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中央都市編
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しおりを挟むセントラル病院。
医師や看護師が慌ただしく廊下を行きかう。
サラは、横になるウィルソンを眺めて深くため息をついた。
「ウィル、すまない。私のせいで……」
サラは何度目かもわからない謝罪を口にする。
青白い顔、病衣から覗く包帯、繋がれた点滴。
酸素マスクが息をするごとに白く曇る。
ウィルソンの心臓の鼓動を表すモニターが、規則正しく波形を刻んだ。
自分がスカルになった後。
恐らくウィルソンがあの場へ駆け付けた。
けれどスカルにされてしまったサラはウィルソンを攻撃してしまったのだ。
守ると誓ったこの手で、仲間を傷つけるとは。
自分の不甲斐なさにサラは唇を噛み締める。
けれどその時の記憶がないことが、少しだけ救いだった。
「先輩……あの、あまり自分を責めるのは……先輩が、辛くないでしょうか……?」
「そうっすよ……。あの状況で二人とも生きていたことを喜んだほうがいいっすよ」
「……そう、だな」
聖域から急いで病院へ運ばれたウィルソンは、傷が思ったよりも深く、出血多量により意識を失っていた。
緊急手術により無事に一命は取り留めたが、意識が戻らない状態が続いていた。
サラ、リリナ、ザグジーは傷の手当てを受け、任務に就けるぐらい回復するまでは入院することとなった。
他の中央都市の騎士は傷の手当てを受け、もうすでに任務に復帰している。
「ウィルさんは、そのうち『やっほー!』って目を覚ますっすよ! だから……今は待ちましょうや」
南都市で隊のメンバーが意識を失い、今もなお意識を失っているメンバーの回復を待っているザグジーは、彼らは絶対に目覚めると信じている。
だから、ウィルソンも時期に目覚めるだろうと。
「そうだな……」
意識の戻らない隊のメンバーを待つことがどれほど辛いか、サラは身をもって実感していた。
しかも自分が傷つけてしまったとなれば。
リリナが後悔し、自分を責め続けていた気持ちがよく分かる。
けれど、そう自分を責めても何も事態は好転などしない。
今はただ、ウィルソンが目を覚ますことを信じて待つことしかできないのだから。
けれど今回はリリナに来てくれと頼んでいたし、一人で突っ走っていない……と思う。
やはり隊で行動する方がいいのだろうか。
いくら隊で動いているとはいえ、一人一人ばらばらになるのはよくないのかもしれないな……。
考え直すべきだな。
サラはため息をつく。
まあ、それも重要なことだが、今回はもっと重要なことを知れた。
自分がスカルにされてしまったのは予想外だったが、浄化すれば元に戻ることができるということだ。
生きたままスカルにされた時限定だが。
そこで最も気がかりなことは姉さん自身を浄化したら、本当に姉さんは元に戻るのか、ということだ。
彼らはスカルではないと言っていた。
闇の使者だと。
つまり姉さんの体を使っているノヴァという奴がスカルではないという事は、姉さんの本体を浄化しても、元に戻る保証はない。
では、あの異空間で石化した姉さんを浄化すれば、元に戻るのだろうか。
そもそもあの空間や石化は何だったんだ。
あそこが以前に言っていた異界の深淵なのだろうか。
それとも、本体がスカルや闇の影響を受けた場合、精神があの空間に行き、石化するということなのだろうか。
そうだとしても石化を浄化できることは自身で体験済みだ。
でも、姉さんの場合は長い年月が経っているため、浄化できるのかは不明だし、浄化した時点で本体と精神が結び付けられるのかも不明なのだ。
それでもあの空間には確かに姉さんがいた。
あの空間にもう一度行くためには一体どうすればいいんだ?
またスカルにならなければいけないのか?
そうしないければ、あの空間へはいけないのだろうか。
行くにしてもかなりリスクを伴うため、行くために全く別の方法を考えなければいけないな。
サラはふと思い出す。
世界の成り立ちに何かヒントがあったのかもしれない。
勧められたあの本を読んでおけばよかった。
あれに何かヒントが隠されていたのかもしれないと考えると、後悔が押し寄せる。
「というか、なんか俺が疫病神っぽくないっすか?」とザグジーがぽつりと呟いた。
「……どうしてだ?」
「いや……俺がいるとメンバーの誰かが意識を失うっていう……」
「そんなことはないだろ。たまたまだろ」
「……そうっすかね」
「そうだろ。何変な事気にしているんだよ」
さっきまでは目覚めるのを待とう、と勇敢に言っていたのに、急に不安そうな顔で呟くザグジーにサラは笑ってしまった。
「何笑ってんすか」
「いや、何でもない」
「んー。大丈夫じゃねえの? そんな変な呪いとか、ザグさんにはないっしょ?」
リリナの肩に乗っていたラルクが、じっとザグジーを見つめる。
「え? そういう変な呪いにかかっているとか、わかるんすか?」
「は? 俺が? わかるわけねーじゃん! ただ適当に言っただけじゃん。な! リリナ!」
「え? いや、私に急にふられても……」
「リリナァー、そういう風に困ってるリリナも可愛いぜ! さすが俺のリリナ!」
目からハートが飛び出ているラルクはリリナに「かわいいかわいい」と連呼する。
「大丈夫でしょう。そんな呪いがあったらきっとザグジーは闇落ちしています」
ザグジーのそばにいたジュリアナがしれっと怖いことを呟いた。
「え!? こっわ! やめてくれっす!」
「だから大丈夫だって言っているでしょう?」
くだらない会話で、先ほどまで辛気臭かった空気が和んでいれば。
「俺を置いてみんなで話しないでよ……もー……」
ウィルソンが目を覚ました。
むくり、と重病人が起き上がろうとして、サラ、ザグジー、リリナに抑えられた。
「目が覚めたのか……。よかった。でもあんたは起き上がるな」とサラ。
「そうですよ! 駄目ですよ。ちゃんと横になっておかないと……!」とリリナが真剣な表情で頷く。
「そうっすよ! 起きなくていいっすから! しっかり寝てろっす!」とがっしりとウィルソンを抑え込むザグジー。
「え!? どうして? 俺だけ仲間はずれじゃん!」
いやだいやだと暴れ出すウィルソンに、ザグジーが苦笑いする。
「どうして? じゃないっすよ!」
「そうだ。こんなくだらない会話に入ってこなくていい」
サラがスパッと言い切れば、「くだらなくはないよー。コミュニケーションは大事だろー、マジで姉さん酷いね!」とラルクが笑い出す。
口々に言われたウィルソンは、仕方なく大人しくなった。
「わかった……。でも、会話には参加するからね! というか、これだけは言わせて!」
「な、なんだ」
何を言うのかと思ったら、ウィルソンがまっすぐサラの方を見つめた。
「俺は大丈夫だから。この傷は、サラちゃんを止められなかった俺のせいでもあるから、サラちゃんだけが気に病む必要はないってことだよ!」
「……」
「目が覚めたら絶対にそれを言おうと思ってたんだ……。それにあの状況で、サラちゃんが元に戻らなかったら……、多分俺もサラちゃんも死んでた。それを考えたら、こんな傷なんて小さいよ」
「いや、恐らく私がバートルに殺されていた」
「それはわからないよ。みんな死んでたかも」
「……そうかもな」
だからこんな傷で済んでほんとうによかった、と小さく笑うウィルソン。
その笑顔を見て、サラは思う。
人は、本当に強い。
多くの困難に立ち向かっても、その困難を乗り越えようと努力する。
傷を負っても、前を向こうとする。
ザグジーも、リリナも、ウィルソンも。
そして、私も。
現状を打開するためには、経験や閃きが必要だ。
でもそれ以上に、乗り越えようとする、打開しようとする、その気持ちがきっと大切なのだろう。
「俺もサラちゃんも助かって本当によかった……。助けようとして、助けられなくて、ごめん。ほんとうにサラちゃんが元に戻ってよかった……」
「いや……生きていてくれてありがとう」
サラはウィルソンから、リリナ、ザグジーへと視線を向ける。
「あんたらも生きていてくれてありがとう」
すると、みな照れ臭そうに微笑んだ。
本当にそうだ。
今生きていることに喜び、感謝すべきなのだ。
「和やかな雰囲気の中すいません。処置をしますので、部屋から出て行ってもらっていいですか?」
どこからともなく現れたヒルドハイムが、眉間に皴を寄せている。
彼はこの病院に呼びつけられたのかもしれない。
寝ずにウィルソンの状態を観察していたのか、目の下にクマができていた。
「……すまない」
「いえ。みなさんもしっかりと休んでください。おそらく傷が回復したら最前線へ行くのでしょうから、今のうちに休んでおいた方がいいでしょう」
最前線。
意味ありげなヒルドハイムの言葉に、サラは眉根を寄せながら部屋を退出した。
サラたちが病室へ戻れば、そこにはバートルとフレデリックが待ち構えていた。
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