騎士ですが正直任務は放棄したいです

ななこ

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中央都市編

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 中央都市の中心部――セントラル。

 背の高い石造の建築物が大通りに面して立ち並ぶ。

 建物の一階部分の多くが店舗を構えていたり、移動販売車が路肩に止まっていたりするため、大通りは人通りが多く雑多な印象を受けた。

 サラは立ち上がり、団服についた砂を払い落して、突撃してきた少女と向き合う。

「あ、あの……本当にすいませんでした……!」

 駅の出口付近で、少女がひたすら頭を下げる。

 小柄の少女は騎士団の服を身にまとっており、肩に白猫を乗せていた。少女の鮮やかなピンク色のツインテールがウサギの耳のように揺れる。

「いや、いい……というかあんた……騎士だろ? 今何を追いかけていたんだ?」

「そうだよ、リリナー! あの猫捕まえないと任務終了しないぞー?」

 肩に乗っかっていた猫が少女の頬をぱしぱし叩く。

「あ! そうだった……! どこに行ったのかな……?」

 リリナと猫に呼ばれた少女は困り顔で探しに行こうとするが。

「あ、ちょっと待って! 君たちが探してる猫ってこいつじゃない?」

 ん、とウィルソンが太った猫の首根っこを掴んで少女の目の前にぶら下げた。

 その猫は捕まったぜ、という変な顔をしている。

 なんともブサイクな猫だった。

「俺のポケットに入ってた――」

「は? 猫があんたのポケットに入ってたのか? いや、サイズ的に入らないだろ」

 サラはでぶっとしている猫と、団服のポケットを見比べるが、どう考えても入らない。

 あんたのポケットは四次元ポケットか何かか?

「違うよ! 最後まで聞いてよ! サラちゃんが倒れるときに俺にぶつかって、俺のポケットに入ってたビスケットが飛び出たんだ! 地面に落ちたところを狙って、こいつがビスケットを食べてたんだよ。俺がそこを捕まえたってわけ」

「……じゃあ初めからそう言っておけ」

 するとウィルソンが「えー、サラちゃんが遮るからじゃん」とムッと口を尖らせる。

 なんだか雰囲気が悪くなりそうな所をザグジーが「まあでも、猫を捕まえられてよかったっすね!」と話を戻す。

「あ、はい……! 捕まえて下さって本当にありがとうございました。私、中央都市部所属のリリナで、この子は相棒のラルクです。本当にありがとうございました」

「じゃあ、私たちはこれで」と強制的に話を切ったサラがリリナと別れようとすると、地鳴りのようなドスの効いた声が徐々に近づいてきたではないか。

「うおおおおおおおお!」

「な、何だ……??」

「うわ! え!? 何!? 人!? なんかすごい人が近づいてきたよ!?」

「ん????」

 戸惑うサラとウィルソンをよそに、ザグジーだけが眉根を寄せる。

「いやあああああん、リリナちゅあああああん! どこ行ってたのよおおおおおん!?」

 リリナの目の前にやってきた筋肉隆々の女(いや、男。いや、スカートをはいているから女)がリリナにタックルよろしく抱き着いた。

「ふんっ!」

「きゃっ!?」

 どしゃ、と二人とも勢いよく背後へ倒れ込んだが、ラルクは条件反射のようにひょいっと自分だけ避けていた。まるでその女騎士がリリナに抱き着くのを知っていたかのように。

 だが、どうしてそんなにも怯えているのだろうと不思議に思うくらい、ラルクの体がカタカタ震えている。

「リ、リリナアアアアアアアアアアアア! 俺のリリナが潰されてるうううう!」

 自分だけ避けて状況をしっかり把握したラルクがごつい女騎士の背中に乗って「おい、退けろよー! このゴリラ!」とぽこぽこ叩く。

 そんなぬるい猫パンチじゃ全く効果ないだろ。

 爪を立てないと駄目なのでは、と光景を眺めていたら。

「あらあ、ごめんなさいねえ! ふんっ!」

 女騎士は体を起こしてリリナを解放した。

 潰されたせいか、頭をぶつけたせいかは分からないが、リリナは伸びきってしまっていた。

 なんて怪力だろう。

 タックルしただけで、人間が瀕死状態だ。

 確かにこれは小動物が怯えるのも分かる。

 でも、ラルクが怯えるのはそれだけではない気もするが。

 というか本当に女なのだろうか、などと思いながら、サラはじろじろ見てしまった。

「バ、バーバラ姉さん……!? ど、どうして中央にいるんすか……? 確か……西にいたはずっすよね……?」

「え? ザグさんの姉さん?」

「まじか……! 感動の再会……!」

 ウィルソンの言葉とは裏腹に、ザグジーの顔がどんどん真っ青になってゆく。

 これは、感動の再会ではなさそうだ。

 バーバラと呼ばれた筋肉隆々の女騎士が、ザグジーの声を聴いてゆっくりと振り返った。

 その顔はザグジーとよく似た四角い顔だが、ザグジーよりも眉毛が太くて凛々しい。

 スカートをはいているためかろうじて女だと分かるが、ズボンを履いていたら完全に男だと見間違えてしまうだろう。

「あらあ? ザグジーじゃないのよ」

 しかも声が野太い。

「アタシはねえ、中央長からこのリリナちゃんの教育係を任されたから、西から中央に異動してきたのよ」

「へ、へえ……。そうだったんすか……。あ、姉貴、俺、結婚したっす……。連絡遅くなってすまないっす……」

 しどろもどろに近況を報告したザグジーを嬉しそうに眺めていたバーバラの眉間に、ぐっと皴が寄った。彼女の背後に燃えたぎる炎が見えたのは私だけだろうか。

「はあ!? なんてこと!? アタシのザグジーが結婚!? どうして姉さんに一言も相談しなかったのよおおおおお!? どんな女か気になるでしょうがあああああ!」

 バーバラはずんずんと近づいてきたかと思えば、ザグジーの肩を掴んで思いっきり揺さぶり始めた。

「アンタは……アンタって子は!……歯あ食いしばりなさいよおおおお!」

「あ、姉貴っ!? やめっ」

 拳を大きく後方へ引いたかと思えば、目にもとまらぬスピードでザグジーの顔へ一発。

 ごっ、と鈍い打撲音が響き、ザグジーはばびゅんと吹っ飛んでしまった。

「ひいっ! こわっ!」

「な、なんてアグレッシブな姉なんだ……」

 確かにこれはトラウマになるな、とサラは思った。

 バーバラは服の乱れを直し、ふしゅーっと息を吐いて、ザグジーを見下ろした。

「幸せになりな」

 バーバラの目が全く笑っていない。

 絶対に怒ってるだろ、とサラは思ったが他人の姉弟愛に口を挟むなどしない。

 というか、あまり関わりたくない。

「あ、あの……バーバラ先輩、この方たちが依頼の猫を探してくれたんです」

 意識が戻ったリリナがおずおずと口を挟めば。

「あらそうなのお? ごめんなさいねえ。ありがとうございますう」

 バーバラの態度が一変した。

「アタシはバーバラよ。そこの伸びているザグジーの姉で、中央都市部所属の騎士。こっちが相棒のヘミング」

 ずん、と横に現れたのはかなり大きいアルマジロだった。

「で……えーっと、あなた方はどちら所属なのかしら?」

「ああ、私たちは特務だ。特務のサラ。こっちは相棒のアルグランド」

 ずっとサラの内へ姿を消していたアルグランドがすっと横へ現れる。

「俺はウィルソンです。こっちは相棒のリプニーチェ」

 同じようにリプニーチェがすいーっとウィルソンの横に現れた。

「で、そこで寝ているのがザグジーだ。よろしく」

 軽く自己紹介をしたら、リリナが目を輝かせた。

「特務の方だったんですね!? 最近編成されたっていう、凄腕騎士集団……! ここへは任務で来られたんですか!?」

 とリリナはかなり興奮状態になっている。

「別にここへは任務で来たわけじゃない」

「そうなんですね!」

「あらあ、そうなのね。ここは素敵な都市だからしっかり堪能するといいわよ」

 んふっとウィンクを飛ばしたバーバラに、サラはどうも、と会釈する。

「では、アタシたちは次の任務があるからここで失礼するわね。さ、リリナちゃん、行くわよ」

「あ、はい。本当にありがとうございました」

 嵐のような人たちが去って行ったら、どっと疲れがきた。ウィルソンも同じなのか、「なんだかすごい人たちだったね」と疲れた表情を浮かべている。

「本当にな……。じゃあ私は図書館へ行ってくるから」

 そう言って図書館のある方へ一人行こうとすると。

「あ、ちょっと待ってくださいっす!」

 ザグジーがむくりと起き上がった。

「なんだ?」

「思ったんすけど、どうして俺たちは中央都市に来たんすか? 任務とか何も言われてないっすよね……?」

「ああ、私は調べものをするために来たんだ。あんたたちを付き合わせてしまってすまないな」

「いや、そこはいいんすけど……え? ちょっと待ってくださいっす。俺らは一体どうすればいいすかね?」

「ああ……、基本無所属――じゃなかった特務は適当に各地を回るんだ。まあ、行きたいところへ。で、特務長から任務の指示があればそれに従う。以上」

「え!? じゃあ、何もなければ一体何をするんすか?」

 ザグジーの質問にウィルソンが答える。

「うーん。基本自由時間かな?」

「え……そうなんすか。まあ、南都市でも何もないときは筋トレとかしていたから……そんな感じなんすかね……?」

 ぶつぶつそう言いながら考えてる。

 ザグジーは相当真面目な奴らしい。

「まあ、そんなところだ。じゃ、私は図書館へ行く。何かあれば無線で」

 サラは一人、図書館へ向けて歩き出した。
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