々が思い浮かぶ。
救えなかった人たち、救えた人たち。
仲間の顔。
そしてアルグランドの姿。
最後に、悲しそうにほほ笑む姉。
「私は姉さんを助けたい。苦しんでいる人も、救いを求めている人も」
アルグランドがじっと耳を傾けている。
「誰も傷つけたくはないし、もう、失いたくない」
もちろんアルも。
当然だ。
失って大切さを知るなど、遅すぎる。
もう、二度と失わない。
「失わないように、私は戦う」
アルグランドが横で「懐かしいな」とふっと笑った気がした。
「共に、戦うと誓おう。――サラ」
無茶するなよ、と付け足して。
もう、無茶はしないよ。
グラヴァンがどす黒い笑みを浮かべ、す、と剣を構えた。
アルグランドが剣となり、サラが光に包まれる。
受けた傷が徐々に塞がってゆく。
――アル。
本当にありがとう。
アルは最高の相棒だよ。
グラヴァンが爆発的な力で踏み込んでサラに迫ってきた。
サラはまばゆい光に身を任せ、走りだす。
「瞬刻の煌!!」
カッと目を見開けば、洗礼された剣先がグラヴァンに吸い込まれるようにして、一撃が放たれた。
強大な力がぶつかって。
光が爆風と共に円環状に広がり、空気が震えた。
シリウスと対峙していたスカルが、その光によってかき消される。
風が止んだ後、斬り合った二人はお互いに静止していた。
けれど、ぐらりと体が傾いたのは、グラヴァンの方だった。
「ぐ……」
やったか……。
サラは肩で息をしながら、倒れているグラヴァンの方へ向かった。
どこか清々しい表情を浮かべているグラヴァンは、さらさらと体が消えている。
「君に……殺されるのも……悪くないね……。なんだか、とても気分がいい」
「……教えてくれ」
「……何を?」
「異界の深淵は、どこだ? どうしたらそこへ行ける? あんたらは何のためにこんなことをしているんだ?」
ちら、とサラの方へ視線を向けたグラヴァンはふっと鼻で嗤う。
「異界の深淵は異界の深淵だよ……。君たちは足を踏み入れられない……。どう頑張ってもね……」
さらさら、と消えてゆく。
「君たちは健闘しているけれど……残念ながら、あの方の野望は止められない……」
「野望…?」
「そう、野望さ」
「そんなもの、止めてみせる。そして、姉さんを助ける」
「……姉さん、ね」
グラヴァンが、風と共に消えてゆく。
その風と共に。
「君たち人間は運命には抗えないんだよ」
そう、含み笑いがサラの耳をかすった。
「……っ」
サラはぐ、と拳を握る。
抗ってやるさ。
どんな未来が待っているとしても。
私は、自分で未来を切り開いて見せる。
仲間となら。
アルとなら。
きっと大丈夫だ。
ざあああああああ、と全てが風に攫われ。
グラヴァンは跡形もなく消えた。
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